第8話 四大流派のための大学(後編)

 揚げ物とカレーを食べ終わって、ラッシーを飲む。


 東京の私立らしい、清潔でアートのような空間を眺めた。


明大めいだいで講義を受けているのに、別の大学とはな?」


 俺の愚痴に、悠月ゆづき明夜音あやねが応じる。


「仕方ありません! 私たちは、四大流派のシンボルです。そこに傷をつければ、多くの人が犠牲になりますよ?」


「どうしても入りたい大学はなかった。今の時点でも、就活どころじゃない立場だしな?」


「私の実家のほうで融通した資産があれば、庶民ぐらいの生活なら、寝てても可能ですよ?」


 呆れたように、明夜音が告げてきた。


「頑張っている方々がいればこそ、私たちは富裕層でいられます。けれど、こちらの判断ミス1つで、多くの人を路頭に迷わせるか、首をくくりかねないのです。……重遠しげとおには、海外の有名な異能者のお家との折衝せっしょうをお願いします。これは、あなたにしかできないこと」


 俺はラッシーを飲み切り、口を開いた。


「分かっているよ……。高校の時に、だいぶ知り合ったからなあ」


 そこで、明夜音が話題を変える。


「大学といえば、室矢むろやクァトル大学を四大流派のコミュニケーションと育成の場にするそうですよ? 幼稚舎ぐらいから整えて」


「へー? 魔法師マギクスみたいに?」


「はい! 私たちが生きている間に実現するかは、微妙ですけど……」


 壮大な計画だ。


 俺には関係ない……よな?


 すると、男子たちの声。


「お、ここ空いてる!」

「何で、誰も座らないんだ?」

「いいから、食おうぜ」


 断りもなく、俺や明夜音の隣に座り出す。


 トレイの上にのっている容器やスプーンが、音を立てた。


 眉をひそめた明夜音は、笑顔のまま、俺に言う。


「では、行きましょうか?」

「そうだな……」


 俺は自分のトレイを両手で持ち、席を立った。


 明夜音も、それに続こうとするが……。


「あ! 君は、まだ残ってよ!」

「そうそう! そんな奴より、俺らと――」


 目をつけた女子を逃さないため、陽キャどもが騒ぎ出した。


 …………


 俺はトレイを持ったまま、同じ明夜音に言う。


「身繕いをしてから、どこかへ行くか?」

「はい!」


 食器を戻して、絡んできた連中がいたカウンター席を見れば、手つかずの食事が残っていた。


「……もったいない」

「流石に、それは止めてください」


 ため息を吐いた明夜音にさとされ、俺は割り切った。



 ◇



 明夜音が口説かれた場面から、12時間後。


「君、どこの学部? 共通でも見なかったし……え?」


 金持ちそうな女子を口説いていた陽キャは、言葉を失った。


 気づけば、食堂は真っ暗。

 ブーンという、冷蔵庫の音が響いている。


 非常口を示すライトや、外で光っている街灯、さらに月光が差し込むだけ。


 他の男子も、不安げに辺りを見回す。


「お、おい? どうして、夜なんだよ?」

「俺が知るか! ……げえっ! 深夜の1時!?」


 スマホの明るい画面を見た男子が、素っ頓狂な声を上げた。


 夜目が効いてきて、昼にいたカウンター席だと分かる。

 言うまでもなく、自分が注文した料理はないが……。


 軽快なBGMが、暗闇で鳴った。


「あ……。すみません! えっと……。す、少し体調が悪くて……。明日に――」


 どうやら、バイトをすっぽかしたようで、スマホを耳に当てている男子は平謝りだ。


 他の男子たちは、その様子を見て、ゾッとする。


「……昼から何をしていたっけ?」

「いや、ぜんぜん覚えてねえわ」


 室矢重遠によって時間を飛ばされた、陽キャども。


 今回は、警告だけ。


 式神にしている室矢カレナの権能を使えば、これぐらい簡単。


 遠方に飛ばせば、大騒ぎになる。

 したがって、この対応。


 敷地内の警備システムに引っかかり、駆け付けた警備員に通報され、散々だった陽キャども。


 怒り心頭で重遠を探して、詰め寄るも――


 今度は、丸1日を飛ばされた。


 夢遊病のように彷徨っていた線が消え、重遠に説明を求める。


 だが、次は1年後になるぞ? の一言で、座っている彼を殴りそうな陽キャたちは後ずさった。


 気にせず、大判おおばんのテキストなどを入れたデイパックを背負った重遠は講義室を出ていく。


 その進路から退いた陽キャどもは、息を吐いた。


「……あいつには、もう関わらないでおこう」

「だな」

「それより、あの女子だよ! 見るからに上品だったし」


 懲りない男子たちは、明夜音の情報を集める。


 日本を代表する悠月グループの女と知って、テンション爆上がり。



「悠月さん、だよね」

「少し時間くれない? ぜってー後悔させないから!」


 運よく見つけた男子2人は、ここぞとばかりに口説き倒す。


 せめて、SNSの連絡先だけでも――


 明夜音と向き合っている男子2人は、背中に押しつけられた感触で口を閉じた。


 自分の後ろに立っているのは男だと気配で分かったものの、尋常じゃない様子。


 小声で、命令される。


「騒ぐな……。こっちへ来い。こっちだ」


 それぞれに指や手首の関節を決められ、その痛みでコントロールされての歩行。


「……ああ、悠月さん! 俺ら、食堂でのことを謝りたくて――」


 やはり、拘束された。


 傍目には、隣り合って歩くだけ。



 その日が、重遠と明夜音に絡んだ連中を見た最後だった……。

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