闇のメトロノーム6章 征服者

……この崩壊した法律と秩序は一部の闘争心と正義感によって生み出されたものだ。この改革によって、新たな価値と道徳観が生まれた。だが一方で、過度に統制された社会は人々が自由に生きる権利を奪い、人々の自己表現や創造性の源を奪ったのだ。しかし何より、政府の悪徳よりも一部の不教育から生まれた愚かさの方が、社会にとって害悪をもたらしている。

戦争では人の選別に左右される状況が生と死を分けるものと、今の善悪に少なからず原因がある。そして、人々はそういった生命の選別を生きる価値として享受しているのだ。

この滅びた都市では、自由も平等も平和も何一つ価値を持たない。人々が助け合って生き残る方法などもはやなく、ただ死に絶えるのを待つばかりだ。そんな終わりゆく世界で、我々人間は何を新たな希望として見つければいいのだろうか……。

「空起きて、お腹すいたよ」

アリスの声が聞こえると、目を覚ましベッドから起き上がった。今日もまたいつもと変わらない一日が始まると思うと憂鬱だが、アリスと一緒にいられることは何より嬉しいことだ。

「あぁごめん、今から作るから待ってて」そう言うと、部屋を出て台所に向かった。朝食を作るために冷蔵庫を開けて卵やベーコンなどの食材を取り出す。そして慣れた手つきでフライパンに油をひき、温まったところで溶いた卵を流し込んだ。じゅうっと焼ける音と共に食欲をそそられる香りが鼻腔をくすぐる。ある程度焼き色がついたところで火を止め、お皿に盛り付けてテーブルに置いた。今日のメニューは目玉焼きとカリカリのベーコンだ。二人で向き合って座りながら一緒に手を合わせる。

「いただきまーす!」

アリスが大きく口を開けて頬張ると、美味しそうに咀嚼しながら笑顔を見せた。その幸せそうな顔を見るとこちらまで幸せな気分になってしまう。思わず口元が緩むのを感じながら食べ始めた。

食事中は何気ない会話をしながら楽しい時間を過ごす。今日の予定とか、昨日のテレビの話とか、最近見た映画の話とか。お互いに笑い合いながら会話をしているだけで心が満たされていく感覚を覚えるのだ。

そうして食事を終えた後は食器を片付けてから出かける準備をする。今日は特に予定がないため二人で散歩にでも行こうと思っていた。玄関先で靴を履き終えた後、ドアノブに手をかけるアリスに声をかけた。

「さて、そろそろ行こうか」

そう言って振り向くと、ちょうど振り向いたアリスと目が合う。次の瞬間、突然ぎゅっと抱きしめられた。あそうか、今日アリス発情期だったか。そう察したらあの人に任せるしかない。

「おーいユキ!ちょっと来てー!」

大声で呼びかけるとドタドタとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた時階段から転げ落ちる音が聞こえた。数秒後、ドアが乱暴に開けられると息を切らしたユキくんが部屋に入ってきた。

「お……及びでしょうか」

少し汗ばんだTシャツとトランクス姿というだらしない格好だが、きっと急いできたんだろう。

「アリスが発情期でさ、ちょっとお願いできるかな?」

そう言うとユキはえ!?っと目を大きくしながら驚く。アリスの方をちらっと見ると頬を赤く染めながら潤んだ瞳で見つめてきた。

「あーえっとー、アリスさんと一緒に意味深な行為で、すか?」

いつも眠そうな半目をぱっちりと開けて言い直す。「いや、君の能力でアリスの発情期を抑えて欲しいんだ。頼むよ」そう言うとユキは冷めたのか興味がなさそうにアリスの方を見ると手を翳すと徐々にアリスの顔色が良くなっていく。

「さすがだね」

「空さんの馬鹿……」

ユキは恥ずかしそうに頰を染めると空が小さく呟く。しばらく経つとアリスは落ち着いたようで、ユキの能力は凄いなと改めて実感する。ありがとうねと頭を撫でてあげるとユキは機嫌を直し、嬉しそうに笑っていた。これでひとまず安心だ。そろそろ出かけるとしよう。

「じゃあ、行ってくるユキ」

そう告げるとユキは小さく頷き、手を振り返してくれた。アリスに肩を貸しながら外に出て歩く。空はこれからの方針を考えつつアリスの横顔をちらりと見やる。まだ少し火照っている頰を浮かべながらふぅふぅと呼吸をしている姿はとても可愛らしいと思った。

(あー可愛いなぁアリスは)

少し意地悪く思った空は冗談半分で言うことにした。

「いやーさっきのアリス、すっごくエロかったぞぉ」するとアリスの顔が一瞬にして真っ赤になり俯いてしまった。どうやら自覚はあったらしい。彼女の脳内では興奮気味だけど体は制御してるっぽい。ユキの能力も凄いけどアリスの精神力も大したものだなと感心する。空の感想にアリスは恥ずかしそうに俯く。

別に合法ロリコン野郎でもないしただ危機感を覚えたからこうしていただけなのにエロく聞こえるのはどうしてだろうかとアリスを見ながら歩いている内に神社へ到着した。神社には人一人いない。静寂に包まれ、聞こえるのはセミの鳴き声と風が木の葉を揺らす音だけだ。

空はとりあえず鳥居をくぐり、辺りを見渡す。特に変わった様子はないなと思い、アリスを木陰に座らせる。木陰に風が吹けば涼しげな音と共に木々がざわめく。アリスは木の幹により掛かるとふぅーっと大きく息を吐き出す。空は隣に腰掛けてアリスを膝枕してあげながら頭を撫で続ける。

