本の能力

空はその頃ソラに釣られ分厚い本を読むが、読めるはずも無い。

細胞のページと星の天体のページなど生物学と天文学などが書かれたページが主だった。

ソラはよく古代の言語や漢字が読めたなと感心しながら、興味本位で開いてみる。

そこには、確かにベータ144の生態や特性など書かれていた。

だが、文字は古過ぎて全く読めないし絵も今とは違ってかなり分かりにくいものだった。

「最近何か浮かない顔ですね。何か考え事があるみたいですが、良かったら私に教えてください」

空の顔が暗いと心配するユキに、空は一言漏らす。

「うん、まぁ、大丈夫」と誤魔化すように言うが、ソラは勝手に話しを喋り始める。

「そんなこともあります! 人間が不安なときはその不安を解決すればOKですよ!」

そう言いながら、ニヤニヤしながらソラに近づく。

「何で俺がそう見えて不安だと思った? 別にそういうんじゃないよ」

ソラはそれを聞くと、「分かりますとも、毎日同じような生活を送って退屈なんでしょ!」などと見当違いなことを言ってくるので堪忍袋の緒が切れそうな瞬間、ソラが興奮しながら顔を近付いてきた。

「どうせ夜も眠れずに悩んでいるんでしょ? 私に話してみませんか? 哲学や精神学についても多少知識がありますので、良いアドバイスができると思いますよ!」ソラがそんなことを言うと、期待しているような表情をしていた。しかし、空は即答する。

「別にそういう心配とかない」

否定をしたせいで、逆にソラの心を心配することになる。

「もしかして学校のお金払えないから私に相談しようとしてますか? もしそうなら心配無用です、私も学生でお金無いですから!」

「いや、金のことはどうにでもなるけどそういうのじゃ無いし」

空が真面目に否定する。

「では、一体なんなのでしょうか?」

ソラが質問してくるので空は返答する。

「ゲノムについて、本で見たけど、それには、ベータと144に別けられているけど、それは、どのように区別してるの?」

ソラが空の問いについて少し考え込んで答える。

その時空は一瞬だが、ゲノムに関して聞いたことがあり、それはβタイプのDNAを基にして作られたものらしいのだが、どうもその意味が理解できないので聞いてみることにしたのである。

そんな空の疑問に対してユキが説明をする。

「ベータタイプとは従来の人間のDNAをベースに再構成されたものです。このタイプの特徴は、従来のDNAと異なる部分が多く、これらが影響して様々な能力や機能を持っています。例えば、耐熱性が高かったり、反射速度が速かったりと優れた性能を持つ場合があります。一方ゲノムタイプとは、さらに優れたベータタイプと人間をより融合したものです。ゲノムタイプは従来のDNAをベースにしながらも、人間の身体的特徴や行動、さらには様々な文化的背景も加味して再構成されたものです。これらは旧来の人間的な構造を持ちながらも新しい機能を持っているため、状況に応じて応用できる可能性があります」とソラに説明をする。

空が興味深そうに聞いていたので、話を続ける。

「また、何故、10歳を未満を対象とするのかと言うと、愛想や好奇心、反応力、記憶力、処理速度などが大人より優れているためです。そして、さらに凄いところとしては、成長率が人間より著しく高いので、1ヶ月で肉体が変化します。例えば、体の成長は5歳までに完了し、そこから10歳頃まで成長し続けます」と説明する。

それを聞いた空は納得すると同時に興味深そうに聞くのだった。

しかし、一通り説明を受けた後でも自分の力で理解するのは難しいと感じてそれ以上は何も聞かなかったのであった。

その代わりに、空は疑問に思ったことを質問してみる。「じゃあ、あの子供達は殆どゲノムタイプとベータタイプを融合した感じ? 君もそうなのか?ゲノムの応用で何かやってるのか?」と空は、これまでに見たことのある人物たちの特徴と記憶を頼りに質問をする。

それを聞いて、ソラは返答する。

「えっと、そうですね。私の場合はほとんどβタイプですかねー」と答えたので、空はさらに突っ込んで聞くことにした。

「それじゃエレメントホルダーを持ってるなら何故使わないんだ? それを使えばいいじゃないか?」と疑問を投げかける。

それを聞いたソラは、少し困ったような顔をして答える。

「実は、私の身体の成長がまだ2歳程度なので、まだエレメントが使えないんですよ」と申し訳なさそうに話す。空は、それを聞いて、なるほどと思うと同時に、何か手伝えることがあるかもしれないと考える。しかし、その前にソラが口を開く。

