第2話 魔物が出るそうです。

 ## 本文


 馬車から降ろされる。

 王都から出てちょうど半日ほどの場所にある小さな町だった。


「あのー、目的の町まではまだ距離があると思うのですが」


「悪いけどここまでの送迎しか頼まれていないね」


「ええ……?」


 こんな場所では帰るに帰れない。

 しかしこの先は数こそ少ないものの、魔物が生息する森だ。

 馬車なら万一魔物に襲われても逃げ切れるだろうが、そんな場所に大した武器も持たずに入るのは危険すぎる。


 あの継母め、最初からそれが狙いか。

 危険な森を歩かせて命を落とす。

 そのような不慮の事故を狙っているに違いない。


 しかしここから王都に戻るのもなかなか厳しい話だ。

 何日掛かるかわからない。

 向こうに生活用品が揃っていると聞いていたから、まともなお金も持っていない。


「すみません、ならばせめてこの娘だけでも王都に連れ帰ってはくれませんか? 報酬は払います。あの継母ババアが」


 するとガバリとルナが僕に抱きついた。

 僕の胴体に両手両足で張り付くその様子はさながら寄生生物に襲われた宇宙飛行士のようでもあったそうな。


「嫌! 嫌嫌! 兄様と離れ離れになるなら、私この場で兄様を殺して私も死ぬわ!」


「巻き添え自死……」


 ルナはその大きな瞳にウルウルと大粒の涙を浮かべる。


「お願い兄様。私、兄様と一緒に居たい。何でもするから一緒に居させて? 火の番、家事や身の回りのお世話、もちろん夜のお世話もグフヒヒヒヒ」


「ふふ、ご冗談を」


 やれやれ、どうやら僕はとんでもないブラコンモンスターを育て上げてしまったらしい。

 我ながら溺愛し過ぎたか。


「いいか、ルナ。この先は何があるかわからない。僕が今帰ったとしても、また言いがかりをつけて追い出されるだけだろう。でもルナは違う。君はあの継母ババアに大切にされているからね。家に帰って幸せに暮らすんだ」


「嫌! 兄様と離れて暮らしたくない!」


「困ったな」


「ねぇ、兄様聞いて? 私と兄様は一蓮托生、運命で結ばれているの。私たちが一緒にいないと、きっと世界は滅んでしまう」


「超理論新事実発覚……」


「もしこの先で危険な目に遭って死んだとしても後悔しない。兄様と一緒に居られないほうが、ずっと辛いに決まってるんだから」


「ルナ……」


「兄様……」


「あのー、そろそろ帰っていいかい?」


 御者を帰らせて僕とルナだけが取り残される。

 これでもう、ルナだけ帰らせる選択肢は無くなった。


「ルナ、本当に良いのか? この先は数が少ないながらも魔物がいるんだよ」


「構わないわ。私が兄様を守ってあげる」


「ふふ、それなら僕がルナを守らなきゃだな」


「キャッ……!」


「あといいかげん胴体から離れてくれない?」


 胴体に張り付くルナを無理やり引き剥がし、町を僕らは歩く。

 日が少しずつ傾き始めていた。

 宿代はないし、早めに森に入って抜けてしまったほうが良さそうだ。

 夜は魔物が活動する時間帯だからな。


「兄様」


「どうしたルナ」


「この町で路銀を稼いで御者を雇ってから森に入るのではダメなの?」


「そうだな、悪くない考えだけど、この町は小さな町だ。流れ者の商人が商売してようやく経済が流通しているような場所だし、仕事らしい仕事もないんじゃないかな。町の住民も、王都に出稼ぎに行っているような状態だって聞くし。仕事が見つかる前に、餓えて死んでしまう可能性の方が高いかな」


「そうなんだ……」


 特に僕らには手持ちのお金がない。

 辺境に用意されている(らしい)家を拠点とし、早く仕事を見つける必要がある。

 辺境部についてはあまり知らないが、ギルドなるものが盛んらしいと聞いたことがある。

 冒険者が沢山いるそうだ。

 ただその分王都と違い人の出入りが激しく、治安は安定しない。

 だからこそ上流階級の人は王都に住みたがる。


 あの継母ババアがそんな場所に家を持っているということは、昔暮らしていた場所か何かだろうか。

 前は王都出身だと言っていたから嘘をついていたのかもしれない。

 まぁどうでもいいけど。


「とにかく森に入ろう。このままでは暗くなる」


 森に入ろうとしてふと気がつく。

 折れた看板が置かれていたからだ。

 何か書かれていたようだが、裏返っていてこちらからは見えそうにない。


「兄様、行かないの?」


「ああ、ごめん。進もうか」


 森の中の切り拓かれた道を歩く。

 馬車が走れるような比較的広い道が長く長く続いていた。

 視界は比較的良いからいきなり魔物に襲われるようなことはないものの、その分距離がある。

 もはや数時間単位で歩いているが一向に光景に変化が見られない。

 王都は僕が想像している以上に遥かに遠いらしい。


「確かにこの距離を徒歩で向かうのはちょっと無理があるかもしれないな……。今日は泊まりになりそうだ」


 空を見上げるとだいぶ日が落ちていた。


「ルナ、今日は野宿になるけど大丈夫かい?」


「兄様と二人で寝るっていうこと?」


「そうなるな」


「そんなっ! ダメよ兄様! 私たちまだ兄妹なのにはしたないわっ! だめぇ!」


「戻ってきてくれるかい? その小宇宙コスモから」


 すると前方から馬車が走ってくるのが見えた。

 王都に行った帰りだろう。

 逆方面ならぜひ乗せてくれと頼むところだったが、残念に思う。


 すると馬車の運転手が僕らを見て驚いたように馬を止めた。

 止まると思ってなかったから意外だったな。


「なんだお前さんら、この先に行くつもりかい?」


「はい。辺境都市に向かう予定で」


 すると運転手は「やめたほうがいい」と言った。


「ここ最近はこの森も魔物が増えてんだよ。最近では主が新しくなったらしくてな」


「討伐依頼とか出さないんですか?」


「もちろん出してるさ。だがマスター級の冒険者ですら手こずってるって話だ。悪いことは言わん。今日は村に戻って、明日御者を雇ったほうがいい」


「どうしよう、兄様……」


「そう言っても、大してお金もないしな」


 今の僕の所持金ではせいぜい一晩宿に泊まるのが限界だ。


「僕らはこのまま進むことにします。ありがとうございました」


「本当に大丈夫かい? 死なないようにしなよ」


「ええ。そちらこそ気をつけて」


 馬車が去るのを見送り、僕はルナと顔を見合わせる。


「じゃあ行こうか。大丈夫、ルナは僕が守るよ」


「兄様……素敵!」


「ハハッ、離れて」


 足元にすがりつく義妹の姿はB級ホラーに出てくるゾンビのようであったそうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る