第5話 ボディガード

 別人の俺の記憶がある、だが不明瞭なのだ、この体の俺はいい加減な奴だったのかもしれない、それに何もチッコイし、節操のかけらも無い。


 今の俺は35歳の殺し屋ではなく、15歳の青年、4月から明倫高校に通う事になっている、明倫高校は、明治時代からの歴史がある、この近くではそれなりに名門高校である。


 一応大学は卒業、体育系大学、剣道の特待生として授業にこそ出席していたが、剣道付けの学生生活を過ごした、やり直すなら小学4,5年くらいかでないと学力を想定すると落ちこぼれてしまうのではと実は心配。


 いまさら高校1年からやり直せってかぁ、愚痴も言いたくなる。


 机の引き出しから、1枚の名刺を取り出す、神々廻 雄二 一級建築士 親父の名刺だ、TELをかけてみる、親父は会社を辞めていたが、同僚の方から居場所を教えてもらう事ができた。


 その場所に向かっている、工事現場、みすぼらしい服を着た男が一輪車で土を運んでいる、休憩時間になるまで待たせてもらった、積み上げられたコンクリートブロックの上に腰を下ろしている。


「 猟か、元気そうだな 」


「 4月から高校生だ、明倫高校に通う事になっている 」


「 そうか、もう高校生か、入学できてよかったなぁ 」


「 これ、みてくれるかなぁ 」


 A4のプリンター用紙の束を渡す、ネットカフェで一級建築士の仕事募集を捜して打ち出してきたのだ、好条件の仕事が山ほどある、見た目道理の高校入学前の子供ならできなかったかもしれないが、その程度楽勝である。


「 なぁ、親父、こんな所で何やってんだよ、俺が酒飲めるようになったら、スゲー店で、スゲー酒飲ませてくれよ 」


 親父の顔がクシャクシャに、

「 馬鹿野郎、父親を泣かすなぁ 」

 涙ボロボロ、鼻水と涎ダラダラ、俺のていたらくは、遺伝? 親父が原因だったのかぁ。


 お袋の口癖、社会的弱者を守るために弁護士をやっている、社会的弱者とは、女、子供、老人、理解しているつもりだったが、今の状況は親父こそ社会的弱者であり、この立場に追い込んだのは、お袋である。


 矛盾している、そんなことを考えながら、親父と別れてから、あらかじめ調べておいた道場を回った、生徒は多いが健康志向、純粋に武術を探求する場ではなかった、通える範囲では、見当たらない。


 自宅に戻ってくる、お袋は仕事に出かけたまま帰ってきてなかった。


 夕食を注文するように、いつもの場所にはお金が置いてある、「 飯でも作るか 」

 自炊歴はそれなりにある。


 夜11時を回ったころ、お袋が帰ってきた、出迎えに出ようとしたところで、立ち話を耳にした、


「 先生気を付けてください、手を引くように圧力かけてきていますから、何をしてくるかわかりませんよ 」


 頭の中が真っ白、体が震える、こんどお袋が俺の前からいなくなったら、、、、自分がどうなるのか想像なんてできない。


 全身から力がぬけたようになり、ヘナヘナと座り込む。


 お袋の仕事場、神々廻弁護士事務所についてきてしまった、俺的にはボディガードのつもりである。


 行ってらっしゃぃって見送って、自転車でやって来たのだ。


「 俺が守るから 」

「 真面目な顔して、赤面するような事を言わないで、何を考えているのよ 」


 事務所の中どうしていいのかわからず、棒立ち。

 男の人が一人もいない、事務所にいるのは全員女性だった。


「 猟、 好きにしてていいけど、仕事の邪魔しないようにしなさい 」


 古池さん、北沢さん、お袋を手伝ってくれている、美人弁護士さんだ、ビシーとしたビジネススーツ、タイトなスカート、胸には弁護士バッチ、情けねぇ、紹介してもらっただけなのに、顔が猛烈に熱い。


「 先生どうされたのですかぁ 」


「 北上さんに昨日送ってもらってね、例の依頼、立ち聞きしたのよ、そしたら、もう、コバンザメ状態なの、もうすぐ高校生なのに親離れできてないのよ。 」


「 先生うらやましい、愛されていますね 」


 事務所には、お袋に二人の弁護士、事務員が5人、警備員が3人、全員女性である、社会的弱者である女性を守る事を使命としている、男は一人もいない。


 親離れできなてない、息子と紹介され、しかも自覚があるような、顔から火が出た。


 俺は殺し屋、雰囲気から入るタイプである、悲願達成すれば死ぬ覚悟、他人との接触は限りなく少なくしてきた、女性とは無縁の生活、この状況では人生経験が大いに足を引っ張る。


 来客用の部屋、もうすぐ通う事になる明倫高校の資料を読もうと取り出す、

「 4月から高校生なのね 」


 古池さんが、横に座った、近い! 近すぎる、

「 先生とは仲がいいのね 」


 北沢さんが、反対側に座った、右にも左にも逃げられない。


 両方から距離を詰められる、両横から微かなぬくもり、えぇ臭い、ヤバイ、ヤバ過ぎる、心臓が口から飛び出そうだ。


「 こらーーっ! 古池、北沢、猟に近づくなぁーーっ! 私のなんだからねぇ 」


 お袋が腕にしがみついて、スリスリ、頭の中にお花畑が咲き乱れたような気がした。


「 ふぅ、ふぅ 」屋上に脱出、大人の美女は、ハードルが高い。


 乱れた精神を落ち着ける為に、天然理心流の型を演舞、俺は師範代、免許皆伝をもらっていた、他の人と違い、大学卒業後、会社も行かず、バイトもせず、働かず、13年間、家にもほとんど帰ることなく道場に住み込みに近かった、寝る、食べる以外は技を磨き続けた、上達しないわけがない。


「 はぁーーっ! はぁ! えぃ! 」


 この体、以前の俺より、技の切れがよい、動きも素早い、記憶では帰宅族で体を鍛えていたわけではないようだが、別次元の肉体を手に入れた感覚。


 体の中から力が沸き上がる、「 でぃやーーっ! 」スーパーサイ〇人みたいに、気が飛び出た、天然理心流の奥義書に、気功砲とか書いてあったが、ありえねぇ。


「 お昼よぉ 」お袋の声、無心に体を動かしていたようだ、35歳日本男児の威厳と矜持を取り戻せた気がした。


「 よし! 」


 警備をしている、松葉さん、北上さんが両横に、練習みていたけど、凄すぎて近寄れなかった、などなど、近いってドキドキしてきた、頭の中にお花畑が。


「 もう、わたしの何だからねぇ 」

 お袋がスリスリ、何とか取り戻せた、威厳と矜持が粉々に砕けた。

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