第5話 ここで一緒に暮らします。

 入口から中へと入ると、非常に賑やかな市場が広がっていた。

 この市場は街の至るところに続いており、食材から武器、書籍まで様々な物が取り扱われている。


「見てみて、兄様! 人がたくさんいるわ!」

「そうだね」


 僕は昔何度か父親に連れられてこの街に来たことがあったから慣れていたが、ルナは初めて来たらしく、かなりはしゃいでいる。

 市場をキョロキョロしているルナの姿はどこか微笑ましい。


 辺境都市ブリンデル。

 国境にある都市で、物の出入りが激しい場所だ。

 それ故に移民や旅人も多く集まり、外国からの来訪者も多い。

 治安が安定せず、国から禁じられたような物資が出入りしやすいのも特徴だった。

 暮らす分には退屈しないだろうが、貴族や身分ある人々はこの街では暮らしたがらない。

 凶悪犯罪も少なくないからだ。


「そんな街に家を持たないでほしいな」


 大方僕を王都から追放するために前々から用意していたのだろう。

 どこまでも用意周到なことだ。

 一人だったら辛かったかもしれないが、今の僕は寂しくなんかない。

 何故ならルナが一緒に居てくれるからだ。


「ルナと一緒に入れて良かったよ」


「うぇっ? うぇへへ? へへへへへえへへへ」とルナは世にも気味悪い顔で笑った。



 イリシュ継母さんクソババアに用意されていると言われていた家は、予想通りボロボロの一軒家だった。

 外から見てもわかるくらい手入れが行き届いていない。

 いたる場所にクモの巣があり、ドアもボロボロだった。


「やれやれ、想像していたよりも酷いな。ルナ、ここで暮らすことになるけど本当に大丈夫か?」

「うひへへへ、ここが私と兄様の愛の巣……。ふふふぐひひうひへへぇ」

「大丈夫そうだね」


 僕は薄笑いを浮かべて家の中に入る。

 かつて使っていたらしい樽やら机やらがホコリまみれになっていた。

 不快害虫の姿も多数見られる。


 かなり汚いが、暮らせないほどではないなと思った。

 ここで僕は――僕たちは、当面暮らさねばならないのだ。


「よし、やるか。ルナ、手伝ってくれるかい?」

「もちろんよ」


 ここに来るまでに買っておいた掃除道具を使い、床を掃き、机を拭き、ものを片していく。

 床の汚れが酷かったため、一旦デッキブラシで全部汚れを擦り落とし、その後拭き掃除をした。

 積もったホコリは拭くよりも一旦外に出して払ってしまった方が早い。

 僕らはなるべく効率的に掃除を進めた。


「兄様、この棚はこっちで良い?」


 大の大人が二人で抱えねばならないほどの家具をルナはひょいと片手で持ち上げる。


「あぁ……うん。大丈夫……。ありがとう」


 一人だけ完全に世界観がおかしい。

 もはや突っ込む気力も失せてきた。

 実家ではあんな姿見せたこともなかったのに。

 いや、というか見せる機会がなかったのか。

 いままで一緒に暮らしていたのに気づかなかった自分の方が異常なのではないかと思えてきた。


 ルナが意外とタフだったお陰もあり順調に掃除は進んだ。

 お陰で夕方頃にはなんとか寝泊まり出来るだけの状態には持ってくることが出来た。


「明日は色々買い物をして、仕事も探さないとな」

「仕事?」


 夜。

 ランタンに火を灯しただけの薄暗い室内で食事を取りながらつぶやくと、ルナは首を傾げた。

 僕はパンを口に運びながら頷く。


「僕らはこれからここで暮らしていかなきゃならない。生活をより良くするために仕事は必須だよ」

「それって、兄様と一緒に居られなくなるってこと?」

「まぁ、今まで通りベッタリとはいかなくなるだろうね」

「そんな……、私寂しい」

「大丈夫だよ。朝はちゃんと挨拶して、夜に一緒に食事を摂ろう。生活のスタイルは変わっても一緒に居ることは出来るから」

「でも……」


 ルナはふてくされたように口を尖らせている。

 そんな彼女が、妙に愛しい。


「兄様、隣に座って良い?」

「もちろん」


 ルナが椅子ごと僕の隣に移動してくる。

 コテッと彼女は僕の肩に頭を預けた。


「兄様の心臓の鼓動が聞こえる」

「肩なのだが」

「血脈で感じるの。兄様の鼓動を」

「獣のように敏感な感覚……」


 ルナはそっと目を瞑る。


「ねぇ、兄様。私、不思議なの。王都を離れても不安も寂しさもない。母様や、他の兄様と離れ離れになっても、平気なの。それは何でかなってずっと思ってた」

「どうしてなんだい?」

「母様は私のことを大切にしてくれたわ。リヒト兄様以外の、他の兄様たちも。でも、母様の中にはいつも私を看板娘のように扱おうとする部分があった。他の兄様たちだって、同じようなものだったの。私は籠の中の鳥なんだって、その時思ってた。そんな私が唯一自由で居られたのがリヒト兄様の前だった。リヒト兄様の前では、私は私でいられたのよ」

「ルナ……」

「私、兄様のそばを離れたくない」

「大丈夫だよ。一緒に幸せになろう」

「うん。子供は三人作りましょう」

「そこまでは言ってないのだが」


 隙あらば禁断の兄妹愛を実現させようとしてくる。

 我が妹ながら抜け目がない性格だ。


「ねぇ、兄様。本当に兄様とバラバラで仕事しないとダメなの?」

「そりゃ、一緒に出来る仕事があればいいけどさ」

「一緒に出来る仕事……?」

「そんなに都合のいい仕事はなかなか見つからないよ」

「一緒に出来る仕事……」


 ルナは何度も咀嚼するようにその言葉を口にすると、何か考えていた。




 次の日の朝。

 朝起きると、隣で寝ていたはずのルナの姿が見当たらなかった。


「ルナ?」


 一階に降りてみる。

 やはりそこにも人の姿はない。


「散歩でも行ったのかな……」


 仕方なく朝食の準備を進めていると、不意に玄関のドアが開いてルナが姿を見せた。


「ルナ、どこ行ってたんだ。心配したんだぞ」

「兄様! 見つけたわ!」

「見つけたって何を?」


 ルナはニッコリと笑みを浮かべた。


「仕事よ!」

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