Kの黒髪
@ku-ro-usagi
読み切り
大学時代の友人のKは
出会った時からずっと綺麗な黒髪をキープしていた
背中の真ん中辺りまで伸ばして
Kと言えば綺麗な黒髪と言えるくらい
トレードマークにもなっていた長い黒髪
なのに
久しぶりに会ったらショートカットになっていた
近くにいたのに気づかなくて
Kに声を掛けられて初めて気づいてかなり驚いた
「気分転換だよ」
なんて初めは言ってたけど
酒が入ったら教えてくれた
凄いな、酒
Kは大学で上京して就職もそのままこっちでしてた
Kには
地元に幼馴染みがいて
元々病気がちだったのだけど
20歳越えた辺りで症状が重くなり始め
それからたった数年のついこの間
闘病も虚しく
帰らぬ人になってしまったと連絡が来たらしい
それで
「新幹線でお通夜行ったの」
そこでだいぶ久しぶりに会う
幼馴染みの母親に挨拶をしたら
「あの子ずっと病気がちだったから
一番の楽しい思い出がKちゃんと遊んだことみたいで
亡くなる前はもうその話ばかりしていたの」
と
それを聞き
あまりお見舞いもに来られなかったことを悔やみつつ
引き伸ばされた幼馴染みの遺影に目を移した時
ぐっと後ろに頭を持っていかれる衝撃と痛みが走り
「痛いっ!」
と反射的に声を上げたら
幼馴染みの母親がKの長い髪を掴んで
いつの間にか持っていた鋏で
Kの髪をザックリ切っていた
そして
「これであの子も寂しくないわね」
って笑い始めた
そして娘の眠るお棺の窓から
切ったKの髪の毛ぐいぐい詰めようとして
父親を含め葬儀会場の人間に止められ発狂
Kの髪は左側半分弱を肩上まで持っていかれ
耳まで少し切れていたと
Kは
近くの美容院に飛び込みで入って
そのまま切ってもらったのだと
ショートカットになった髪を撫でた
それは
気の毒なんて言葉で済むものではなく
言葉も出せずに黙っていると
「いいのいいの
髪洗うの楽になったし
満員電車とかでさ
結ってても髪の匂い嗅がれることも
触られることもなくなったからよかったよ」
そんなことあるのか
「あるある、それにさ、髪はまた伸びるし」
そう言ってたのに
またしばらくぶりに会ったKは髪を伸ばしていなかったし
なんならショートのまま緩いカールをかけ始めた
色も少し栗色になっている
色白のKにはそんな髪型もとても似合っていたのだけれど
また私はKに酒を飲ませて吐かせた
あれ以来伸びてくる髪が
幼馴染みがそうだったみたいな
軽く癖のかかった栗色の毛が生えてくるのだそう
「見て」
と唐突にコンタクトを外したKの瞳の色は
髪の色に似た濃い茶色で
元々は髪色に近い文字通りの黒目だったはずなのに
今は
「カラコンで誤魔化してるの」
目を伏せたKは
「何だか
私が私でなくなるようで怖い」
と小さく呟いた
私も少しだけ
Kと会うことが怖くなった
Kも変化を悟られることが嫌なのか連絡頻度が減り
次に会ったのは
2年は経っていたと思う
交通事故に遭った同級生の葬式
「○○」
と声を掛けられ振り返ると
そこにはKがいた
黒髪のボブで黒い瞳
パッと見は髪の短い以前のKだったけれど
よく見れば
髪は不自然なくらいな漆黒で真っ直ぐな縮毛矯正の跡
瞳も濃いめの黒いカラコンなのことに気付いた
「また、伸ばしてるんだね」
「そうなの」
さらりと伸びやかな声のはずだったけれど
少し舌ったらずな鼻にかかった声に聞こえた
不思議なのは
周りのKに対しての反応がごく自然なこと
明らかにおかしいのに誰も彼もKに普通に接している
私がおかしいのだろうか
「明日のお葬式どうする?」
通夜会場を出て同級生数人で駅まで歩きながら
誰かが窺うように口を開くと
「明日は、実家へ帰るための新幹線のチケット取っちゃってて」
とKが答えた
実家
Kの両親は
早々と早期リタイアし
念願の北海道で悠々自適の生活を送っていると
だいぶ前に聞いていたし
Kが実家へ帰ると言う時も北海道だ
だから
「北海道?」
確かに新幹線でも行けるけれども
珍しいなと思っていると
「え?✕✕だよ」
✕✕?
✕✕はKの元地元
実家はもう
とうに更地にし売り払ってすらいるはず
「えー、そっかぁ、私はどうしようかなぁ」
同級生の声が空に流れていく
「ね、少しお茶してかない?」
もう一人の誘いに少し躊躇したけれど
Kが頷いたため私も付いていくことにした
「少し飲んでいい?」
お茶の提案者がビールを指差し
「いいよ、飲んじゃえ」
「Kは?」
と私が聞くと
「お酒は全然ダメ」
と胸の前で両手を小さく振る
以前は片手で顔の前でブンブン振っていたのに
それに
「お酒はダメ?」
何を
Kの癖に
まじまじと見てしまったら
「最近弱くなっちゃって」
誤魔化すように肩を竦められた
「あー体質って変わるよね」
体質の問題なのか
それに
「ねぇ、Kは✕✕行ってどうするの?」
✕✕にはもう、なにもない
少なくともKの実家はもう
なのに
「実家に帰るんだってば」
何だか嬉しそうなK
「えー何、何?彼氏一緒とか?」
一人が冷やかしたけど
「違う違う、仕事辞めて向こうに戻ろうかなって」
向こうに?
「北海道は?」
思わず口を挟むと
「……北海道?」
ポカンとして、Kはしばらく黙ってから何か言い掛けたが
「生ビール他お待たせしましたー」
店員がやってきて
結局Kが何を言おうとしたのかは分からなかった
Kは
Kじゃない
見た目だけはKに寄せていたけれど
なぜか本来のKに寄せようとする不自然さに
逆にあのKはKではないと確信できた
けれど
それを周りに確かめたり同意を求める勇気は
私にはなかった
私の頭がおかしくなったのか
むしろそれを認めさせられるのが怖かったのかもしれない
頭と気持ちの整理が付かないまま時間が過ぎていき
どれくらい経っただろう
一度
思いきってKに連絡をしてみたけれど
通話含めの全ての連絡が取れなくなっていた
「現在この電話番号は使われておりません」
メールもメッセージも他の媒体でも宛先不明
私はKの両親の電話番号など知らず
Kと共通する友人にも聞いてみたけれど
「スマホなくしたとか?またそのうち連絡来るでしょ」
大学時代に一番親しかったのが私だったため
あまり誰も気にしていなかった
自分達の生活が忙しいのも多分にあるのだろう
あのKは幼馴染みの実家に帰ったのだろうか
幼馴染みの家族には受け入れられるのかもしれない
それでも
近所や周りの人間はどう思うのだろう
不審に思わないのか
それとも
ただ
私の頭がおかしくなっているのか
何も分からない
分からないけれど
ただ一つ分かるのは
私は友を一人失った
それだけは分かった
Kの黒髪 @ku-ro-usagi
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