第11話 溺愛されたようです。

 私は冒険者のカデリア。

 ギルドで上から二番目の等級の女。

 自分で言うのも何だが腕はかなり立つ。


 そんな腕の立つ私は今。

 死にかけていた。


 オオオオオォォォォ……。


 ドラゴンの咆哮が聞こえる。

 そう、私は討伐に失敗したのだ。

 ドラゴンの討伐に。


 ……んなワケがない。


 そう、私はギルド二番目の女。

 もちろんこれはブラフである。


 私はこの兄妹の妹にずっと目をつけていた。

 私が見てきた中でも、過去最上級の強さを持つ冒険者。

 名前をルナという。

 酷くブラコンみたいだったが、私はなんとしても彼女をパーティーに迎え入れたいと思っていた。

 彼女と組めば、世界で五人しか居ないレジェンド級の冒険者になれると思ったからだ。


 だがそのためには、まずルナに自分の強さを自覚してもらう必要がある。

 今は自覚がないようだし、これではただの歩く狂犬だ。

 だから私は一計を案じることにした。


 私の討伐に彼らを同行させ、わざと私がピンチになれば良い。

 そうすればルナは私を助けるためにドラゴンと戦わざるを得なくなるだろう。

 そして私が負けたドラゴンを単独で屠ることで、ルナは自分の力を自覚する。

 そのはずだった。


 しかしながら予想外のことが二つ起きた。


 一つは私を助けに来たのが兄のリヒトの方であり、ルナは一歩も動かなかったということだ。

 ドラゴンの尻尾に弾き飛ばされ、必死に助けを懇願するためにルナに目を向けた時。

 私は見てしまった。


「兄様に近づく女はこのまま死んで」


 怖っ! 怖すぎる!

 まるで氷のように冷たいルナの瞳。

 確実に私の死を願う暗殺者のような目をしていた。

 瞳に光が宿っておらず、温度感が低い。

 暗黒の混沌からこちらを傍観している死神のようにも見えた。


 大方いざとなったら兄だけ助けて私は見殺しにするという算段だろう。

 ブラコンだと思ってはいたが、そのようなヤバい思想を持つ子だとは思わなかった。


 そして誤算はもう一つあった。

 それはドラゴンが私の想定を上回る強さだったことだ。

 今回のドラゴンは小型で、私が以前倒したものと同種だと聞いていた。

 ドラゴンの攻撃は何度も受けたことがあったし、攻撃を受けたフリをして倒れても問題ないと思っていたのだが。


 ……予想以上に効いていしまった。

 これってもしかして特殊な種類のドラゴンなんじゃあ……。

 だとしたら正直、結構ヤバいかも。



 私は自分を呪った。

 これは人を騙して利用としたバツなのかもしれない。

 だからせめて、私を心配そうに見下ろす彼――リヒトだけでも逃がして上げないと。


「リヒトくん、逃げなさい……」

「嫌です! こんなところで見殺しに出来ません!」


 あぁ、何て勇敢なの、弱いクセに。

 そんなこと言われたらお姉さんグラグラ来ちゃうわ。

 いや、そんなこと言ってる場合じゃない。


 ドラゴンがこちらに迫っている。

 早く逃げるなり、戦闘態勢を取るなりしないと。


「……やるしかないか」


 リヒトがそう呟いたかと思うと。


「カデリアさん、失礼します!」


 不意に、彼は私の頭をなで始めた。


「よしよし、カデリアはいい子だね。頑張ったねぇ」


 頭をぎゅうっと胸元に抱きしめながら、リヒトは私頭をぽんぽんしたり、ほっぺをグニグニしたりする。

 何だ、何をしている?

 なぜこの男は私のことを撫でているのだ。

 こんな時に発情している場合じゃないだろう。


「怖かったね、大丈夫だからもう泣いちゃダメだよ? 偉かったねぇ。ゆっくり休みまちょうねぇ」


 何だこの安心感は。

 とてつもない強大な父性に、全身が包まれる心地がする。

 真綿で全身が包まれたかのような癒やし。

 そして同時に、地の底から湧き上がるようなとてつもないエネルギーの存在を感じる。


「うん、カデリアおやすみすゆ……」


 とんでもないとろけた声が自分から出ている。

 まるで赤子に戻ったかのようだ。

 あぁ、何て情けない声なの。

 ギルド二番目なのに、おこちゃまみたい。


 実の親に、いや、地母神に抱きしめられたかのような温かさ。

 先ほどまで全身に走っていた痛みはまるで無くなっている。

 むしろ気力が湧き上がるようで、ずいぶんと気持ちが良かった。


 ハッと目が覚める。

 ドラゴンが目の前に迫っていた。

 今にも爪を振り下ろさんとしている。


「無駄だ」


 私は地面に手もつかずに立ち上がると、振り下ろされたドラゴンの爪を片手で受け止めた。

 頑丈な障壁にぶつかったかのように、ドラゴンの腕がピタリと止まる。

 何だこれは。

 酷く軽く、もろく感じる。


 試しに私が少し力を込めると。

 ドラゴンの爪はボロボロに砕け散った。

 反撃されると思っていなかったドラゴンは、大きな咆哮を上げる。


 次にドラゴンはその鋭いキバを私に向けてきた。

 止まっているみたいに遅い。

 それに身体も軽かった。

 まるで別世界だ。


 ドラゴンの大きな口が私とリヒトを飲み込もうとしたその時。

 私はリヒトをお姫様だっこの状態で抱きかかえ、そして軽く跳躍した。

 羽が生えたかのように軽い。

 大の男を抱えているのに、重さを感じないのだ。


「あぁ! 兄様になんてことをぉぉ!」


 ルナが何やら叫んでいるが知ったことではない。

 跳躍した私たちの身体は、飲み込もうとしたドラゴンの口元を避ける。

 そのままドラゴンの鼻先へ立った。

 予想外の行動に、ドラゴンは目を丸くしている。


 その一瞬が決め手だった。


 私はサッと片手で剣を抜くと、ドラゴンの額に思い切り突き刺した。

 チーズにナイフを入れるがごとくスッと差し込まれた我が剣は、音も立てずにドラゴンを絶命させる。


 絶命したドラゴンは倒れこみ、跳躍した私たちはスタッと地面に着地した。


「リヒトくん、無事?」

「は、はい……」


 お姫様抱っこしたリヒトが顔を赤らめる。

 すると「早く兄様から離れてよぉ!」とルナが私からリヒトを奪っていった。

 まぁ別にいいか。少し名残惜しかったけど。


 私はそっと微笑むと、倒れたドラゴンをまじまじと見つめた。

 そして思う。

 一体、何が起こったのだろう、と。

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