しばらくして落ち着いたアリスが話しかけてくる。

「ねぇ、空」

なんだ?と聞き返せばアリスは少しだけ沈黙した後、話し始める。

「空って私のこと好きなの?」

いきなりの質問に少し驚いたが落ち着いて冷静に答えることにした。

「そうだなあ。好きか嫌いかはもう少し先の話かな」

そう答えるとアリスは不満そうに頬を膨らます。そんな姿も愛くるしくて空の口元が緩む。空は空を見上げながら思う。この関係も悪くはないかもしれないなと。するとアリスがいきなり首に腕を回して抱き着いてくる。どうしたと聞くとアリスは顔を真っ赤にして言う。

「ねえ空、キスして」

予想外の発言に空は戸惑った。年齢は先輩だけど相手は10歳の少女だ。さすがにまずいと思った空はやんわりと断ろうとするが、その前に押し倒された。

ユキ、全く効果ないじゃないかよ……。

アリスの興奮を制御したのはいいが、その効果は薄いか、全く効き目が無いようだな。さて、どうしたものか。このままではがロリコンになってしまう。それだけは避けなければならない。はなんとか説得を試みようと思ったがアリスは耳元で囁く。

「ねぇ、いいでしょ?しよ?」と甘えた声で言ってくるものだから一瞬揺らぎそうになったが何とか持ちこたえる。ここで折れたら完全にロリコンの烙印を押されてしまうだろう。アリスの体が押し付けられ、その柔らかい感触が伝わってきて頭がクラクラするがなんとか耐える。

「ちょっと待ってくれ!? 一旦ストップ! 少し落ち着こう!」

しかし、アリスはさらに顔を近づけて来て耳元で囁く。

「ね〜え? いいでしょ?」甘い吐息と共に来る悪魔の囁きに抵抗も虚しく理性が崩壊する寸前まで追い込まれてしまった。いや、実際崩壊していたかもしれない。しかし、それでもは耐えることに決めた。決して屈することのないように細心の注意を払いながらアリスの体を引き剥がそうとするが、そのまま抱き着いてくる。

このままでは完全に人生が終わってしまう。どうにかしてこの状況を打破しようと画策するが何も思いつかない。

そして、そのままアリスが口付けをしようとして来たその瞬間、「あれ? 神薙くんとアリスちゃんじゃない。何やってんの?」

外から聞きなれた声が聞こえた。その瞬間にアリスが離れる。声がした方を見るとそこにはレナの姿があった。

「いや、なんでもないよ」と咄嗟に誤魔化すと、レナは怪しげにこちらを見た後で何かを悟ったようにニヤリと笑う。

「アリスちゃんいい? 女の子はやっぱり男の子よりも強い存在でないといけないのよ? 理性を保ち、強く生きることだよ」

自信満々にアリスに対してそう話すレナ。それに対し、アリスは不機嫌そうに頬を膨らませて抗議する。

「そんなことないもん! わたし空より強いもん!」

そんなことはないと否定して見せるが、レナはそれを気にすることなく続ける。

「たしかにそうだね。でも、強いからと言って弱い人をいじめるのは良くないことだと思うんだ。もっと優しく接してあげないとダメだよ」

それを聞いてさらに怒り出すアリスだったが、レナは気にせずに言葉を続ける。そして、レナがアリスに近づくと、頭を撫でながら優しく話しかける。

「それにさ、もし空くんと婚約するならもっと大人にならないとね。だって空くんより強いから婚約するんでしょ? それなら空くんを守ってあげないとダメでしょ?」という発言に対してアリスは顔を真っ赤にしながらも素直に頷いた。

それを見て満足したのか、レナは再び微笑むと、今度はに向かって話しかけてくる。「さて、空くん。アリスちゃんの面倒よろしくね。くれぐれも変な目で見ないこと、いいわね?」まるでの心を見透かしたかのような発言に思わずドキッとしてしまったが、すぐに平静を装って誤魔化す。

「お、おう。任せとけって」そう言って誤魔化して見せたものの、レナには見透かされているような気がしてならなかった。

そんな中、ふと思い出したかのようにレナが声を上げる。「あ、そういえばレナさんって名前なのに日本人じゃなかったんですよね。どこの国出身ですか?」と尋ねるアリスに対し、レナは少し悩んだ後、微笑んで答える。

「確か韓国籍かな? 母親は日本人だけどね」

それを聞いて意外そうに驚くアリスだったが、同時に嬉しそうな表情を浮かべてレナの手を掴んではしゃぎ始めた。

「じゃあ韓国語ペラペラなの!?わたし、韓国語勉強してるんだ! 教えてよ!」というアリスに対してレナは戸惑いつつも頷きながら答える。「簡単な挨拶だけなら教えられるかもしれないけど、私もうまくしゃべれないし難しいと思うよ?」と答えるも引き下がらない様子のアリスに対し、結局レナは根負けし、苦笑しながら頷く。

その後、二人はしばらく日本語で会話を交わしていたようだったが、その様子を見ていたの元にレナがやってくる。そして、レナはの耳元で囁くようにして囁いた。「(もっと優しくしないとアリスちゃんに嫌われるわよ)」と微笑むレナに対し、は小さくため息をついた後、覚悟を決めて話しかけた。