「あっ、でも言語力だけは、成長しているみたいですよ! 難しい言葉とかも言えますから!」と嬉しそうに話す。

空が、その言葉を聞き、なるほどっと納得する。だからあんなに複雑な文字の羅列本を読んでいたのかと理解する。

しかし、それと同時にある疑問が湧いてきた。それを聞いてみることにする。

「確かに言語力も高いみたいだね。 でも、なんで身体の成長が遅いと分かったの?」と質問する。

すると、ソラは悲しそうに話す。

「分かりません。ですが、一つ心当たりがあるなら、よく何もない場所でコケるんですよ。特に草原みたいな場所に行くとコケやすくて」と言う。

それを聞いて、空は、なるほどっと納得してしまうのであった。

身体的な発達が遅い原因は、その行動にあるのではと推測する。

通常は0歳からだと歩ける方法を教えて、歩けるようになるとすぐに走る練習が始まる。

でもまだ骨とその脳が発達していないために、うまく歩けなくて、よくコケるのだ。

動物も同じで、最初の方、歩くとすぐにコケてしまう。最初は、早く歩こうとしてもうまく動けないので、周りを焦らせると不安がってさらにコケるケースもある。

それに成長期に無理に運動させると骨の関節を痛めるのでよくない。

まぁ、そうなった場合はリハビリすれば治ると思うが、成体ではまだ難しいだろう。

そして両親のサポートにより、歩くという基礎を叩き込まれる。

そして脳がそれを夢中にさせるよう設定し、自分の足で地面を蹴り始める。

これが、初めての歩行になるので感覚はシンプルなまま進むと思う。

その段階に入ると次は走るために、体を動かしてバランス感覚を鍛える。そして徐々に走るという動作を覚えていく。

でもこのように早く歩けないのは筋肉や脳に成長の余地がまだあるからであり、焦らずにじっくりと成長を待つことでその構造も大きくなり脳も発達すると考えられるのだ。

走りやすさと怪我しない方法など、両親の理解と愛情が必要であり、これは親の責任でもある。

そして平均1歳半したら走れる程度で、最初は少しずつ地面を蹴って進む。

そこから徐々に走れる距離を延ばしていき、最終的には走りながらジャンプしたりして遊べるようになる。しかし、ソラがよくコケる原因は、成長のスピードが遅いからだ。

走るには筋肉と体力が必要であり、歩けるだけでは意味がない。走るとバランス感覚が鍛えられ、自分の足で地面を蹴ることが上手になるため、足腰も強くなる。また、走ることで脳が発達する。

その過程でこけたりするのはしょうがない。成長段階に入ったのだから当たり前である。それが1歳半と同じようにソラも少しだけ遅いだけだと推測する。

そんな感じで、この世界においてソラは成長が他の少女よりも遅れているのだ。

しかし、この身体の年齢ではまだ今はこれでいいのかもしれない。身体はまだまだ出来上がっていないし、筋肉や骨格などの身体的なバランスはまだ出来上がっていない状態だからだろう。

つまり、もう少しの成長を待たないと本当の実力は発揮できないということである。

ソラも歩けて走れたらあとはコケない努力だけでいいので、今回のようなことがあっても見捨てるべきではない。

逆に彼女は早く成長しなければならないのだ。

1歳半で歩けるようになるのは早くても6歳で、しかも通常の人間の2倍は動けないといけない。

人間の不可能に近い5mをジャンプするとなると12歳まで時間が掛かる。

しかし、ゲノム少女ならこのくらいのことはできるのかもしれない。

格闘や暗殺など、戦闘系の能力を身に付けるのなら2歳とか3歳くらいは最低でもできるかもしれない。

それならばこの成長の速さも納得ができるし、そもそもゲノム少女は人間ではないのでもはや人外の存在として戦うことができるのだ。

つまり、彼女ならばもっと成長するはずである。

身体が20であっても、筋肉や骨の成長の速度は個人差がとても大きく、重量挙げの選手並みに成長したとしてもまだまだ成長の余地があるのかもしれないのだ。次に出てくる敵もその力を発揮し、対峙しなくてはならない。

だが20歳を超えると寿命を有さず長く生き続けるゲノム少女もいるが、その身体によって生きる年数が増えていくなら10歳で1年くらいだと推測すると人間の寿命でいうと100歳を越してしまう。

これは流石に無理があり、成長して身体が大きくなっても20歳程度の見た目でストップしてしまうかもしれない。だがそれでも彼女がまだ強くなる余地が充分にありそうなのは感じられるのである。

実際にソラの脳の成長スピードは年齢相応の成長をしているとは思えない。

もしかしたら、まだ更に強くなるかもしれない。ゲノム少女として生まれてきたソラは今後どのような成長を遂げていくのだろうか? そんなことを考えながらも、肘をついて本をめくっていたソラは、やがて静かに寝息を立て始めた。

そんなソラの穏やかな寝顔を、眺める程自然と口角が上がり、そしてソラの頭をそっと撫でた。

頭を撫でる時間が癒やしだが、ソラが一人で生活をしてると思うと寂しい気持ちが湧き上がってくる。絶対にソラを一人にさせないようにしようと心に誓った。

 そう思いながら、ソラを起こさないように、そっと毛布を掛けてあげたのだった。

次の日は快晴だった。窓から差し込む太陽の光が暖かく、とても心地よかった。だがまだ朝早いので、二人は寝ていたが、ソラが起きると、つられて俺も起きた。それから顔を洗い、歯を磨き朝食を食べた後、出かける準備をした。

