第16話 不穏な気配のようです。

 その日から、僕の武器はルナにもらった剣になった。


 雨の日も、風の日も。

 僕は剣を振り続けた。


 ルナにもらった黒ミスリルの剣は非常に優秀で、耐久性に優れた、軽く、切れ味も良かった。

 こんな素晴らしい剣を用意してくれるなんて。

 僕はなんて素敵な妹を持ったのだろう。


「リヒトくん、新しいその剣、とても良いわね」

「ありがとうございます!」

「ちょっと触っても良いかしら?」

「触れるな!!!」

「マジギレ……」


 マスター級冒険者のカデリアさんも認めてくれる程の剣だ。

 大切にせねばならない。


 僕は毎日剣の手入れを欠かさなかった。

 自分のへそくりを貯めては武器屋で研磨したし、家でも剣を磨くのが日課になった。

 夜には剣を抱いて寝たし、お風呂に入っても剣はそばに置いていた。


 そしてある日。


「兄様! 剣に触りすぎ!!」


 ついにルナがキレた。

 顔を真っ赤にして涙目で震えるルナを見て僕は目を丸くする。


「どうしたんだよ急に」

「どうしたんだじゃないわ! 兄様ったら来る日も来る日も剣剣剣って……全然私のこと構ってくれない!」

「そう言われても、これはルナからもらったから大切にしてるんだよ? これはルナそのもの、僕にとってルナと変わらないんだ」


 僕が剣を抱きしめるとルナは「うううう……」と唸り声を出す。


「それはそれで嬉しいけど! 順序が! 順序が違うの! 一番は私、二番は剣、三番が森羅万象、そうであって欲しい」

「豪快な分類……」


 でも、確かにルナの言う通りかもしれない。

 思えば最近は剣ばかり構っていて、ルナのことをちゃんと相手してあげられていなかった。

 ルナは国外追放された僕に着いてきてくれたと言うのに。


「悪かったよルナ。僕が間違ってた。これからはちゃんとルナも愛でるからね」

「兄様……しゅき」


 僕とルナが抱き合っているとコンコンと気まずそうに開きっぱなしの玄関のドアをカデリアさんがノックした。


「あのー、お取り込み中悪いんだけど」

「カデリアさん、こんにちは」

「カデリアおばさま、覗きですか」

「誰がのぞきよ! ドアも閉めないでいちゃついてる方が悪いんでしょうが!」

「それで、今日はどうしたんですか?」


 僕が尋ねると「そうだった」とカデリアさんは小さく頷く。


「実はギルドで悪い噂を聞いてね。一応伝えに来たの」

「悪い噂?」

「この間ギルドでマリーが言ってた話は覚えてるかしら。闇ギルドの暗黒騎士の話よ」

「何となくは……。それがどうしたんです?」

「いよいよこの街に姿を見せたらしいわ。いくつか被害報告が出てる」

「物騒ですね。でも僕らには流石に関係ないのでは?」

「それがそうでもないのよ」


 カデリアさんは神妙な顔をした。


「被害に遭ってるのはね、いずれも男女一組の冒険者なのよ」

「冒険者……」

「それも必ず男女一組になってる二人を襲うらしいわ。生存者の話ではまるで誰かを探しているみたいだったって」

「それって……」


 僕の言葉にカデリアさんは頷く。


「誰が狙いなのかは分からないけれどもね。あなたたち二人が襲われてもおかしくないって言うことよ」


 僕とルナはゴクリと唾を飲み込む。


「二人とも、今後もギルドに出入りするつもりなんでしょ?」

「それは、まぁ……」

「それならくれぐれも気をつけなさい。私も昔、闇ギルドの人間とは戦ったことがある。強いわよアイツら。末端の人間ですらかなりの腕前よ。そして噂の暗黒騎士は、おそらくそれ以上の実力を持ってる」

「カデリアさんがそこまで言うだなんて……」

「まぁ、命が惜しければしばらくは大人しくしておくことね。あなたたち、ギルドではかなり目立つから」


 その言葉に疑問を抱いた僕はルナと顔を見合わせた。


「僕たち目立つかな?」

「さぁ……そんなことないと思うけど」

「あんたたちちょっとは自覚しなさいよ!」


 カデリアさんが去ってから、二人で家に取り残される。

 室内には、不穏な空気が漂っていた。


「大丈夫かな……」


 僕が呟くと、「安心して」と言ってルナが笑った。


「いざとなったら私が兄様のことを守るから!」

「はは、頼もしいな」


 自分も不安なはずなのに、こんな時でもルナは明るい。

 ルナはいつだってそうだった。

 僕が故郷を追放されても暗くならずにいられたのは、全部ルナのお陰だ。

 彼女の明るさは、何度も僕の光になった。


「じゃあルナがピンチになったら、今度は僕がルナを守るよ」


 この時はまさか、あんなことになるだなんて思ってもみなかった。

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