「アリス、早く飯行くぞ。腹空いてるだろ?」

それを聞いて嬉しそうに頷くアリスと共に食堂へと向かっていく二人を見送っていると、不意に後ろから声をかけられる。振り返るとそこにはレナの姿があった。

「じゃあ、私もご馳走しようかな。空くん、一緒にご飯行きましょ」というレナの誘いに、は断る理由もなく了承するのであった。その後、急に高級レストランに行きたいとかほざく二人に仕方なく付き合い、結局は富裕層向けなファミレスに連れていった。

「レディはこういうところが好きなんだよねぇ」と言ってスタイリッシュに入店するレナ。それに対してはしゃぐアリスを見て微笑ましそうに笑っているレオナは対照的な二人の反応だった。

「あのなぁ、こんな庶民的な達が居ていいの? こんな店入るの初めてだし、その、なんだ? 場違いっていうかさぁ」というの愚痴を聞いたレナは笑って答える。「大丈夫よ、これは接待も兼ねてるし、アリスちゃんを喜ばせるのが目的だからね。もちろん、空くんも満足できるように頑張るよ」と話すレナだったが、その言葉にが首を傾げると続けて口を開く。「で、空くんは料理なに食べるの?」という問いに対し、は一瞬迷う様子を見せながらも答えるのだった。

「パスタかな」と恥ずかしそうに答えるに対し、レナはクスクスと笑う。そんな様子を見ていたアリスが羨ましそうに見つめてくるので仕方なく注文することにするが、メニュー表を見て驚愕した。

どれも千円を超える値段なのだ。通常、庶民的なレストランがこの価格帯なのを考えれば決して安すぎるわけではない。達大学生からしてみれば十分高く感じられてしまうわけで、アリスに値段を伝えるのがなんだか心苦しくなってしまう。しかし、目を輝かせているアリスを見ていると何も言えないまま注文をする達だった。

食事中は特に会話もなく、黙々と口に運ぶだけの時間だったわけだ。月の給料の半分近くが溶けてしまう。

まぁ、これはアリスのためでもあるのだが・・・。

そんなことを考えつつもは他の二人の食事風景を眺めていた。レナは慣れた様子で食べており、時折笑顔を綻ばせて感想を口にする姿がとても様になっているのがわかる。流石といったところだろうか?一方アリスの方はフォークの使い方がぎこちなく、パスタを口に運ぶ度に口の中がいっぱいになる様子が目につく。必死に咀嚼しようと口はモゴモゴと動いているし、口の周りにソースやら青のりなどが付着しているのが愛らしいとも感じられるほどだ。レナはそれを見ながら、母親のように見守っている様子である。

そこでは気づいてしまう、の相手はアリスだとばかり思っていたがどうやら違うのだと。慌ててレナに助けを求める視線を送ると察した様子だったが首を横に振りながら口を開いた。

「たぶんだけどさ、アリスちゃんを見てるとメチャクチャ可愛がりたくなるからそうなるんだと思う。みんな虜になってさ」と話しているレナだったが、その答えに納得がいく。確かにアリスは可愛らしく、保護欲をそそられるところがあるなと思たは苦笑いしつつも、今後待ち受ける運命に向かって覚悟を決めるしかなかったのである。食事を終え、会計を終えた達はレナの提案で近くの喫茶店に移動することになったのだが、その際にアリスがこんなことを言っていた。「空さん、あのお店すごく美味しかったですね!!」と目をキラキラと輝かせながら語る姿は無邪気で可愛らしいものだと感じつつも微笑ましく見つめていた。まぁ、どんな高級食材でも口に入れば味の差異はわからないということなのだろうと疑問を感じたがあえて口に出すことはなかった。そして喫茶店に着いた達は四人用のテーブルを囲みながら注文した品が届くまでの間、談笑することとなったわけだがそれはまさに嵐のようにの心を掻き乱していくものであった。主に話を振ってくるのはレナだったが、その内容といえばを徹底的に辱めるようなものばかりだったので聞き流し続けたのは言うまでもないだろう。上司、いや社長のくせにをいじって遊んでいるとしか思えなかった。また、それに巻き込まれる形でアリスはに質問を投げかけてきたりするため非常にやりにくいことこの上なかったわけである。の性格か見た目の問題かは定かではないが、他と比べてはイジられキャラとして認知されてしまっているようで哀れむような目を向けられてしまうのだった。それが悔しくて仕方がなかったわけだが、どうしようもないというのが現実なのである。ただ、一つ救いがあるとすれば上司から酷くいじられることでストレスや疲れが溜まることがなかったということだろう。精神的な部分は休ませてもらっているのだからその分仕事に影響せずに任務をすることだけを考えようと思うことができたのだ。

しばらくすると飲み物が届いたのだが、が頼んだのはコーラということもあってグラスに大量の水滴が滴り落ち、それがなんとも涼しげな雰囲気を作り出していた。そして早速ストローで吸い込んでみると爽やかな炭酸の味が口に広がっていき気分も爽快となったのだ。一口、二口と飲んでいき、乾いた喉を潤すことができている感覚に喜びを感じていると隣のレナが何か言いたげな様子で視線を向けていたことに気づく。恐らくは空さんも何かお話してくださいませんか?という無言のメッセージだと思う。正直気が重かった。むしろどうして上司のがそんなことしなければならないんだという怒りすら感じてしまうのだが、悲しいことに今のの立場は言わばマスコットのようなものである。用無しになったわけではなくてレナのお目付け役として存在していることからアリスよりも立場が上なわけもなく、レナの意見は無下にすることができないのである。は覚悟を決めるしかなかったのである。何を話せば良いかなど分からなかったが、当たり障りのない無難な話をすればよいと思い、口を開くことにした。