玄関から外に出ると、雲一つない青空が広がっていた。心地よい風が肌を撫で、思わず深呼吸したくなるほどだった。そんな清々しい空気を味わいながら、朝の体操を太陽に向かって両手を上げて大きく背伸びをした。ソラも真似して、同じように体を伸ばしていた。

元々訓練生のときは体の柔軟性も重要視されていたので、意外と体は柔らかいほうかもしれない。

最近は体が訛ってきて思うように

今日もソラと一緒に、街を歩くことにした。しかし昨日と違って、今日はなんだかソラの元気がないように見える。

どうしたのかと尋ねると、どうやら少し寝不足らしい。昨日の夜は本を読みながら寝落ちしてしまったようで、気づいたら朝になっていたようだ。

ソラが読んでいる本のジャンルが気になったので聞いて見ると、歴史や文化に関する本ばかり読んでいたそうだ。

しかも最近、夜遅くまで勉強しているのも知っていたので、疲れているのかもしれない。

今日の仕事の予定を変更して、とりあえず、ソラが興味を持ちそうなところを探して、街を歩くことにした。

給料日前なので、あまりお金に余裕はないが、それでもソラに何かプレゼントをしてあげたかった。

ただ、焼きそば抜き生活だけは避けたいので、なるべく安いものを購入してほしいかな。

月収はせいぜい三万円、焼きそばと経費で2万円、残りは小遣い制なので、あまり贅沢はできない。

とはいえ、ソラに安いプレゼントを買えば、なんとかお小遣いで賄えるかもしれない。それに、ソラは自分に対して遠慮しているところがあるので、プレゼントをすれば喜んでくれるだろう。とりあえずソラの様子を見ながら、どこか良さそうな店を探すことにした。

しばらくして、ソラが興味を持ちそうな本屋を見つけた。そこでは様々なジャンルの本を取り扱っており、絵本や小説から漫画まで幅広く揃っていた。

図書館よりかは狭いが、それでも十分な品揃えであり、芥川賞や直木賞などの文学賞を受賞した作品も置いてあるようだ。

隣には人気作家のコーナーもあり、最近流行っているアニメやラノベ本も置いてあった。空はアニメの本を手に取り、表紙の表と裏を眺めても、関心ないようだ。

「転生系か……程どが独占状態。まさしく唯我独尊だな」

空は転生系を一通り読み終わると、本棚に戻して次の本を手に取った。

しかし、それも途中で飽きてしまったのか、本を戻した。どうやらこの本屋にはソラの興味を引くような本はなさそうだ。最近の流行りのアニメと転生系が置いてあるだけだった。ソラはアニメやラノベなどのオタク文化には興味がなく、本屋を物色する気はないようだ。仕方なく、別の店を探すことにした。


 

その後、ソラは色々な店を回ってみたが、結局どの店もソラの関心を引くものはなかったようだ。もう日が暮れて夜になろうとしていたので、そろそろ帰ろうかと思っていると、ソラが急に足を止めた。

どうやらある店の前で立ち止まっているようだ。そこは古本屋のようで、棚には古い本やポスター、レコードなどが所狭しと並んでいた。

店主は無愛想で客を寄せ付けない雰囲気だったが、ソラはその店に興味を持ったようで、じっくり眺めていた。どうやらソラの目には、何か気になるものがあったようだ。

それは一冊の小説だった。タイトルは書かれていないが、表紙には制服を着た少女のイラストが描かれている。

空は小説を手に取って、中を開いてみるとページは装飾などが施されて見た目は明るく、内容は元気で楽しい少女4人の学校生活を綴った物語だった。

「へぇー、生徒の雰囲気も良さそうだし、青春って感じだね」

ソラがそう言っていると、後ろから店員が現れて声をかけられた。

「お兄さん、その本を気に入るなんて、なかなか目が鋭いね。誰もその本を話題にしないから、びっくりだよ」店員は愛想良く笑いかけてきたが、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。

確かにこの本屋は全然人の気配を感じなかったが、もしかして誰も店の商品を買わないのか?そう聞くと、店員は首を振った。

「いやいや、むしろ逆だよ。他の店よりかはずっと繁盛してるし、売り上げもそこそこいいほうさ。もちろんその本も、売り上げは一番良かったよ。でも、誰もその本に目を向けなかった。みんな、本の存在すら知らないだろうね」

そう言って店員は意味深な笑みを浮かべた。確かにその小説の帯には、ベストセラー作品という表記があるが、肝心の本のタイトルは書かれていない。

つまりこの店では、この小説だけが売れ残っていたようだ。それにしてもどうして、誰も話題にしなかったのだろうか?もしかして、この小説に出てくる少女達は実在しないとか?そんな疑問を抱いていると、店員はその本をを指差した。

「この小説を買うのかい? 特別に半額で売ってあげるよ」店員はそう言って、その本を差し出した。税込みが1300円から半額で55円、つまりかなり値引きしてくれるようだ。

だが、空はこの小説にはそれほど興味はない。値段が安いので買うことにはしたのだが、どうしようか迷った末ソラに渡した。

すると、ソラは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。どうやらソラもこの小説に興味を持ったようだ。

