第3話 ワンパンでした。
夜。
結局森を抜けることができず、野宿をすることにした。
近くの樹を使って上手く火をつけることができた。
こんなこともあろうかと火起こしの道具を持ってきていたのだ。
「さ、ルナ。寝よう」
「兄様、私怖い……一緒に寝て欲しい。そのまま私達は兄妹じゃなくなる。男と女になる」
「僕は君が怖い」
隙を見ては過剰な愛を振りまいてくる妹を牽制し、僕は火の番をする。
間もなく、ルナの寝息が聞こえてきた。
ようやく一息つけそうだ。
火を見ながら何となく過去のことを思う。
僕がまだこの世界に来る前のことだ。
僕はこの世界に来る前、日本という国に住んでいた。
名前を鮫島理人。
30歳の会社員だった。
恋人もおらず、家族とも死別し。
誰にも迷惑かけることのないよう、ただ慎ましく暮らしていた。
そんな僕は事故に遭いかけた子供を助けて死んでしまった。
ああ、こんなところで自分の人生は終わるのか。
次に生まれ変わるならまた人間がいいな。
妹がほしい。
生まれてこの方一人っ子だった僕は妹という存在に漠然とした憧れがあり、そのようなことを考えながら命を落とした。
そして次に目を覚ましたのがこの世界だったのだ。
僕は異世界への転生を果たしていた。
それなりに豊からしいヘストリス家へと転生した僕だったが、そこでもやはり一人っ子だった
早くに母を亡くし、父とも微妙な関係の中、また同じような人生を歩んでしまうのかと考えていた。
そんな僕がルナという義妹と出会ったことは、神様がくれた素敵なプレゼントにも思えたのだ。
「兄様! リヒト兄様!」
「兄様大好き!」
「一生一緒にいようね、兄様! 他の女の子に目を向けたらただじゃおかないわ。その女」
ハッと目を覚ます。
ウトウトしていたらしい。
何だか懐かしいことを思い出した。
途中恐ろしい記憶を混ざっていたが気のせいだろう。
「兄様、眠れないの?」
いつの間にか目を覚ましたらしいルナが立ち上がって僕の隣に座る。
「ルナも寝れないのか?」
「うん。何だかドキドキしちゃって。いつ兄様が夜這いに来るのかなって」
「行かないが」
ルナがそっと僕の肩に頭を預ける。
穏やかな焚火の灯りが僕らを照らした。
「ねぇ、兄様」
「なんだいルナ」
「私、兄様と一緒にいられて幸せよ。リヒト兄様と一緒に居られるなら、母様や他の兄様と二度と会えないって言われても平気よ」
「ルナ……」
「兄様のためだったら、たとえ世界中のどこにだって一緒に行くわ。世界の終わりのその時まで、二人は一緒よ。世界の終わりのその後、魂が燃え尽きるその瞬間まで」
「愛が重い……」
ルナの愛の重さはともかくとして、僕も同じではあった。
前世で天涯孤独だった僕にとって、ルナはたった一人そばにいてくれる大切な家族だ。
だから何が何でも守ってやりたいと思う。
「ルナと出会えて良かったよ」
「兄様……」
そっと抱き寄せると、ルナはコテンと頭を預けてくる。
夜の静寂が辺りに満ち、パチリパチリと薪の燃える音がする。
何だか良い雰囲気だな。
「はぁ、はぁ、兄様の体臭いい匂い……」
「やっぱり離れてもらっていいかな」
するとガサガサと近くの草むらが動くのが分かった。
咄嗟に僕はルナの前に出る。
「何? 獣かしら?」
「分からない。魔物かも知れない」
「兄様、私怖い……」
「大丈夫だ、ルナ。ちょっと見てくるよ」
「ダメよ兄様! 危険だわ!」
「少し見てくるだけだよ」
ルナの元を離れ、恐る恐る草むらへと近づく。
ゴクリとツバを飲んだその時。
草むらから巨大な何かが姿を見せ、僕に体当たりをしてきた。
咄嗟のことに反応できず、身体が吹き飛ばされる。
とんでもない力だった。
向かい側の樹に身体をぶつけ、そのまま倒れ込む。
「兄様!」
こちらに駆け寄ろうとしたルナの前に、そいつは姿を現した。
人の背丈の数十倍はあろうかという獣。
ベヒーモスがそこにいた。
「何でこんな化け物がここに……」
ありえない。
ここは王国領土だぞ?
こんな魔族国家の敷地内にいるような魔物がいるはずもないのに。
「あっ……あっ……」
「ルナ……逃げるんだ……」
必死で呼びかけるも、かすれた声しか出ない。
そうしている間に、完全に姿を見せたベヒーモスはその狙いをルナへと定めた。
獲物にしようとしているのは見て取れた。
「くそ……」
僕は必死で立ち上がる。
体中が痛い。
足がまるで生まれたての子鹿みたいだ。
それでも守らなきゃならない。
命よりも大切な、自分の妹と。
だが足が進まず、間に合わない。
ベヒーモスが攻撃体制に入る。
いけない。
「ルナ……!」
僕が身構えたその時。
「兄様に何すんのよこのクソ獣っ!」
ルナの放った一発のパンチが、ベヒーモスの身体を数十メートルほど吹き飛ばしたのだ。
あまりの勢いに、ベヒーモスが吹き飛ばされた道は抉れ、煙が上がっている。
「はっ……?」
想定外の出来事に僕は目を丸くした。
何だ? 何をした?
ルナが二十メートル以上はあろうかという魔物をワンパンで倒した?
どう見てもヒグマよりも巨大な相手なのに?
ちょっと信じられない光景だ。
夢でも見ているのだろうか。
呆然と立ち尽くす僕の元に、今度こそルナが駆け寄ってくる。
返り血を浴びたらしく、その姿は血まみれだった。
「兄様! 無事? お怪我は!?」
「あ、うん。めっちゃしてる……。それよりルナ、今のって」
「えっ? ちょっとお痛が過ぎる獣をしつけただけだよ?」
「しつけっていうか……」
死んどるがな。
そういいたかったが僕は言葉を飲み込んだ。
そんな僕を支えるように、ルナが僕を抱きしめる。
先程まで華奢な少女だと思っていた彼女の膂力は、妙にどっしりとして感じられた。
「さ、邪魔者はいなくなったわ! 兄様!」
「あ……うん。その前に血を拭いたほうがいいんじゃない……」
ドン引きしながら僕は答えた。
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