「えっ、と、その、レナって最近雰囲気変わった?その、美しくなったっていうか」とりあえず無難な会話を進めることにしただったのだが、それが気に入らなかったらしくレナは不満げな表情を見せつつも答えてくれるようだった。

「あの、空くん?そんな雲を掴むようなお話ではなくてもっとこう、具体的なことをお聞きしたいんですけどぉ?」レナは少し呆れたような表情を見せつつ苛立ったようにそう言ってきたのでも少しムッとしてしまっていたようで口調が強くなっていることに気づき慌てて訂正することにした。「あ、えっとー、最近お顔が輝いて見えてキリッとした表情がよく似合っていると思うんですが。つまりですね、綺麗になったと思います」何を言っているんだろうかと冷静に分析する自分がいる一方で、何か言わなければならないという義務感もあり、混乱しているのである。は間違ったことを言っていないので問題はないはずだが、なぜか申し訳ない気持ちがあったのである。そしての答えにレナはというと満足げな笑みを浮かべていて、それを見るなり少し照れ臭くなってしまったのだ。照れるようなことじゃないはずだが、レナの魅力を再認識したためか調子が狂っているのだ。が落ち着くまで少し時間が掛かったもののなんとか話をできるようになったのだった。「そうか?私はあまり実感が湧かないんだがなぁ」不思議そうに小首を傾げる仕草にドキッとするものの平静を装うことに成功していた。

危ないところだったと思い内心ドキドキしていたことは言うまでもないことだろう。とりあえず誤魔化せたことでホッと胸を撫で下ろした訳だが、まだ気を抜くわけにはいかない。気を緩めた途端にボロが出かねないからだ。だがそんな不安を抱いている時に限って災難はやってくるもので、ではなくレナに訪れたのである。というのもがコーヒーゼリーを食べていた時にレナもグラスを手に取りストローに口をつけようとしていたその瞬間のことだった。グチュッと嫌な音がしたかと思えば時期液体が勢いよく飛び出し、レナの顔を汚したのである。アリスがケチャップの封を開けるのに失敗した結果、偶然にもレナの顔にぶつかったのだから不幸な偶然だろう。まさに不幸中の幸いであったと言えるはずだ。もレナも予想外のことで硬直していたのだが、一番混乱していたのはアリスであるようだった。何が起こったのか理解していないという様子で目を丸くして固まっていたのだが、ようやく状況が飲み込めてきたようで焦り始めた頃にはすでに手遅れである。「アリスちゃん。いつもポテチの袋を開ける時、そうやって勢いよく開けてポテチが飛んじゃうでしょ?ほら、そうやって空気読まないから私の顔にまで飛んじゃったんだからね」レナは厚めの口調で説教するのだが、当の本人であるアリスはまるで他人事のように聞いている。

やはり反省の色は見られないどころかキョトンとした顔で首を傾げるだけだ。そして数秒間静止してから口を開いたかと思うと衝撃的な言葉を放ったのである。「仕方ないよ?開かないんだから、ゆっくり開けられるとでも思い込んでいるの?アホなんじゃない?」まさに堂々と言い切ったのだ。それだけに周囲の空気を凍らすには十分だったと言えるだろう。レナは開いた口が塞がらない様子でアリスの顔を見つめたまま固まっていたし、アリスの言葉を聞いた直後、は頭の中がフリーズしてしまい、思考が停止してしまったような感覚に陥りながら絶句することしかできなかったのである。ただここで黙っていては余計に空気を重い雰囲気にさせてしまうと思ったは話題を変えようと考えに至り、必死になって絞り出した言葉だったのだがレナの注意はこちらにも向いたようである。どうやら気まずい状況になってしまったようだ。当然といえば当然だが、どうやって対処すればいいのか分からないまま言葉を探していただったが、救いの手が差し伸べられるかのようにアリスが動いたのだった。さすがに空気を読んだのかと思った矢先である。「醜い顔だね〜、お嫁さんにいけないから整形でもしたら?」流石にこれはまずいと焦りを覚え、何とかレナをフォローしようとする。

するとここでまたアリスは口を開いて言葉を発したのである。「あ、ごめん。本当は整形したくてもできないのが実情かな?そうだね、友達も男しかいなくてそういう対象にもしてもらえないだろうから一生結婚できないんじゃないかな?」「お、おいアリス。そこまで言わなくてもいいんじゃないかな?」流石にこれはまずいと感じたは慌てて止めに入るようにアリスを宥めようとしたのだが、時すでに遅しという言葉が相応しいほどレナの怒りは頂点に達していたのだろう。今にも泣き出しそうな顔でこちらを睨みつけた。「へぇー、社長に対してそういうこと言うんだ〜、生意気な小娘にお仕置きしちゃおうかな〜」などと言いながら素早い動きでレナに手を伸ばしていたのだ。はこの時、レナを助けようと頭では思ったものの体は硬直してしまい動くことができなかったのである。