その後、ソラはその小説を大切そうに抱えて、レジに向かった。

店員は会計を済ませると、その本をソラに手渡した。ソラはその本を受け取って、カバンの中にしまった。帰り道、ソラは嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いていた。

空はそんなソラの姿を見つめながら、今日の事を思い返した。

最初はあまり反応がなかった本屋も、偶然見つけたあの小説によって盛り上がったし、ある程度期待通りの結果だったと言えるだろう。

それにしても、あの小説のタイトルは一体何だったのだろうか?結局、最後まで名前が分からなかった。

そんなことを考えながら歩いていると、真っ暗の曇り空から雪が降ってきた。そういえば天気予報で今夜は雪が降ると言っていたことを、空は思い出した。

そして、ソラが寒そうに体を震わせているのが見えたので、空は自分の上着を脱いでソラに渡した。ソラは嬉しそうに礼を言い、すぐに羽織った。

冷たい空気にさらされていたソラの体が、少し温まったような気がした。ソラの吐息が白い煙となって、夜の闇へと溶け込んでいく。

手を擦り合わせながら歩くソラは、どことなく嬉しそうだ。ただ寒いだけなのかもしれないが、おそらくそれだけではないのかもしれない。

暫く歩くと、街に一つの牛丼屋が目に付いた。もうすっかり日も暮れているので、外には数人しか客がいないようだ。

何か温かい牛丼で体を温めたいので、二人は牛丼屋に入った。

カウンター席に並んで座ると、ソラはメニュー表を開いて何を注文するか悩み始めた。

財布の中身は400円で、空は水を飲んでメニュー表を見なかった。

ソラはしばらくメニューとにらめっこしていたが、結局一番安い牛丼を注文することにしたようだ。店員を呼び出して注文すると、店員は無愛想な態度で応えた。

やがて出てきた牛丼を見て、ソラは思わず感嘆の声を上げた。

大きめの茶碗に山盛りされたご飯の上に牛肉が乗っかっており、その脇に味噌汁とお新香がついているというシンプルな内容である。

最近、貧相化してきて需要と供給が合わなくなっているので、低価格帯にシフトチェンジしたのだろうか。400円で牛丼大盛りにありつけるのは、かなり良心的な価格設定である。しかしコーラでも250円に値上がりしている現代社会で、400円という価格帯も十分に高額なのだから、今のノヴァシティというのはなんとも懐事情が厳しい世界になってしまったものだ。ソラは牛丼を食べている間、一言も言葉を交わさなかった。

別に仲が悪いわけでもないのだが、二人の間に会話はほとんどないのだ。

もしかしたら、お互いが気を使っているのかもしれない。

空はというと、水を少しながら口に含みスマホを操作していた。

本当は食事をしているときにスマホを弄るのはあまり良くないのだが、どうせ食事が済んだらすぐ帰るだけなので、食事中にもスマホを操作する。

ソラは牛丼を食べ終わると、静かに席を立った。代金を支払って店を出ると、二人は並んで歩き出した。

外はすっかり暗くなっており、吹き付ける風が空の体温を奪っていくようだった。

でもこれで、今日の活動も終わりである。空が家に帰ろうと足を速めたとき、ソラが空の腕を掴んだ。

空は何事かと思ってソラを見ると、彼女の口元にはほのかな微笑みがあった。そして、彼女は口を開いた。

「ちょっと寄り道しない?」

そう言われて連れて来られた場所は駅近くにある公園だった。

夜も遅い時間なので人影はなく、真っ暗な中にただ外灯の光だけが寂しく照らしてるだけだった。

ソラは空の腕を掴んだまま、公園の奥へと進んでいく。空は恐る恐る、彼女についていった。

そして、彼女は足を止めた。そこには小さな公園があり、ブランコと滑り台、鉄棒が設置されているだけで目新しいものは何もなかった。

しかしそれでも、この公園には不思議な魅力があった。何かに引き込まれるような不思議な感覚があるというか、独特な雰囲気が漂っているのだ。本当に公園がここにあるのかと疑ってしまうほどの、静かな雰囲気である。ソラは空の腕を掴んだまま、公園の中に入っていく。そして、ブランコに腰掛けた。空は彼女が何を考えているのか分からず、困惑した表情を浮かベていた。そんな彼の手を取って、ソラはブランコに腰掛けるように促した。

空は言われるがままにブランコに座ると、再び困惑の表情を見せた。

それから暫くの間、二人は無言のまま公園での時間を楽しんだ。静かな夜の帳の中で、二人の吐息だけが闇の中へと消えていく。

隣に座っているソラのことを見ていたが、その表情からは彼女が何を考えているのか全く読み取れなかった。

もしかして自分に気があるのかとも思ったが、ソラは人と違って天然で落ち着いた雰囲気があるので、そういうことはないだろうと思った。

そして、空を見上げた。空には星は見えなかったが、代わりに月が見えた。美しい満月が二人を静かに照らしていた。その時、ソラが口を開いた。

「月が綺麗ね」

そう言うと、ソラはゆっくりと目を閉じた。そうして空の方に顔を向けると、彼女らしくない優しげな笑みを浮かべた。

それに対してどう反応すればいいのか分からずに戸惑った表情を浮かべていたが、とりあえず彼女と同じ様に目を瞑った。ソラの温もりを感じながらは空を見上げ続けた。

暫くの間、目を閉じたまま思考を巡らせた。

 自分は何故、こんな夜遅くにソラと二人で公園にいるんだろうか?

