第4話 愛のようです。

 私は冒険者のカデリア。

 ギルドで上から二番目の等級『マスター』の称号を持つ冒険者だ。

 自分で言うのも何だが、腕はかなり立つ方だと思う。


 ギルドのランクは冒険者にとって一つの基準だ。

 相手の実力を推し量る物差しであり、手っ取り早く自分の立場を証明できる血統書のようなものでもある。

 上位の魔物討伐や危険な仕事を請け負えるマスター等級は全冒険者の中でも一握り。

 それより上のレジェンド等級になるともはや数えられるほどしかいない。


 だからこそ、私はマスターという等級に誇りを持っている。

 それも冒険者の中では比較的珍しい女性のマスター等級なのだ。

 少しでもギルドの事情を知るものなら、誰もが私のことを知っている。


 そんな私の元にまた討伐依頼が入った。

 王都と辺境の街に存在する森に、魔族国家の奥地にいるような危険な魔物が出現したらしい。

 近隣の村や森を通る人が被害に遭う前に討伐して欲しい、というのが依頼の内容。

 当然ながらその報酬はとんでもないものだ。


 私は早速王都を出て件の街へと向かう。

 辺境へと向かうのに必ず通らなければならない森。

 道はずいぶん開拓されているが、それでもかなりの距離があるらしい。

 途中で襲われれば逃げるすべはないだろう。


「では、依頼承りました」

「どうかお頼みします、冒険者の方……」


 町長と話をつけ、森に入ろうと足を運ぶ。

 森の入口で数名の男が何やらざわめいているのが見えた。

 気になって声を掛ける。


「どうしたんですか、この騒ぎ」

「いや、ベヒーモスが出るってんでここに『危険だ』って書いた看板を置いてたんだけどよ」

「誰かが折っちまいやがったんだ」


 言われてみると確かに。

 明らかに人為的に看板がへし折られた跡があった。

 かなり悪質だ。


「こんな状態だったら気づかずに森に入っちまうよ」

「誰も死んでなきゃいいがなぁ」


 男たちの表情が曇る。

 なるほど、どうやら急いだほうが良いらしい。

 私が森に向かって足を運ぼうとすると「大変だ!」とどこからともなく別の村人が駆け寄ってきた。


「ベヒーモス、討伐されたってよ!」

「はぁっ!?」


 その場にいた全員が声を上げた。




 村人と共に森へと入る。

 件のベヒーモスは果たしてそこで死んでいた。

 顎から下が吹き飛んでおり、地面が抉れている。

 かなり強烈な衝撃を受けて吹き飛んだらしいということが分かった。


「他の魔物とケンカでもしたのかしら……」


 私がつぶやくと「違うと思うぞ」と近くの村人が言う。

 不思議に思っていると彼は遠方にある『それ』を指さした。


「見てみろ、焚き火の跡だ。誰かが昨晩ここにいてベヒーモスに襲われたんだ。そしてベヒーモスは返り討ちにあった」


「そんなことあるのかしら……」


 話で聞いていたベヒーモスはかなり獰猛で、危険な魔物らしい。

 実際、この巨体である。

 マスター等級の私ですら、油断をすれば死んでもおかしくはないだろう。


 しかしながらそれを単独でほふった者がいる。

 それも状況を見たところ、明らかに一撃で仕留めていた。

 そんな実力があれば、マスター等級以上の実力があると言えるだろう。


「とんでもない冒険者がいるのね……!」


 思わぬ猛者の出現に私は思わず舌なめずりをした。

 その様子をみた村人たちが引いているような気がしたがそんなことはどうでもいい。


 もしマスター等級以上の実力者がまだ無名のままだとしたら。

 組まない手はないだろう。

 もしかしたら最強タッグを組んでレジェンド等級すら目指せるかも知れない。


「待ってなさいよ……相棒!」


 私はまだ見ぬ実力者の跡を追い走り出した。


 ◯


「あの、ルナ? そろそろ降ろしてくれないかな」


 ベヒーモスの一件から一夜。

 僕はルナに背負われていた。

 もう何時間もこの状態だ。


「ずっと僕を背負うのはキツイだろ? 僕ももう歩けるし、そんなに心配しなくても」

「ダメよ兄様! あんな巨大な獣に襲われたんだから安静にしないと! それに私背中に兄様の体温を感じることで体力が無限に生成される体質なの!」

「永久機関だと……」


 何十キロも歩いたはずなのにルナは汗一つかいていない。

 彼女が言っていることはどうやら本当らしい。


 無理をしているわけではなさそうだし、何ならむしろ昨日二人で歩いた時より進みがずいぶん良い気がするけれど、それでもこの状態はあまり良くはない。

 兄としての威厳とか、意地とかもあるが。

 何より大切なルナにこれ以上負担をかけたくないのだ。


「降ろしてくれ、ルナ。これ以上迷惑を掛けたくないんだ」

「大丈夫よ、兄様。後でちゃんとお礼はもらうんだから。身体で」

「妹の愛が怖い……」


 そんなやり取りをするも、結局ルナに運ばれる形になってしまった。

 何を言っても歩かせてくれそうにないし、仕方なく従うことにする。


 それにしても、と思う。

 僕の知るルナはこんなに力があっだろうか。

 昨晩のベヒーモスの件は記憶に新しい。

 強靭な肉体を持つベヒーモスを、ルナはわずか一撃で仕留めてしまった。


「ルナ、一体いつからあんなに強くなったんだ?」

「何のこと?」

「昨日のことだよ! 昨日僕らが遭遇したのはベヒーモスだ。懸賞金が掛けられてもおかしくないくらいの化け物に、ルナは勝ってしまった。普通じゃできないことなんだ」

「うーん、そう言われてもなぁ」


 ルナは小首を傾げる。


「運動は昔から得意だったけど、私が特別な訓練なんてしてないこと、兄様なら知ってるでしょ?」

「それは、まぁ……」


 昔からルナは僕の後を追いかけてはいた。

 家庭教師による勉強の時間も僕が離れると禁断症状が出たみたいに首を掻きむしり始めたし、僕のお風呂に勝手に入ってきて下卑た笑みを浮かべ出来たこともあった。

 少なくとも、何か特殊な訓練をしている様子はなかったはずだ。


 そんな時、ふとあのスキルのことを思い出す。



『溺愛』



 スキル鑑定師はそう言っていた。

 もしあれが本当に僕のスキルだとしたら。

 そしてそのスキルの内容が、甘やかした相手を強化するものなのだとしたら。


 僕に甘やかされ続けていたルナは、とんでもない力を得ているのではないだろうか。

 そんな仮説が頭をよぎる。


「まさかね」

「どうしたの、兄様?」

「別に、こっちの話だよ」


 適当に誤魔化すと「でもね、兄様」とルナは口を開く。


「私が強くなったのはね、きっと兄様への愛の力だと思うの」

「愛?」

「私は兄様を守りたいと思った。その愛が力になり、魔物を一撃で仕留めてしまったのよ」

「愛か……そうかもしれないな」


 だとすれば愛、重たすぎるな……。


 すると不意にルナがピタリと足を止めた。

 どうしたのだろう。


「兄様、もうすぐ森を抜けそうよ」

「えっ?」


 ルナが指さした先にあったのは、屈強な城壁に囲まれた大きな街。

 辺境都市のブリンデルだった。

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