第12話 高みは目指しません。

 危なかった。

 一か八かだった。

 カデリアさんが深手を負い、助けに入った時、自分はドラゴンには勝てないのだと悟った。

 そこで咄嗟に思いついたのがあのスキルだ。


 スキル『溺愛』。

 何の役にも立たないダメスキル。


 しかしルナはこのスキルのおかげであそこまで強くなった可能性があった。

 だとすれば。

 やるしかない。


「カデリアは大変だったねぇ、痛い痛いのよちよちしましょうねぇ」

「うん、カデリアよちよちすゆ……」


 もはや生きるか死ぬかという瀬戸際でなにやっとるんだという話であるが、これ以外に方法が思いつかない。

 ルナを危険な目に遭わせる訳にはいかないし、これでダメなら二人とも死ぬだろう。


 だが、狙いは的中した。

 スキル『溺愛』は本物だった。

『溺愛』で強化されたカデリアさんはわずか数秒でドラゴンを屠ったのだ。

 それは一瞬の出来事だった。


「あなた、何したの」


 わずか数秒でドラゴンを屠ったカデリアさんは訝しげな目でこちらを向く。

 心なしかその頬は赤く染まっていた。


「さっきの僕の話を覚えていますか。ドラゴンと出会う直前に話していたことです」

「話って、スキルがどうとかっていう?」

「そうです」


 僕は頷いた。


「僕のスキルは『溺愛』。18歳の誕生日、僕はそのスキルに開眼しました」

「それ……スキルなの?」

「効果はカデリアさんが見たとおりです」


 僕が言うとカデリアさんは黙る。


「本当をいうと半信半疑でした。そんなスキルがこの世に存在するのかが。ですがさっきカデリアさんを甘やかした時、僕は確信したんです。このスキルは本物だって」

「そんな馬鹿なこと……だってあんなの、あまりにも……」


 カデリアさんの額から冷や汗が流れる。

 僕は頷いた。


「そうです。ルナは僕が甘やかしまくった結果、ここまで強くなりました」


 僕が言うとルナが近づいてきて僕に抱きつく。

 僕はルナの頭を撫でながら言った。


「ルナは僕にずっと溺愛されてきました。その結果、彼女は最強になってしまった」

「スキル開眼前から効果が出ていたっていうこと……?」

「わかりません。もしかしたら、僕の甘やかす感情が強ければ強いほど効果が強いのかも」

「きっと兄様の愛の分だけ強くなるの。兄様、だーいすき」


 ルナが僕の胸元に頬をこすりつける。

 亜光速を超える頬ずりから生ずる摩擦熱は凄まじく、今にも燃えそうだ。


「こらこら、焼き焦げちゃうよ」

「煙出てるけど大丈夫……?」


 カデリアさんはドン引きした表情をした後、すぐに真剣な顔をした。


「それにしても『溺愛』ね……。そんなスキルが世の中にあるだなんて。でも、ない話じゃないかもしれないわね」

「どう言うことです?」

「時折いるのよ。あなたみたいに馬鹿みたいに強力なスキルを持っている人っていうのが。そして彼らは、例外なく冒険者の高みへとたどり着いた。私でもたどり着けないような領域へね」

「カデリアさん以上の領域って……」

「レジェンド級の冒険者。ギルドの最高位に位置する、世界でたった五人しか居ない領域」

「そう言えば最初の説明で言われたような? でもその称号って何の意味があるんですか?」

「レジェンド級の冒険者はまず、生涯遊んで暮らせることが約束されるの。その代わり、彼らが請け負う仕事は人類を救ったり、国が関わる規模の大きなものになる」

「国が関わる規模って言うと……」

「魔族国家との戦争で、成果を上げること」


 彼女の言葉に僕とルナは顔を見合わせた。

 僕たちの国だけじゃない。

 近隣諸国はずっと長い間、魔族国家との間で戦いを続けているのだ。

 そしてその戦況には、いずれも屈強な英雄が携わるという。


「国が掲げる最終兵器であり、そして英雄と言われる人物はね、いずれもレジェンド級の冒険者たちなの」


 ゴクリとツバを飲み込んだ。


「もしかして、そのレジェンド級の人たちに、僕たちも匹敵すると?」

「ありえない話じゃないわ。あなたたち兄妹と私なら、彼らにも匹敵出来るかもしれない」


 カデリアさんは僕たちに手を出す。


「改めて言うわ。リヒトくん、ルナちゃん、私と手を組んでギルドの高みを目指しましょう。傭兵として最高峰の地位に着くの。そうすれば地位も、名誉も、暮らしも思うがままよ」

「あー、いや……辞めておきます」


 僕が言うとカデリアさんはドンガラガッシャンと何もない場所で転げた。


「何でよ! いま絶対受ける場面だったでしょ!?」

「いや、僕たち別にレジェンド等級とかは目指してないので……」


 僕が頭を掻くとルナもウンウンと頷いた。


「そうよ。第一、危なそうだもの。兄様に危険な目に遭ってほしくないし」

「今回も危なかったから、次回からやっぱり樹等級からコツコツやろうか。僕も自主練で頑張ることにするよ」

「うん、それが一番よ、兄様。やっぱり兄様の周りに居ていい女の子は私だけなんだから」

「それじゃあカデリアさん。短い間ですがお世話になりました。報酬は後日いただければ大丈夫です」

「えっ? ちょっと!? 本気で言ってるの!? 待ちなさいよ! ねぇ! 待ってってばぁ!」


 叫ぶカデリアさんを残して僕たちは洞窟を出る。


「絶対に諦めないんだからぁ!」


 カデリアさんの叫び声だけが、洞窟に鳴り響いていた。

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