だが次の瞬間、二人は拳銃を取り出し、銃口を脳天に向け合い

ながら睨み合いを始めた。もはや気が動転して冷静な判断ができない状態となっているのは誰が見ても分かるくらい異常な光景だったが、それがかえって恐怖を増幅させていくかのようでもあった。だがそんな状況で二人を止める救世主が現れたのだ。「失礼、我はヴェルトロスの支配人の者です」どこからともなく謎の少女が現れたかと思うと、たちの方に歩みを進めてきたのだった。見覚えがあったのは、尊裏緊急会議に堂々と腕を組ながら傍若無人な態度で出席していたヴェルトロスの支配人だったからだ。まさかこの場へ直接やってくるとは思わなかったので驚きを隠せない中、ふと目が合うとまるで射止めるような視線を向けられた気がしたが気のせいかと思い気にはしなかった。「二人は日本人ですか?我はインドから遥々移住しましたが、日本人全員礼儀を弁えていますか?」支配人は腕を組み、大きな胸を張って尊大な態度でこちらを見つめていたのである。何が言いたいのかまるで理解出来なかったが恐らく日本人に対しての不満を語ろうとされているのだろうと思うと気が滅入ってくるなと思っていると突然、レナが拳銃を取り出したのだ。銃口はではなく支配人に向けられており、今にも引鉄を引きそうな状況となっているため慌てて止めようと声を上げようとした直後、「忘れました?何しにアビリティーインデックス2位を呼んだのか?」いつの間にか現れた支配者はレナの拳銃を手で握り止めつつ、睨みつけていた。するとレナは一瞬驚いたような表情を見せた。「そ、そういえば空くんから提案されてた。思い出したよ」少し引き攣った表情を浮かべながら答えたレナに支配人は満面の笑みを見せて頷いて見せていた。正直何が起こっているのかがには理解し難かったのだが、支配人が仲裁に入ってくれたのだろうとは思っていた。だがどうやらそうでは無かったらしい。その直後、支配人は何か思い出したかのように喋り始めたのだ。

「そういえば自己紹介がまだでしたね、我はムラトと申します。皆からは支配人と呼ばれております」そこまで言うと支配人は姿勢を正し深々と頭を下げたのだが、その姿をみたアリスは小さく舌打ちして歯痒そうな表情を浮かべており、レオナは面倒くさそうに頭を掻きながら横目で見つめていただけだった。そんな中、自分だけは何も言わず成り行きを見守っていただけで誰も口を開こうとしなかったため話が全く進まない状況を支配人が察したのか少し笑みを浮かべていた。「依頼の人物は誰ですか?もういらっしゃるのでしょ」支配人は微笑みを浮かべながら首を傾げると、は弱々しく手を上げた。すると支配人は一瞬だけ目を見開いたかと思えばの胸元に向かって腕を伸ばしてきた。その瞬間、はもう駄目だと思った。殺される覚悟までしたくらいだから、は素直に死を受け入れることにした。その時、指を指しながら顔を傾けた。「依頼は?命令してくれないと解りかねませんな?」すると支配人は再び首を傾げてみせたがは首を横に振ることしか出来なかった。何故ならまだ何も考えていなかったからだ。「そうですか、態々日本に戻って来た意味がない。完全な無駄足でしたな」そう言うと支配人はがっかりした様子を見せていたが、は何故か違和感を覚えた。すると支配人は再び笑みを浮かべ口を開いたのだ。

「そなたが命令するまで我が代わりとして指令を出しましょう。先ず手始めにこの二人に一礼させましょうかね」支配人はそう言いながらアリスとレオナを指さした。すると二人は顔を見合わて息を合わせてから頭を深々く下げた。「えっ!?」

「何が!?」

二人同時に顔を上げると困惑している様子だったのでも驚いてしまった。すると支配人は不敵な笑みを浮かべながら続けたのだ。「頭を下げろと命じたはずですが?」支配人の言葉を聞くと二人は素直に再び頭を下げると少し顔色が悪いように見えたのは気のせいだろうか。支配人は再び笑みを浮かべると満足そうに頷いていた。