どうしてこんな状況になったのか?

そんなことを考えていると、やがて眠くなってきた。空は目を開けて隣を見ると、ソラはまだ目を閉じていた。それから数分が経った時、ソラは目を開けた。

そして彼女は立ち上がると、空の方を見た。その顔には優しい笑みが浮かんでいる。

それはまるで女神のように美しい笑顔だった。空はその表情に見とれてしまい、何も言えなかった。

しかし、次の瞬間、ソラの顔から笑みが消えた。その表情には先程までの優しさはなく、逆に悲しい表情を浮かべた。そして、ソラは空の頬にそっと手を添えた。

そして一言だけ、呟いた。

「寒いのかな? 顔の感覚、ないもん」

ソラの手が触れた瞬間、空は自分の体が冷え切っていることに気づいた。さっきまでは寒さを感じなかったのに、どうしてだろう?

そう思った時、ソラの手から風が流れてくるのを感じた。ソラは体温を分け与えるかのように、そっと手を包み込んだ。

その手は温かく、彼女の手に徐々に熱が伝わってきた。その温かさに包まれながら、空は目を閉じた。すると、雪の結晶が肌に当たると目を開けた。

うっすらと積もった雪を見て、空は微笑む。どうやら今日は本当に冷え込むらしい。しかし、この公園だけは別世界のように温かい雰囲気に満ちていた。

そのまま二人は公園の中で座っていたが、ソラは立ち上がって歩き出した。そろそろ帰る時間なのだろうと思い、空も立ち上がった。

そして、二人は公園を出た。帰り道は途中まで一緒だったので、空はソラと一緒に歩いていた。しかし不思議と、先程の奇妙な感覚はなくなっていたのだった。

空の足の速さに追いかけるソラ。空の表情がいつもと変わらないことを知り、安堵するソラ。

そんなことを考えながら歩いていると、空は突然立ち止まった。眼の前の景色が地獄絵図のように血の色に染まっていたからだ。

空の視界に映る景色は、あまりにも衝撃的だった。空は呆然とした様子で目の前に広がる光景を見つめ続けた。そこに広がっていたのは凄惨な現実そのものだった。地面や建物、木々に至るまで全てが真っ赤に染まっていたのだ。

血だまりの中に横たわる人の姿が点在しており、それを別の人が何度も踏みつけて倒れている者の身体を持ち上げていた。そこは阿鼻叫喚の地獄絵図のような状況だった。

「ソラは……」

空が何かを言おうとした瞬間、ソラが後ろから抱き着くようにして支えてくれた。

「どうしたのですか? 怖い夢でも見ましたか?」

ソラの優しい言葉が、空の耳に染み込んでいく。空は安心しきってしまい、力が抜けてしまったようだ。

空はソラに支えられたまま、その場に座り込んでしまった。空から見た地獄絵図はあまりにも衝撃的だった。

しかし、空はそれ以上のものを目にしてしまったのだった。恐怖のあまり身体が震え、涙が頬を伝う。その様子を見たソラは心配そうに尋ねた。

「何があったのですか? 教えてください」

ソラの優しい言葉を聞くことで、空は落ち着きを取り戻した。そして、空は小さな声で呟いた。

「何でもない」

そう言って立ち上がろうとするが、上手く立てなかった。どうやら腰が抜けてしまっているらしい。空にはまだ何が見えてるのか分からなかった。しかし、ソラが空を支えて立たせてくれたとき、空は後ろを振り返りソラを見ると、苛々で頭を掻きむしった。

「大丈夫だ! 大丈夫!」

空は吐き捨てるように言うと、ソラを振り払って歩き出した。そして、そのまま歩いていくのだった。

空は落ち着いてきたが、それでもまだ悪夢から覚めたような感覚だった。

恐怖のあまり足が竦んでしまい、前に進めない。空は深呼吸をして心を落ち着かせようとした。しかし、それでも胸の動悸は治まらず、頭がクラクラするような感覚に襲われていた。

あまりの気分の悪さに吐き気さえ感じるほどだ。家に帰れば落ち着くだろうと思い、空は再び歩き始めた。

あの景色は消え、幻覚を見ていたという結論に達したのだ。空は自分の見ている現実が信じられず、頭を押さえた。それから、再び歩き始める。

しばらく歩いていると、空は見覚えのある場所に辿り着いた。そこはいつも通っている通学路だった。

「ここは確か私が通ってた通学路ですね。ここで友達と話をしたりしてました」

ソラは懐かしそうに周囲を見回している。空はそんなソラの表情を見て、複雑な気持ちになっていた。

「昔を思い出して感傷に浸ってんのか? 俺はいいよな、昔の思い出が消えてるんだもんなあ」

空はそう言ってぼやくと、そのまま先へ進んだ。すると今度は川沿いの道に出た。この道は彼女にとって思い出深い場所だ。幼い頃からよく通っていたので、彼女にとってお気に入りの場所でもあったのだ。

