妹を溺愛していたら最強になってました。妹が。

第1話 追放されました。

 自分の人生が変わったのは18歳の頃だった。

 貴族だけに許される特権『スキル覚醒』。

 この世で一部の人間だけに許される、神から与えられた奇跡。


 今日は僕のスキルが覚醒する日だ。


 ここは我が家の大広間。

 一家を継ぐ後継者候補のスキル覚醒に、親族を始め大勢の人間が集まっている。

 新たな才能を発現させた若者がどんなスキルを有するのかを見に来ているのだ。


 この日は我が家も料理人を呼び、豪勢なパーティーの準備までしている。

 それだけ期待が高いのが、貴族階級のスキル覚醒なのである。


 衆人環視の中、僕のスキルを観測したスキル鑑定師はこう言った。


「『溺愛』と出ました」


 と。


「溺愛……?」


 聞き慣れぬ言葉に皆がざわめく。

 僕自身なにかに聞き間違いかと思った。

 しかし眼の前の女性は深く頷く。


「『溺愛』です。人を溺れるほどに甘やかしてしまう。そういうものですね」


「それ、スキルなんですか?」


「いや……状態異常に近いですねこれは……」


 明らかにスキル鑑定師は困惑していた。

 僕も困惑しているし父も困惑している。

 この場にいた観客も皆困惑していた。


 何だそれ……と。


「役に立つんですかそれ」


「状態異常なんで多分役に立たないんじゃないですかね……」


「それどうしたら良いんですか」


「いや、私に聞かれても。子供とか可愛がって上げるとよいかと」


 それは本当にスキルに頼るようなものなのか。

 もはや心持ちの問題のような気もするが。


 すると「おっほっほ」とバカみたいな高笑いが会場に響き渡った。

 あまりにもでかすぎるバカ笑いに皆がビクリとした。

 声のトーンを落としてほしいものだ、と思い見ると継母ままははであるイリシュ継母かあさんが笑っていた。


「もはやお笑い草ですわね。この国の跡取りとなるはずのお方がよもやゴミスキル持ちだなんて」


 ゴミスキルとは好き放題言ってくれる。

 とは言え言い返すことは出来なかった。

 自分でもゴミスキルだと思っていたからだ。


 イリシュ継母さんは隣に立つ父にそっと語りかける。


「ねぇあなた? やっぱりリヒトさんに跡取りは荷が重いんじゃないかしら?」


「う、ううむ……、やむを得まいか」


 父も苦い顔をしていた。

 無茶苦茶苦い薬でも呑んだ顔をしている。


「やっぱり跡取りはアレンに継がせましょう? あなたと血がつながっていないかもしれないけれど、才能は本物。きっとこの家を大きくするわ」


「こうなった以上そうなるか……」


 不穏な方向に話が進み始めてしまった。

 するとすかさずイリシュ継母さんはパンと手を叩く。


「そうと決まればリヒトさんには家を出てもらいましょう」


 耳を疑った。

 僕が呆然としていると「だってそうでそうでしょう?」とイリシュ継母さんは嫌らしい笑みを浮かべる。


「長男がいるのに次男が後を継いだのではリヒトさんも立つ瀬がないでしょう? 次期当主のアレンだってやりづらいと思うの。ところで私、家を持っているのよ? 王都ここから離れた辺境の街だけれど、悪くない場所よ。その家の権利をリヒトさんに上げるわ。リヒトさんはそこで暮らせば良い」


「えっ?」


 あれよあれよという間に話は進み、気がつけば御者が手配され訳もわからないまま手荷物だけをもたらされ馬車に乗せられる。

 スキル鑑定を行ってからわずか1時間後のことである。

 段取りが良すぎる。

 絶対これ元々準備してただろ。


 辺境に向かうという馬車に乗った僕を一族が総出で見送る。

 バンザイ三唱までされてしまった。

 馬車に乗る僕を義理の弟たち3人が最前列でニヤニヤと見送る。


「残念だよリヒト兄さん。もう会うこともないと思うけどお元気で」


 僕はそっと彼らに優しい笑みを浮かべ、口を開く。


「次に会う時はその鼻の穴に〇〇〇〇をぶちまけて穴と言う穴を〇〇〇〇で〇〇〇して〇〇と〇〇〇を〇〇〇〇して数日間〇〇〇〇〇するから覚悟しときなよ「早く馬車出して下さい!」」


