第8話 私が教えて差し上げます。

「これ、討伐しました」


 ギルドに戻った僕たちは、マリーさんにウェアラットの角を渡す。

 受付で角を受け取ったマリーさんはキョトンとしていた。

 どうしたのだろう。


「あの、大丈夫でした?」

「何がですか?」

「お二人が向かった森、ゴブリンが居ると報告を受けていたんですが」

「ああ……いたはいたんですが」


 ルナが単独で倒してしまったと言っても信じてもらえないだろう。

 適当にごまかすことにする。


「何とかなりました。その、他の冒険者の方も来てくれたので」

「それって、もしかして女性の?」

「そうですね」

「なるほど。そうですか……」


 その時後ろの方で強面の冒険者たちの声がした。


「おい、聞いたか。カデリアがゴブリン100体を単独で討伐したってよ」

「すげぇな。さすがマスター等級様だ」


 何やら騒がしいな。

 カデリアって先程の女の人だろうか。

 他の冒険者にも注目されているらしい。

 耳をそばだてていると、マリーさんが報酬を持ってきてくれる。


「こちらが報酬です。引き続きがんばってくださいね」

「ありがとうございます」


 それほどの金額じゃないが今日一日は何とか食べられそうだ。

 当面はこれで日銭を稼ぐしかないだろう。


「帰ろうか、ルナ」


 しかしルナは帰る気配がない。


「どうしたんだい?」

「次の仕事を探しているの」

「まだやるの?」

「だってもらったお金ってそれだけでしょ? 私たち、もっと稼がなきゃ。愛の生活のために」

「それよりまずは朝ごはん食べない?」


 朝イチでギルドに来てから何も口にしていなかった。


 ◯


「兄様、美味しいね」

「そうだね」


 市場で買ったサンドウィッチを食べながらルナが頭をあずけてくる。

 街の広場に僕たちはいた。

 遠くで老人が座っている以外は、皆忙しそう広場を通り過ぎていく。


 本当に人が多い街だな。

 人も物も行き交うこの街はとても賑やかで、人々の喧騒に溢れている。

 王都も賑わっていたが、ここはそれ以上だ。

 辺境の街と聞いていたから最初はどうなることかと思ったが、実際に来てみると案外悪い場所ではないらしい。


 王都を出てもう二日目か。

 今頃国ではルナが居なくて大騒ぎしているんだろうな。

 使いが寄越されてもおかしくはないが、未だその様子はない。


 それにしても。

 先程のルナの姿を思い出してみる。

 ルナの力は、やっぱり異常だ。

 そのおかげで助かったけれど……。


「どうしたの? 兄様。何だか元気がないけど」

「えっ? あぁ、大したことじゃないんだ。ただ、ちょっと情けないなって」

「情けない?」

「ほら、僕ってルナに守られっぱなしだろ? 本当なら兄として僕がルナを守りたいのに」

「そんな! 兄様はそこにいてくれるだけでいいの。兄様は存在することに意味がある。私の祈りの対象、すべてを超越せし者……」

「神かな?」


 そんな馬鹿げたやり取りをするも、やはり僕の心は浮かない。

 少し考えた後に、僕はパンと手を叩いた。


「よし、決めた! 僕、修行するよ」

「修行?」

「ああ、ルナに守られるだけじゃなく、僕もルナを守りたい。ルナの足を引っ張りたくないからね。強くなるんだ」

「自分に甘えない兄しゃま素敵……。ねぇねぇ撫でて兄様撫でて」

「仕方ないな。わしゃしゃしゃしゃしゃよしゃしゃしゃしゃ」

「ムギュぅ……」


 ゴロゴロと猫のように甘えてくるルナの顔を揉みくちゃにしていると「話は聞いたわ」とどこからか声がする。


 見ると、近くの塀の上に見覚えのある女性が座っていた。

 わざわざそんなところに座る意味が分からない。


「あなた、強くなりたいのね」


 スタ、と女性は地上に舞い降り、こちらに近づいてくる。

 僕の膝で顔をムギュムギュにされていたルナがあからさまに警戒していた。


「あなたは、えっと――」

「私はカデリア。マスター等級の冒険者よ」

「そうでした。さっきはありがとうございました。それで、あの……何か御用ですか?」

「あなたが強くなりたいって話しているのが聞こえたから、ちょっとね」


 カデリアさんはジッと僕を見る。


「よかったら、私があなたのこと、鍛えてあげましょうか?」

「本当ですか?」

「こう見えても私はマスター等級の冒険者よ。少なくとも、このあたりに敵はいないわ。戦闘の知識も技術も持ち合わせている。だから、あなたのことを鍛えてあげることだって出来る」

「それはとても嬉しいです!」


 ガバっと前のめりになる僕をルナが手で制した。

 ジロリとカデリアさんを睨んでいる。


「……何が狙いなんですか」

「狙いなんて人聞きが悪いわね。ただの親切心よ」

「嘘おっしゃい! どうせ兄様のことが目的なんでしょ! 兄様のことは渡さないから!」


 ルナは僕をガバリと抱きしめる。

 その姿はまるでユーカリの樹にしがみついたコアラのようであったそうな。


 そんなルナの様子を見てカデリアさんは「なんだ、そんなことか」と余裕のある笑みを浮かべた。


「あなたのお兄さんを取ったりはしないわ。安心なさい」

「だったらどうして……?」

「私はお兄さんじゃなくてあなたを――」


 カデリアさんはそこまでいいかけて「おっと、いけない」と口を閉ざした。


「とにかく、心配はしなくていいの。私はあなたのお兄さんを鍛える。ただそれだけよ」

「本当に良いんですか? 僕、最下級の冒険者なのに」


 僕が尋ねるとふっと彼女は笑った。


「別に構わないわ。あなたたちには貸しを作っておいた方が良い気がしてね。冒険者の勘ってやつかしら」

「カデリアさん……」


 ちょっと何言ってるかよくわかんないです。

 そう言おうとしてなんとか言葉を飲み込んだ。


「それじゃあ、明日またギルドで。逃げ出さないでよね」


 カデリアさんはそう言うと颯爽と塀の上を登って去って行った。

 だから何でそこから帰るのだ。


「兄様の周りに他の女が来るなんて……」


 何やら不服そうなルナの頬を僕は両手で包む。


「大丈夫、ちょっと鍛えてもらうだけだよ。それにこれは大切なルナを守るためだから……」

「兄様……ぐひひひ」


 笑ったルナの顔、邪気に溢れて怖かった。

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