「覚えていますね。この道を歩いて学校に通っていたことを知ってますの?」

ソラはそう言って懐かしそうに川の景色を眺めた。空はそんなソラに答えることなく、無言で歩いている。

そして最後に道の電柱の脇にお花と水が入ったペットボトルが供えられていた。そこに手を合わせ、祈る。

「残念ですね。誰も助けられず殺されていくのは悲しくなるのですね」

ソラはそう言って、空と一緒に手を合わせた。空は何も答えなかった。ただ、無言のまま手を合わせているだけだった。

その後、空は分かれ道で立ち止まった。

空は呆然とした様子で、ソラを見た。そしてソラは一言だけ呟いた。

「それでは、さようなら。またいつか会いましょうね」その言葉は空の耳に染み込み、まるで女神のように美しい声として彼女の心に響くのだった。

その温もりに包まれてしまい、空は思わず泣きそうになってしまった。しかしすぐに我に返り、言葉を放った。

「あぁ……いつかな」

ソラは空に背を向けて帰ってしまった。しかし、空はもう振り向かなかった。

これ以上の感傷に浸ったところで、何も変わらないのだ。ただ虚しいだけなのだ。

空は遠くなっていくソラの背中をずっと見つめていたが、やがて自分も帰ろうと歩き始めたのだった。




翌床。空はあの晩の出来事を思い返していた。――記憶が思い出せない。

空はそう思いながら、天井を見上げた。あの夜のことはよく覚えているが、どうしてもあの記憶が鮮明にならないのだ。

まるで夢を見ていたかのような錯覚に襲われるほどである。あの凄惨な光景も、そして恐怖も鮮明に思い出せるのに、どうしても一部の記憶が欠如しているのだ。

――ダメだ、思い出せない……。

空はため息を吐いた。公園や牛丼屋での出来事も、断片的にしか思い出せないのだ。

だが、ひとつだけ確実に覚えていることがある。それはあの時何故電柱の花束に手を合わせたのか、なぜ彼女が通っている通学路で立ち止まったのか、あの時の彼女の想いの真意がいまだに分からないことだ。

それらだけは今も謎のままである。しかしそれは彼女にしか分からないことなのだろうと思い、諦めることにした。

「空、お腹すいた」と、アリスが呟き、その声で空は我に返った。

いつの間にか時間が過ぎていたらしい。空は再び冷蔵庫を開けて焼きそば一袋と残り四個の冷凍たこ焼きを取り出し、レンジに入れて温め始めた。

しかしその時、ふと手を止めた。そして何かを考えるかのようにアリスを見つめた。それはあまりにも数秒の出来事だったが、アリスが不思議に思うのには十分だった。

だが、空は何事もなかったかのように食事の準備を再開した。

――危なかった。もし、今の表情を見られていたら、彼女に怪しまれていたかもしれない。

そう思いながら焼きそばを机の上に置き、箸と飲み物を出した。

そして椅子に座ると、「いただきます」と言って食べ始める。

焼きそばをフォークで食べていると、彼の様子をうかがうように、アリスは話しかけた。

「ごはんおいしい?」

空はうんっと答えると、焼きそばを口に含んだ。すると、アリスは笑顔で言った。

「もっと食べていいんですよ」

空はありがとうと礼を言うと、再び食べ始めた。そして完食した後もペットボトルの烏龍茶を飲んで一息ついた。

――ひとまず安心してくれたかな?

空は静かに息を吐くと、牛丼屋の思い出に思いを馳せた。何故牛丼屋で大盛りを頼むのか、そもそも少食なのに、どうして頼んだのか。

思い出そうとしても、何一つ思い出せないのだ。それどころか、それを思い出すことすら億劫になっている自分がいることに気付いた。

――もうどうでもいいや。

空はそう思うと、箸を置いて立ち上がった。そして机の端に置いてある財布を手に取って中身を確認してみたが、1円すらも入っていない。

――牛丼代か?

空は財布をベッドに放り投げた。金がないのに牛丼屋で贅沢した自分に、嫌気が差したのだ。

「腹は減ってなかったんだけど、久しぶりに食べたくなったんかよ」

空はそう言って目を逸らした。まるで自身の不満を吐露するかのように、言葉に棘がある。

アリスは心配そうに声をかけるが、空は冷たい返事を返した。

――思い出したくないことや知られたくないことは、口にするもんじゃないな。

少し休んだらまた出かけようと決めてソファで横になるのだった。急にアリスがソファの上で正座をすると、真剣な眼差しで空を見つめた。空は驚いて上半身を起こし、アリスを見た。

――なんだ? まるで今から告白でもするかのような雰囲気だ。

空は戸惑いながらも彼女の言葉を待ったが、一向に口を開かない。数秒の沈黙の後、アリスは窓を真っすぐに見つめながら、震える声で告げた。

「ベータ144の反応がありました」

空はその言葉の意味を理解するまで時間がかかった。

――反応?なんのことだ?