 こうして。

 僕、ヘストリス・リヒトは我がヘストリス家を追放された。


 ◯


 王都を出る馬車に揺られる。

 ボーっと空を眺めながら完全にハメられたな、などと考えた。


 きっと今日のことは前々から計画されていたに違いない。

 僕がどんなスキルを持っていても難癖をつけて追い出そうとしていたのだろう。

 僕はまんまとあの継母たちに追放されたというわけだ。


 僕の母が死んで数年後、父はイリシュ継母さんと再婚した。

 口下手で引っ込み思案だが優しくて聡明だった母と違い、イリシュ継母さんは人付き合いが上手くて口が回る人だった。

 そしてその連れ子である3人の弟もまた、母親と良く似た性質をしていた。


 イリシュ継母さんと再婚した父はもはや言いなり状態だった。

 実の子くらい守れよと言いたかったがもはや何を期待しても無駄なのだ。

 あの人の良い父親とイリシュ継母さんとでは世渡りのレベルが違う。


 気がかりだったのは、末の義妹のルナと会えなかったことだけだ。


 正確が歪みすぎて次元のひずみみたいになっているイリシュ継母さんであるが、その末の娘であるルナだけは僕とは懇意にしていた。

 あにあに様と僕を慕い、よく懐いていた。

 僕もそんなルナを可愛がっていたものだ。


 見送りの中にルナはいなかった。

 知らない間に僕が家を追い出されたと知ったら悲しむだろうな。


「ルナ、最後に会いたかったな……」


あに様、呼んだ?」


 そう思っていると馬車の座席の板が外れひょっこりと見覚えのある少女が顔を出す。

 翠の瞳、美しいブロンド、快活な表情。


 どう見ても義妹のルナである。


 いるはずのない人物の出現に僕は「おわっ!?」と声を上げる。


「ル……ルル…………ルルル……」


「鳥でも呼んでるの?」


「違う! ルナ! 何やってるんだこんなところで! 家にいなきゃダメだろ! 何でついて来ちゃったんだ!?」


 僕が言うとルナはそっと目を伏せた。


「だって母様ったら、あに様を追い出そうとするんだもの。そんなの許せるわけないじゃない。スキル鑑定の時、母様が騒ぎ出してすぐに悟ったの。『あぁ、母様はリヒトあに様を追い出すつもりなんだ』って」


「それで馬車に忍び込んだのか?」


「そうよ。あに様と私は一心同体。あに様が家を出るなら、私も家を出るわ」


「ちなみにいつから気づいてたの?」


「前日の夜、母様が御者に発注を掛けてた時から」


 そんなに前から気づいていたならもっと出来たことがあるような気がしたが、その辺を追求するのは野暮な気がして僕は言葉を飲み込んだ。


「とにかくルナ、家に帰るんだ」


「嫌よ」


「これから僕は王都を離れて地方で暮らすんだ。恐らく貧乏ぐらしだ。そうなれば今までのような楽な暮らしはもう出来ない。たくさん苦労することになる。それでもいいのか?」


「兄様と二人暮らし……グフフフウヒヒヘヘェ」


 もはや聞いちゃいない。

 幼い頃から溺愛してきた義妹はもはや病的なまでにブラコンをこじらせていた。


 溺愛……か。

 今思えば、ルナを可愛がったのは僕がスキル(というか状態異常)を発症する前触れだったのかもしれないな。


 すると不意に馬車が停車するのが分かった。

 何かあったのだろうか。

 不思議に思っていると不意に御者がこちらを振り返って言った。


「悪いけど、降りてもらうよ」

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