「それではご主人、命令するまでご同行します」そう言い放つと支配人はの隣に立って歩こうとしてきたがは困惑しつつも立ち上がり店の入り口に向かって歩き出した。の後を支配人、ムラトたちが着いていく形となったので移動手段は徒歩しかなく非常に苦労したものだ。暫く東京都南区輝山という高級住宅が並び建ち並ぶ道を歩き続けた。日本の道路とは思えない広さだった。この辺り一帯はセレブリティたちが住まう大金持ちの家が並ぶ一画らしく、一般庶民は近づくことすら許されないらしい噂。ムラトたち三人組はこういった土地に慣れているようで、躊躇なく足を踏み入れていく姿は流石だと思ったものだ。その先に歩けば大和動物園があったり、大和国際空港が見えたりし始め、さらに進んでいけば歪な高層ビル立ち並ぶ都市が見えるようになる大和ならではだろうか。達のいる所は渋谷や原宿といった場所より更に奥深くにあり、大豪邸が建ち並ぶところだから少し遠回りして住宅街を通り抜けて大通りを進むことにしたのだ。歩道橋を渡る時は人通りが多く危なかったこともあり、最近は武闘派集団ヘゲモニーという名古屋に拠点を置く核派がノヴァシティと東京都に潜入している噂があると元警視庁対策課の人が教えてくれた。武闘派というのは武器を密造し、所持している集団のことで世界の各地で目撃されているとのことだ。何故そのような連中がノヴァシティにいるのか不思議に思ったものだ。だが、その理由は簡単で、まず東京都の都心部には武闘派が幅を利かせているらしい。理由としては武闘派の活動拠点が主に東京都にあるためだそうだ。何故拠点を構えるのに都合がいいかというと、世界中の各都市に支部があるかららしい。その支部と武器等のブツを密輸取引し、その大金で武器の部品を買って武装準備をするのだという。武闘派が大金で荒稼ぎするのは東京が一番で、他の大都市には支部という形だけの本部が置かれているらしい。これは名古屋も例外ではないらしく、名古屋の拠点も密かに作られているらしいが殆ど情報が出回らないとのことだ。その一例に武闘派は補給完了すると武装準備を整い、名古屋市東を占領、名古屋へと進行するための準備として複数の支部を武力で制圧しているとのことだ。もちろん死者数35人、負傷者280人超という大損害を被ったらしいが、都市側は死者0名、負傷者20人程度だったという。その差は歴然だった。やはり武闘派はテロ組織かそれ以上の戦力を保有していると考えるべきだろうと元警視庁の人の証言だった。現在ノヴァシティと東京都に警視庁4200名とSWATが150名が投入されているらしく、何とか押し留められている現状だとのことだった。既に各区では多数の死者が出ているらしいが、海外でもテロや紛争等で死傷する一般人は多くいるためあまり問題視されていないという。しかし、此処日本国での死傷者は異例で、何が起きてる状態というと市民が団結して押し留めているという状態らしい。そのせいか、武器を持たずに自衛している一般市民が多く見受けられ、結果名古屋では死者数と負傷者という大損害を出してしまったようだ。また、名古屋本部は武闘派の情報統制による攻撃により多くの損害を受けたという。これを知った警視庁、愛知県警等は準備のため武闘派集団のリーダーと思わしき人物を調査中だというが、未だに特定出来ていないという。その為に武闘派は勢力を拡大している最中で、いずれ東京まで進行するのではと考えているようだ。なお、東京では一部の武闘派を逮捕、無力化に成功したらしく、これで愛知県への派遣も強化されたという。だが、今まで以上に厳しい戦いになることは間違い無いようだ。それに名古屋市の北と中心部で人口密度に差があり、そこに武闘派が拠点を構える可能性が高いのではとのことだった。等環境省から設立された部隊は異生物を主に駆逐するが、その戦闘スキルの高さによって警視庁から犯罪対策部隊として一つの任務を与えられた。それは犯罪対策だ。前者と後者を受け持ち、前者は異生物の駆逐、後者は主に暴力団やマフィア等の犯罪組織に対処するらしい。異生物の駆除は民間人への被害を極力抑えるように、そして暴力団等に対しては警察庁管轄となった場合のみ武力行使が認められたという。また、異生物の駆除に関しては日本とアメリカ、カナダなどの各部隊で対応しているが、日本国内は東京が最も深刻化しており、他の地域は他国での対応に迫られているという。そのため日本国内の異生物対処には防衛省が責任を持って対処することになったようだ。もちろん数と戦闘力では異生物側が圧倒的に上で、特に昆虫型、蜘蛛型、蛇型の戦闘能力は人間を軽く凌駕しているという。なので等もそれ相応に武装する必要がある。そして、等の使用武器は拳銃の類いらしい。つまり警察等が使用するモノだ。なので自衛隊や国防軍、州軍等からの武器提供は一切無いようだ。これは犯罪対策のための組織だかららしいが、異生物の駆除は警察、自衛隊、そして特殊部隊が担当することになっており、それらが使用する武器に関しては非開示となるらしい。一応各銃器を何処の国の軍隊で何年から何年前に使用されていたものなのかだけは教えてくれるようだが、それ以外のスペック等は明かされないという。まぁ、当然といえば当然だな。拳銃は簡単に製造できるが、小銃や機関銃等は製造が難しいからな。自衛隊などはノウハウが無いわけだから仕方ないだろう。さて、東郷機関の隊長として異生物の駆除任務を遂行しつつ、武闘派集団のリーダーを捜査しないといかん。

「あ!空見て!でかい塔台!あれって東京スカイツリー!?」

アリスがはしゃぐように言うので、は見上げてみると確かに東京タワーがあった。だが、かなり崩壊しており、遠目から見ても完全に折れてしまっているのが分かる程だ。

「違うよ。あれは大和スカイタワーだよ。高さと外装も東京スカイツリーと同じだけど最新技術を使ったハイテク高層ビルだよ」と言って、はアリスの頭を優しく撫でてやる。するとアリスはとても嬉しそうに目を細めていた。はそんなアリスの様子を見て、更に頭を撫でてあげることにした。

「んじゃアリスちゃん、大和スカイタワーに行きましょうか!」

レナさんの言葉で皆が大和スカイタワーに向かうことになった。しかし、ここでアリスは一つの疑問が顔に出ていた。「あのー、この大和スカイタワーっていつできたの?私の

記憶が正しければここにはなかったような気がするけど?」

そう、アリスはここに来るの初めてのため、この周辺の地理に詳しいわけではないのだ。するとレナさんがアリスに対して優しい口調で説明を始めた。

「大和スカイタワーは2030年から計画をスタートし、2033年半ばに完成したのよ。高さは634mで東京スカイツリーと同じ高さのビルよ。ちなみに地上65階建てで地下3階まであるわ」

それを聞いてもアリスはまだ納得していない様子だったが、それでも理解はしたようだった。こうしてたちは大和スカイタワーに向かって歩き始めた。入り口に入る前に、未来を感じる立体物を見た。ビルには全ての壁面に多数の巨大なモニターが設置されており、人通りが一切ない都市の景色を映す映像を放映し続けていたのだ。その映像は絶景といって差し支えがないが、は特に心を動かされなかった。ただ単に美しい光景として認識できるだけである。そんなの態度を見てか、レナさんは笑いながら話しかけてきた。