空はようやくその意味を理解した途端、戦慄した。つまり、あの悪夢のような出来事がまだ終わっていないと、そう言われたことになるからだ。

アリスの鍛えた危機察知能力は嘘偽りのない事実を伝えていた。

「――早く車に行かないと」

空はアリスの腕を摑むと、玄関に向かって走った。装甲車のドアを乱雑に開けて、運転席に飛び乗った。だが、アリスは車に乗り込んだまま微動だにしない。

その様子を不審に思い、声をかけると、「空、どこ行くの?」と、アリスは尋ねてきた。

――何を言ってんだ? まさかこのまま逃げる気なのか?空はため息を吐くと、彼女の腕を掴み、強引に引っ張った。

しかし、彼女は頑なに動こうとしなかった。

――早くしないとまたあの目に逢うかもしれないのに!

空はそう叫びたかったが、実際に口から出たのは冷たい言葉だった。

「外に出たければ一人でどうぞ」

空はそう言ってドアを閉めようとする直前に、アリスは手を伸ばして、空の腕を掴んだ。彼女は今にも泣きそうな表情で空に訴えた。

「車を止めて! お願いだから、降りて!」

「なんでだ! 俺は一秒でも早くここから抜け出したいんだよ!」

空はそう怒り返して、強引に腕を振り解いた。しかし、アリスはそれでも諦めずに車に乗り込み、助手席のドアを開けて乗り込んだ。

そして、空の腕を掴んだ。それはまるで、親に置いて行かれそうになる子どものような必死さが感じられるものだったが、彼は苛立ちを抑えられなくなっていた。

空は片手でアリスを振り払おうとするが、アリスは決して離そうとしない。

むしろ、より強く掴んできた。

そして、彼女は彼の胸に顔を押し当てた。母親に甘えるかのような仕草だった。

――なんなんだよ、 いい加減にしろよ……。

空はそう思いながらも、アリスを突き放すことができなかった。

すると、彼女が顔を上げてこちらを見つめてきた。その瞳は涙で濡れており、今にも溢れ出しそうだった。

空は動揺し、振り払おうとしていた腕から力が抜けた。アリスが車を停止する理由をやっと理解した。俺と同じ考えだったのか。空は後悔に苛まれながらも、車を走らせ続けた。

車を停止したらまたあの目に遭うかもしれない。しかし、このまま逃げていてもいずれ追いつかれるかもしれない。

――くそ! どうすれば良いんだよ!

空は苛立ちながらハンドルを叩いた。

その時、ふとルームミラーを確認すると、助手席のアリスがドアをこじ開けて、外に出ようとしているのが見えた。

――何をしているんだ?

空は慌ててブレーキを踏んで停車させると、彼女はシートベルトを外して、後方のドアも開けると外に出た。

アリスが、車から離れて全く違う道に向かおうとしているところだった。

空は、アリスに向かって叫んだ。

「違う! そっちじゃない! 車に乗ってくれ!  頼むから、戻ってこい!」

しかし、アリスは車の中に入る気配を見せない。空は舌打ちすると、自らも運転席を降りてアリスの元へ駆け寄った。

その瞬間、装甲車の横に白い一軒家が崩れ落ちてきた。そのおかげで、空とアリスは間一髪で難を逃れることができたのだった。

辺り一面に瓦礫や破片が飛び散り、強烈な砂煙が舞っていた。空は咄嗟に目を細めると、耳を澄まして状況を確認しようとした。

しかし、周囲は静寂に包まれており、悲鳴一つ聞こえなかった。どうやら誰も怪我をしていないようだったが、空は不安を隠しきれなかった。

「予知してたのか!? どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ!」

しかし、アリスは無表情のまま答えなかった。それから五分ほど経ってから砂煙が晴れると、目の前に倒壊した建物が見えてきた。

まるで倒壊する直前に地面が割れたか、エネルギー砲を撃たれたかのようだった。建物の外壁は全て崩れ落ちており、とても中を見ることはできなかった。

他の建物が完全に崩壊してはいないものの周囲にヒビが入っており、今にも崩れそうに見えた。

我を取り戻して、急いでアリスの腕を掴んだ。しかし、彼女が反応することはなかった。

目は虚ろで、焦点が定まっていなかった。その様子はまるで夢を見ているかのようだったが、この一瞬で何が起こったのか分からないほど鈍くはなかった。

アリスはその精神状態も相まって未来予知の力を発揮していると考るしかなかった。

しかし、もしそうであるならば、彼女は自分自身の未来も予知していたということになる。果たしてそれがどんな光景であったのか、それは想像もできないが、この凄惨な状況を生み出したことは間違いなかった――。

気付いたらアリスの姿が消えていた。空は急いで周囲を見回したが、どこにも姿は見えなかった。

「アリス!? どこに行ったんだ!?」

空は声を振り絞って叫んだが、返事はなかった。空はしばらくその場で呆然としていたが、やがて我に返って立ち上がった。

彼は周囲を見回しながら、瓦礫の山に向かって歩き始めた。

――まさか、この中に埋まっている?

