第14話 妹は隠し事をするようです。

「よし、休憩!」


 カデリアさんに声をかけられ手を止める。

 ぜぇぜぇと息を吐いた。


「ずいぶん良くなったわね」

「あ、ありがとうございます」


 自宅近くの空き地にて。

 僕とカデリアさんは剣の稽古をしていた。


「だいぶ太刀筋が良くなってきた。あなた、意外と剣のセンスあるかもね」

「そう言ってもらえると嬉しいです。前の世界では運動が得意だったのでそのおかげかも知れません」

「前の世界?」

「あ、何でもないです」


 ついポロリと前世の話が飛び出てしまった。

 別に隠している訳でもないが言っても信じてもらえないだろうからわざわざ言わないようにしていたのに。

 たまに油断すると話に出てしまうから厄介だ。


 幸いにもカデリアさんは気にした様子もなく、腰に手を当てて笑みを浮かべていた。


「まぁなんでもいいけど。あなた、筋がいいからこのまま頑張れば金等級でもやっていけるようになるかもね」

「本当ですか?」


 金等級になれば報酬もグッと増える。

 今のバイトみたいな賃金から脱出できるのだ。

 長い間冒険者をしている人は、金等級に留まる人が多いのもそれが理由だった。


 生きることを目的に冒険者になった人は、いずれも暮らしが成立した段階で上を目指すことをやめる。

 僕もルナも元々は暮らしのために始めたわけだし、金等級を目指す理由はない。


「ところでルナちゃんは?」

「そう言えば見てないな……」


 今まではまるで監獄の囚人が如く、僕とカデリアさんの修行を監視していたルナだったが、ここ最近稽古中に姿を消すことが多くなってきた。

 いよいよ兄離れするのだろうか。

 それはなんだか嬉しいような、さみしいような気持ちを僕に抱かせる。


 どうしよう、突然「兄様! 私この人と結婚する!」だなんて言って見知らぬ男を連れてきたら。


「嫌だ……! そんな男との結婚、僕は認めないぞ!」

「妄想でガチ泣きしないでよ」


 鼻水を垂れ流して嗚咽する僕を見てカデリアさんがドン引きする。

 ルナが重度のブラコンだと言っておいて何なのだが、僕も重度のシスコンであることは間違いないのであった。


「にしても、今はルナちゃんが居ないのね」


 ゴホン、と何か気を取り直したようにカデリアさんは咳払いをする。


「リヒトくん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「その……頭を撫でてほしいなって」


 予期せぬ彼女の注文に僕は眉を顰めた。


「どうしてですか?」

「ほら、この間のドラゴン退治であなたに撫でてもらったじゃない? あの感覚がちょっと……恋しくてね」

「はぁ……?」


 言葉の意図が読めずにいると、彼女は慌てて手を振った。


「ほ、ほら! 嫌なら良いのよ? ただね? 私こう見えても孤児なのよ! だからその、お兄ちゃんみというか、親の愛とか、そう言うの知らなくてね! たまには甘やかされたいっていうか! 何言ってるんだろね私!」

「別に良いですよ」


 僕はそう言うと、そっとカデリアさんの頭に手を回した。


「よしよし、いつも頑張ってて偉いね。たくさん助けてくれてありがとう」


 僕が頭を撫でると、途端に凛々しかったカデリアさんの顔が破顔する。

 幼子のようにあどけない表情で、彼女は僕の胸元に顔を擦り付けてくる。


「えへへ、カデリアえらい?」

「うんうん、いつも頑張っててえらいよ」

「もっと撫でてー」


 こんなので良いのだろうか。

 疑問に思っていると「あー!」とどこからかルナの声がした。

 見ると空き地の入口で、まるで般若の如き表情でルナが立っている。


「何やってるの兄様! 私以外の人を甘やかせて!」

「だってカデリアさんがそうしてほしいっていうから……」

「えへへ、リヒトお兄ちゃん、もっと撫でて」

「僕一応年下なんですが……」

「もう! 兄様が甘やかすからすっかり親戚の姪っ子みたいになってる! 兄様から離れて! 兄様は私のものなんだから!」

「僕は誰のものでもないよ、ルナ」

「やだぁ! カデリア、もっとリヒトお兄ちゃんにナデナデしてもらうの」


 ルナが無理やりカデリアさんを僕から引き剥がすと、カデリアさんはハッと我に返った。


「こ、これは違うのよ! そう、修行! 修行の一環なの! 修行として私を甘やかしているのよ!」

「修行の要素はどこに……?」

「とにかく、もう兄様は私以外に撫でるの禁止!」

「わかったよ。ルナはヤキモチ焼きだな……ふふふ」

「とか言いながら嬉しそうね、リヒトくん……」


 そこでふと疑問が浮かぶ。


「そう言えばルナはどこに行ってたんだ? 急に姿が見えなくなって心配たんだけど」


 僕が尋ねるとルナはギクリと表情を変えた。


「そ、それは言えないわ! たとえ兄様のお願いでも!」


 プイとルナはそっぽを向いてしまう。

 そんな彼女に思わず「そんな……」と声が漏れた。


 ルナが僕に隠し事なんて今までなかったのに。

 悲しみは海より深く僕の心を貫くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る