「神薙くんムスッと顔してるね。せっかく来たんだから楽しんでいこうよ~」

その言葉通りはこの景色を楽しむことはせずに、ただ目的地に向かって歩き出すだけだった。しかし、そんなのことをみんな気にしていないようである。どうやらレナさん以外はこういう風景を楽しんでいるらしい。そう思いながら歩いていると入り口の内装が見えてきた。入り口は6つのエレベーターのような装置になっていた。そのシステムはとても最先端な感じが伝わってきて、科学技術の進歩を実感する。そしてたちはエレベーターに乗ると地上300mまで一気に昇ることができた。エレベーターの内装も非常に洗練されており、高所恐怖症禁止をするような硝子張りで透き通るように作られていて外が見えるようになっている。まさに360度の絶景が目の前に広がっている。が初めて見る景色に感動していると、他の皆も同じような表情をしていた。上がる間、スピーカー越しから30代女性のアナウンスが流れた。その女性の声は優しく包み込まれるような感覚になり、心を癒してくれるような話し方だった。しかもその声はどこかで聞いたことのある声だった。なぜかは分からないけどそんな気がしたのだ。そう考えているうちにエレベーターの扉が開き、たちは外に出た。地上300mの地点まで上がってきたためか、少し肌寒く感じた。それと同時に空気も薄くなっていたためか息苦しくもあった。しかし、それもすぐに解消されたので心配する必要はなかった。むしろ心地よい風を受けることができるため快適であるといえるだろう。

「凄い!あの建物凄い!」

アリスが興奮しながら指差す先には巨大な建物があった。それは高層ビルのような建物で、地上からでも見上げることができるほどの大きさを誇っていた。まるでこの街を象徴するかのような存在であった。

それはまさにこの都市のシンボルといっても過言ではないほどである

。その存在感は圧倒的で見るもの全てを圧倒するものがあった。

「あれはモストホテル321で、有名ホテルの一つ。私も一度宿泊したことあるんだ。内装も豪華だし、サービスも良いよ」と言うとレナさんはアリスを連れてホテルに入っていった。中に入ると外見と同じくとても広々としたロビーが広がっていた。高級感が漂う落ち着いた雰囲気が漂っており、とても優雅な気分になることができた。

「ここの最上階にレストランがあって、夜景が見れるから夜景で楽しむのもありですよ。とにかく食事だけでもおすすめなんです」レナさんが言う通り、確かにこのレストランで食事をしたくなったが今回は展望台を見に来たのであって決して飯を食べにきたのではないはずだ。「お風呂も入れるの!?凄い!」とアリスは目を輝かせている。とても元気な様子で微笑ましいのだが、発言が完全に幼女である。決して中身も小学生ではないはずなんだが、どうしても幼女扱いしてしまう。ここは仕方ないことだと割り切るしかないのかもしれない。しかし、この景色はそれすらも忘れさせるほどの美しさだった。現在は曇りで、霧が街を覆うように漂っていた。まるで幻想的な風景を見ているかのようだ。これなら展望台から眺めたほうが良いかもしれないと感じるほどに美しい景色が目の前に広がっていた。やはり展望台で見るのが一番だろうと判断した達は早速そこへ向かった。そこにはチケットブースがあり、1枚500円とお手頃価格。チケットを入手すべく受付のお姉さんに話しかける。すると、親切に対応してくれたので感謝を伝えつつ500円を払う。

『それでは、美しい景色へいってらっしゃいませ』

と笑顔で送り出してくれたので、早速エレベーターに乗って展望台に向かう。そして展望デッキに到着すると一気に視界が開ける。その先には絶景が広がっており、は言葉を失った。初めてこんな景色を見るのだから無理もなかった。アリスやレナさんも同じように感動している様子で目を輝かせていた。霧が出ているせいであまり遠くまでは見えないが、それでも十分すぎるほどに美しい景色だった。特に街の中心にあるセントラルタワーの上部からは市内を一望できるため、その迫力には圧倒された。展望台から見る景色を堪能した後は、お土産屋やカフェなどもあるのでそこで休憩することにした。アリスとレナはそれぞれ買い物をしており、大和の名物NEOTOKYOと書かれた都市圏のストラップを2つ買っていた。確かにノヴァシティと言えば都市圏だが、なぜそれを2つ買ったのか分からなかった。きっと片方は自分で使ってもう1つはプレゼント用だろうなと思って追及しなかったが。一方では目ぼしいものを三つ見つけた。太刀魚の縫いぐるみやフェリーのストラップと東京バナナもあったのでその三つで、記念に購入をしたいが太刀魚はなんと8500円という値段設定なので買うのは躊躇ってしまい、結局買うのを控えた。物価高だから仕方ないが、これを買える人はどれだけ稼いでいるんだろうと疑問になりながらも、東京バナナは3500円とフェリーのストラップは5200円であり、そこまで高額でなかったので東京らしいと感じたこともあった。いや、東京のほうがまだ安いのか?そういえば昔はフェリーも1日1200円程度で乗れたらしいし、もしかしたら8500円の太刀魚を買うよりも100倍くらいは価値があるのかもしれないな。だとしたら結構お買い得だったかもしれない。

「神薙くんは何か買わないの?せっかく来たんだから買っていった方が良いと思うよ」

そう声をかけられたものの、もう特に欲しいものはなかった。でもこのままだとレナに何を言われるか分からないから悩んだ末にストラップを買うことに決めた。値段はフェリーが4000円、太刀魚は3500円のちょっと安い東京アクアラインという1200円のストラップだけ買っておこうと思い、列に並んでお会計をすることにした。意外と安いと思っていただったが、会計の時もっと安いお土産店があるんじゃないかということでもう一度調べてみるとなんと20倍以上もするまさかの500円もする安売りのお店があったのだった。前にテレビで東京が予算不足で人が減った結果、物価が高騰し人件費を安く抑えることが出来たことで地域の会社が軒並み繁盛し、近くに大型店舗を出した結果その価格がさらに跳ね上がったということを見たことがあったが、まさかそれと同じような事態が起きているということなのか?なぜこのタイミングでここに出張してきたのだろうか?店の性質上ここから遠く離れた地域から東京ブランドとしての商品を仕入れていることが考えられるが、それにしても近すぎだろう。そんなことを思い悩んでいるとアリスが不機嫌そうに唇を尖らせてきた。「ちょっと空ってば、会計の前で立ち止まってどうするの!?早くお土産も買って行こうよ!」

