第17話 タイマンのようです。
それから数日は何事もなかったかのように過ぎた。
僕らも当たり前のように日々を過ごし、例の暗黒騎士の騒動が収まってきた頃。
それは起きた。
「今日も疲れたね。すっかり遅くなっちゃったな」
「兄様、もうすぐ市場が閉まっちゃうわ」
「本当だ、早く行かないと」
「あ、ルナさん」
帰ろうとするとルナがマリーさんから呼び止められる。
呼び止められたルナは露骨に嫌そうな顔をした。
ルナは僕以外の人間から声を掛けられるのを嫌がる。
兄としては懐いてくれて嬉しい反面、もう少し社交性を持ってほしい気持ちもあり、複雑な気持ちだ。
「なんですか?」
「この間提出していただいた報告書で不備があって。ほら、この詳細の部分をもう少し具体的にしてほしいんですが」
マリーさんに書類を見せられたルナは「あっ」と声を出す。
「あ、ここ兄様と別行動になっちゃったところだ」
「そこは詳細が分からなかったから適当に補完しといたんだった。やっぱり駄目ですか?」
僕が尋ねるとマリーさんは「駄目です」と首を振った。
「一応規則ですから。代理人に依頼を遂行させて自分の等級だけ上げるというような事例もありますし。ここ最近そうした不正が横行してるから、厳しくなってるんですよ」
「なるほど……」
マリーさんはルナに目を向ける。
「ルナさんがお話聞かせてくださるなら、私がまとめますけど」
「どうしようかな……でも時間かかっちゃうし」
ルナはチラチラと僕を見る。
僕を気にしているのは明らかだった。
「大丈夫だよ。僕ならここで待ってるから」
「でも兄様、今日はずいぶん疲れてるでしょ。市場も閉まっちゃうし……」
確かにルナの言う通り、今日はずいぶんと多くの魔物を相手にしたこともありクタクタだった。
正直身体が重いのは確かだ。
よく見られているな、と思う。
「仕方ない……。私は大丈夫だから、兄様は先に帰ってて」
「でもルナ、夜道は危ないよ。覚えてるだろ、暗黒騎士の話」
「私なら大丈夫。それに最近はとんと目撃談もないじゃない。きっと今は別の場所に移ったのよ」
「でも……」
「私なら大丈夫だから。でも、兄様、私のこと忘れないでね? きっといつか巡り会える。そう、私たち二人なら」
「あの、1時間位でまた会えると思いますけど……」
呆れ果てるマリーさんにルナを預けることにし、僕は先にギルドを出た。
すっかり暗くなった街を抜けて、足早に市場へと向かう。
この街に来た当初は夜道を歩くのがずいぶん怖かったような気がする。
今ではすっかり慣れてしまった。
ただ――
「この道だけは今も苦手だな……」
ギルドから市場へと繋がる道。
この道は夜になると人気が極端に少なくなる。
その理由は、ここだけほとんど灯りがないからだ。
ポツリポツリと存在している街灯以外に道を照らすものはなく、かなり薄暗い場所だった。
しかし他の道を通ろうとするとかなり遠回りになってしまう。
市場が閉まってしまうのに間に合わないだろう。
「仕方ない、通るか」
どうしてその時気付いたのかわからない。
でも咄嗟に、暗闇の中に誰かの気配を感じた。
普通の人と違う異質な気配だ。
気配を殺していると言った方が正しいだろう。
不意に、ヒュッと何かが風を切る音がした。
その攻撃を受けられたのは奇跡なのかもしれない。
正確な胸部への一突きが、暗闇から伸びていた。
僕はそれを、とっさに剣で受けていた。
頭で認識するより先に、身体が動いた感じだ。
僕の心臓めがけて真っ黒な剣が突かれていた。
その力に思わず気圧され、後ずさる。
「だ、誰だ!」
僕が叫ぶとそいつは暗闇から姿を現した。
黒い鎧に黒い剣。
全身からにじみ出る異様なオーラ。
それは噂に聞いていた、暗黒騎士だった。
「暗黒騎士……どうして。男女しか狙わないはずじゃ……」
僕の問いに相手が答えることはない。
暗黒騎士は強襲が失敗したと見るや、僕に近づいてきた。
助けを求めようとしても周囲には誰もいない。
やるしかないんだとすぐに悟る。
僕は剣を抜くと、飛び込んでくる相手に向かって一閃した。
暗黒騎士は動ずることなく振り抜かれる剣の軌道を読み、回避する。
何度剣を振っても、まるで子どもの稽古をする師範のように僕の攻撃は空を切った。
当たる気配がまるでない。
「くそっ!」
僕がヤケクソで放った切り下ろしを、相手は剣で受けようと身構えた。
これもだめか……。
そう思った時だった。
暗黒騎士の剣にヒビが入ったのだ。
「はっ!?」
驚いて剣を振り下ろした僕の方が声を上げてしまう。
驚いたのは相手も同じようで、すぐに剣を引くと距離を取ってきた。
暗黒騎士と対峙しながら、僕は握りしめた剣をまじまじと見る。
何だこの威力は。
いつの間に僕はこんな力を得た?
どう見ても先程の僕の攻撃は凡庸で、自分でも簡単に受けられてしまうのがわかっていた。
それなのに、あの硬そうな剣にヒビを入れた。
たまたま当たりどころが良かったのだろうか。
いや、違う。
剣だ。
剣が強くなっている。
ルナにもらったこの剣が、異常なほどの強度の破壊力を持っているのだ。
まるでどこかの名刀のように。
一体どうして……?
不思議に思っていると、暗黒騎士は僕から距離を取ったまま、暗闇の中に姿を消した。
足音が遠ざかっていく。
「あ、待て!」
声は出したものの、追いかけることはしなかった。
もし相手の気が変わって再び迫ってきたら、今度は僕の方が追い込まれてしまう気がしたからだ。
暗黒騎士が消えた暗闇を見つめながら、僕は呆然と一人立ちすくんでいた。
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