第15話 兄妹の絆のようです。

 次の日の朝。

 僕は目がギンギンのままふらふらと体を起こす。


「全然寝れなかったな……」


 ルナが僕に隠し事をした。

 その事実が僕の心を貫いて、昨晩は一睡もできなかった。

 階段を降りるとルナがギクリとする。


「あ、ルナ」

「兄様! おはよう」


 良かった、いつも通りのルナだ。

 僕がフラフラと椅子に座るとルナが心配そうに駆け寄ってきた。


「兄様大丈夫? 調子が悪そう。2分46秒しか寝れてないみたい」

「ふふ、秒単位で就寝時間を割り出すだなんて、ルナにはなんでもお見通しだな」

「何か食べる?」

「じゃあパンをくれるかい?」

「もちろんよ! 上質な卵をもらったの! 一緒に焼くわね!」


 ルナが台所で作業する。

 卵が焼く音が聞こえてきた。

 ここ最近はまともな食事が取れるようになってきている。

 こんな穏やかな光景を見られるとは思わなかった。


 日差しに焼かれそうなヴァンパイアみたいになっているとルナがパンを机の上に置いてくれる。

 目玉焼きも一緒だった。


「ねぇ兄様、今日はお稽古ないんでしょ?」

「あぁ、だからギルドの仕事をと思ってたけど」

「ダメよ! そんな状態で魔物と対峙したら危ないわ! 今日は休みましょ!」

「でも……」

「たまにはルナも兄様と過ごしたいの。ねぇ、良いでしょ?」


 いつも一緒に過ごしているような気もするが、確かに最近はギルドの仕事ばかりであまりちゃんと休めていない。

 ルナが休みたがるのも無理はないかもしれないな。

 そもそも、ルナには助けてもらってばかりで苦労ばかりかけている。

 ずいぶんと助けてもらっているし、たまには彼女の言うことを聞いてあげても良い気がした。


「そうだね、じゃあ今日は二人でゆっくりしようか」

「本当!? 兄様好き!」

「ははは、こやつめははは」


 するとルナが立ち上がる。


「そうと決まったら兄様、一緒に街に出ましょう!」

「今日これからか? 急だなぁ」

「だって今日は兄様の――」


 そこまで言いかけて彼女は口を噤んだ。

 一体なんだろうか。


「今日は僕の?」

「な、何でも無いの! さぁいきましょう、兄様! パンも食べて! さぁさぁさぁ!」

「あが、おご……おごごごご」


 こうして僕らは街に出た。

 ルナとブリンデルの街を歩いて回る。

 様々な人や物が出回るブリンデルの街では近隣諸国から輸入された本やアクセサリーが多数売られていたりする。

 市場も活気があり、食材なども豊富に扱われていた。

 見て回るだけでもかなり時間がかかる。


「見て、兄様。変わった本があるわ!」

「あれは魔導書じゃないかな。古の魔術が載っているらしいよ。鑑定用のスキルを開眼した人は読めるんだとか」

「兄様、あの変わった魚は何?」

「あれはアンコウ? この世界でも扱われてるのか……」

「兄様って博識なのね」

「ずいぶん勉強したからね」


 この世界に転生した時、生活水準も文化も常識も何もかもが違いすぎたため、いち早く馴染むために色々と勉強したのだ。

 もしかしたら自分は選ばれし勇者かもしれない。

 最初はそう思いもした。

 異世界転生なんてしたからには、そう思うのは無理もない話だからである。


 でも魔物について、この世界を脅かす魔族国家について、学べば学ぶほど自分には無理だと思い知らされた。

 結果として剣技を学ぶまでもなく諦めてしまったのだが、それでも色々と学んでいたことは今も役に立っている。


「ところでこれってどこに向かってるの?」


 僕が尋ねるとルナは「ククク……」といういかにも悪役が発しそうな不気味な笑い声を出した。


「兄様は何も気にしなくてもいいのよ」

「怖いんだけど……」


 やがてたどり着いたのは、ブリンデルの奥に存在する小さな武器屋だった。

 この街にはいくつか武器屋があり、僕も最初の武器を探すのにずいぶん街を回った。

 だが、ここに来るのは初めてだ。


「中に入りましょ」

「う、うん……」


 武器屋なんかに何の用があるのだ。

 ルナも武器がほしいとか、そう言う話だろうか。

 考えていると、店主のおじさんにルナは駆け寄っていった。


「ねぇおじさん、あの剣をだして」

「あぁ、頼まれていたやつだね」


 そうして出されたのは、黒い剣だった。

 僕が今扱っているものと同じくらいのサイズの、黒い剣。

 ルナは店主にお金を払うと、くるりとこちらを振り返った。


「はい、兄様」

「えっ?」


 ルナはそっとその剣を僕に差し出す。


「これ、兄様へのプレゼント」

「プレゼントって……これ結構高いものじゃないのか?」

「黒ミスリルを職人が磨き上げたものだからね。一級品だよ」

「そんな高価なもの……一体どうやって?」


 するとルナはペロリと舌を出した。


「実は兄様に内緒で、仕事をしていたの」

「僕に内緒で仕事を?」

「もちろん危ないことはしてないわ! 農家の手伝いとか、簡単なギルドの仕事を」

「でもそれだけだと足りないだろ?」


 僕が尋ねると彼女はすこしバツが悪そうに俯く。


「私家から持ってきたものがあって。それを売って足しにしたの。いざという時の路銀に出来ればって。ずっと内緒にしていてゴメンなさい」

「持ってきたものって……?」

「私が昔母様からもらったネックレス」

「それは……ルナにとって大切なものじゃないのか?」


 しかしルナは首を振った。


「あれはきっと、母様が私を着飾って、他の家の人たちに自慢するためのものだった。母様は私を政略結婚の道具としか見ていなかったから」

「ルナ……」

「でもね、兄様が私を救い出してくれた。兄様は私に居てくれてよかったっていってくれたけど、それは私も同じだったんだよ? 初めて兄様にあった時、まるで暗闇に光が射し込んだみたいだと思ったの。政略結婚をさせられて言いなりになるしかないって思っていた私は、そこで初めて自分の意思を持つことが出来た。兄様と一緒に居たいって」

「それは嬉しいけど、どうしていまこの剣を僕に?」

「兄様の誕生日に、何も上げられないから。知ってる? 今日は一応兄様の誕生日からちょうど二ヶ月目なんだよ? 二ヶ月遅れでも、何かあげたいと思ったの」


 僕が王都を追放されたあの日からもう二ヶ月。

 ルナはずっと、僕に誕生日プレゼントをあげられなかったことを気にしていたんだ。


 ――だって今日は兄様の誕生日からちょうど二ヶ月じゃない。


 きっとあの時、ルナはそう言おうとしたんだと思う。

 そんなことにも気づかないなんて兄失格だ。

 でもさすがに思った。

 分かるかよ。


「とにかく、ルナ。すごく嬉しいよ。ありがとう」


 僕はルナを強く抱きしめると、彼女は身体をビクンと震わせた。


「必ずルナを幸せにしてみせるよ。約束だ」


 僕が抱きしめても、ルナはまるで丸太のように微動だにしない。

 どうしたんだろう。

 僕はそっとルナの肩に手をかけて彼女を引き剥がす。


「あ、あぁ……」


 店主のおじさんが思わず声を上げた。


「兄ちゃん、その娘、顔面鼻血まみれだが」

「ええ」


 僕は静かに頷いた。


「死んでます」

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