「ごめんごめん。少しだけ気になることがあって」そう言って財布を取り出して100円札二枚、店員さんに返した後、お土産選びに戻ることにした。結局選ばれたお土産はストラップにして、1200円と地味に高い買い物になってしまった。「それで依頼者。ご命令は?ずっと立ち往生してしまうと我が迷惑かけられます」腕を組む命令されたいお嬢様がさっきからずっと鬱陶しくてしょうがない。でも依頼したのは事実だし、ここで見放したらきっとあとでレナに殺されてしまうかもしれないので我慢したいところだが、もう今日だけで30回以上は舌打ちをしていると思う。

「あーそうだな、じゃあ君の好きなようにしてくれ」正直帰るまですることもないしアリスとあれこれ喋っているだけでも十分なのであるが、とにかく一時間ほどそんな状態が続くとだんだんとイライラが溜まってきたのだ。「かしこまりました。では、あの不快な二人を懲らしめてきます」「ちょっと待てー、もしかしてアリスとレナのこと言ってるよね?冗談だけはやめてくれ」「いいえ、冗談なわけありません。正式な『ブラックジョーク』です」「お前ブラックジョークを今まで本気でやろうと思い込んでたのかよ。てか正式なってなんだよ」あーもうだめだ、またため息が止まらなくなってきた。めんどくさすぎるぞこれ、なんか打開策を考えないとマジでイライラしすぎで死んじゃうんじゃないだろうか。そんな中アリスがあることを思いついたと言わんばかりにポンと手を叩いたかと思うと衝撃的な発言を始めたのである。

「では、あの人達を生『きる』方法を実践すればいいのですね」おーうまいうまい、この狂気が生んだ非凡で天才的な思考にはしっかり学ばなければいけない部分があるのではないかと思います。生きる方法とは笑わせてくれるジョークだと思う。「そうかそうか、ってなわけないだろ。どんだけ二人を抹殺したいんだよ」「いえ、私は冗談で言ったつもりはありませんが」「待て待て、どっちみちあの二人は抹殺するって判断でいいか?だとしたらお前気が短いにもほどがあるだろう」若干心が折れながらもなんとか再起動させていくとムラトは膨れっ面になって反論を始めたのだ。「もしかして子供扱いしてます?一体私の何処を見たらそう判断できるのでしょう。甚だ疑問に思えますが」頰が餅のように膨らんでいき、つまらなそうな表情になっていくと何だかすごく子供っぽさが増していって可愛らしい。の中でムラトの評価がさらに下がってしまったのはここだけの話だ。



帰りは受付のお姉さんに見送られ、地上の外の景色は建物に囲まれて少し重苦しいけど慣れるまでの時間はそう長くはなかった。

強いて言えばこのノヴァシティーがこの身体の感覚、環境に慣れてるから、他の場所に行くと違和感があるかもしれない。

そしてこの大和という都市がどれだけ大きく、そしてどれだけの人が住んでいるかということを思い知った。それは想像していたよりも遙かに広く、更に人が多い。GDPはまだ東京が上だが、今後あと5年したら追い越されてしまうかもしれないな。そんなことを思いながら、2人と共に他愛ない話をしながら歩き続けたのだった。

「空くん、そういえばあの車椅子の子も一緒に連れて行かなかったの?あの子すごく可愛かったし、一緒に連れて歩けばデートっぽくて楽しめたかもしれないのに」

唐突にレナがそんな質問をしてきたけど、確かにレナの意見には一理あるなと思ったので正直に伝えた。

「ちょっとお留守っていうか、家に置いていった」

そう答えるとレナがあっ!っと何かを理解した表情を見せた後で、不審なものを見る目をしてきた。「また空くん虐待したの!?可哀想で可哀想で見てられないわ」そう言ってジト目を向けてくるレナに対して言い訳する様に返す。「違う違う!?虐待とかじゃないから!?はただ、いつまでも出不精で引きこもってばっかだと体に良くないだろうし、社会科見学みたいな感じでこの環境を肌で感じて欲しくて誘っただけで決して虐待してるわけじゃないから!」

「それ犯人が言う言葉ですけどー?」ジト目のままわざとらしく間延びした語尾で言ってくるレナに反論しようとするが、どう言っていいか分からず困っているとレオナがの肩に手を置きながら優しい口調で、「まぁ、気にしないでね。今回は仕事評価だけ下げておいてあげるから大丈夫だよ」

そう言ってニッコリと微笑みかけてきたので、は微笑みながらその言葉に甘えておくフリにした。

実際は土下座したいくらい勘違いが加速し続けてヤバい状態になってるんだけど、今はレナもいるしここは我慢することにした。

結局仕事の評価下げられたので多分同僚と上司とかに信頼されにくくなったっぽいけど、まぁ何とかなるかなって感じで受け流すことにした。

でも、レナはそんな考えを見透かすようにジト目になってこっちを見てくるから、思わず苦笑いして誤魔化した。

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