そんなことを考えたが、すぐにその考えを振り払った。そして、アリスが行くであろう場所を予想し、走り出したのだった。

空は懸命にアリスを探し続けた。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。

最初から存在していなかったかのように消えてしまったのだ。その時、後ろから徐々に迫って来る砂利の削る音に気付いた。

シューっと空気を切り裂く音が聴こえ、振り返るとそれは例の蛇型ベータ144であった。

まるで、獲物を仕留めるためのタイミングを見計らっているかのように空を睨んでいた。アリスを捜索したいという気持ちもあった。

しかし、目の前に迫る脅威に背を向けて逃げ出すことは出来なかった。空は強く拳を握り、そして身構えた。

次の瞬間、蛇型は一気に牙を剥いて襲いかかってきた。空を噛み殺そうとしてきたが、間一髪のところでそれを避けた。

だが、噛みつく時に発生した衝撃波により吹き飛ばされてしまった。空は再び立ち上がると今度こそ攻撃に転じた。

彼は蛇型の胴体に蹴りを放った後、間髪入れずにストレートパンチを顔面に打ち込んだ。蛇型が怯んでいる間に、空は全力でジャンプして馬乗りになると、拳を振り下ろし何度も殴りつけた。

それからしばらくの攻防が続いた後、空が放ったアッパーカットにより、蛇型は倒れたのだった。

空は大きくため息をつくと、力なくその場に座り込んだ。そして天井を見上げると、ひとり呟いた。

「身体が動かねぇ」

空は、アリスが消えてしまったショックから立ち直れずにいた。

それから一時間ほど経った頃だろうか、周辺の住宅街を探索していた。アリスの名を呼びながら、瓦礫の中を探し続けたが、どこにも彼女の姿は見えなかった。

空は、自分の不甲斐なさと無力さを痛感していた。

「くそまじか、最悪だよ。最低すぎる、何やってんだよ、何が起こってるんだよ、助けなきゃ、助けなきゃいけないのに俺にはそんな力なんて無いんだよ」

空は怒りと悲しみで泣きそうになってたが、それでも諦めなかった。あの日の自分のようにアリスも助けたい、その想いが彼を奮い立たせていた。

空は自分に言い聞かせた。

「諦めるな、考えるんだ」

自分に言い聞かせ、そして自分を振るい立たせるように必死に頭を回転させた。

その時、一つのアイデアが浮かんだ。それは突拍子もないものだったが、今の彼にはそれしか無いように思えた。空は携帯電話を取り出すと、すぐに電話をかけた。

その瞬間、目の前が真っ暗になったような感じがした。何が起こったのか分からず戸惑っているうちに、視界は徐々に回復し始めた。

目に入ってきた光景を見てハッとした。自分の立っている場所が変わっていたのだ。彼は混乱していたが、やがて冷静さを取り戻しつつあった。そして、冷静に周囲を見回し始めたところで、目の前に広がっている光景を見たのだった。

そこで見たものは信じられないものだった。空は自分がいる場所を確認するようにゆっくりと歩きながら確認した後、スマートフォンを取り出し現在地を確認した。すると彼女のGPSの表示にこの場所が映っていたので間違いないと思われた。

しかし、その場所は彼を愕然とさせるようなものであった――本来ならありえない、いや、あってはならない場所だったからだ。

空はその事実を知り、呆然としていた。彼女が今いる場所は、空が帰り道に見た地獄の光景そのものだったからだ。

彼が見たもの、それは、彼の記憶の中にある光景そのものだった。彼は混乱しながらも必死に頭を働かせて考えた。

どうしてこうなったのか?一体何が起こったというのか?

思考を巡らせるが、何も思いつかなかった。しかし、空の脳裏にある言葉がよぎった。

彼がずっと疑問に思っていたことだったからだ――何故、あの時見たものが、今ここで現実になっているのか? 空はその時の記憶を思い出そうとした。その瞬間、彼は息を吞んだ。彼の記憶の中では、この光景を実際に見たわけではなかったのだ。

彼が見たのは、その建物の入り口まで来たとき、背後から感じた謎の視線を不思議に思い振り返ったとき、そこにあったものだった――つまり、それは必然的にここに存在したことになるのである。

空はその事実に戦慄した。そして同時に恐怖を感じていた。何故ならこの場所は明らかに異常だったからだ。

空気が違う、空気中に漂う雰囲気、そして周囲の景色までもが、あの時のままだった。

そんな場所に再び足を踏み入れるというのは、自らの身を差し出すようなものだと理解していた。しかし、それでも空は行かなければならなかったのだ――何故なら彼の中で答えは出ていたからだった。

ただそれが恐ろしくて思考停止していただけだったのだ――そう、真実を確かめるしかないということが分かっているからだ。だから彼は意を決して一歩前に踏み出したのだった。

アリスの位置情報を元に向かう空だったが、彼の中にある違和感は増すばかりだった。その原因の一つがこの異常すぎるほどの静けさにあった。

先ほどまで感じていた緊張感や恐怖感が嘘のように消えていたのだ。しかし、それとは別の得体の知れない何かを感じることができた――まるで自分の中の何かが警鐘を鳴らしているような気さえしたのだった。

それにもう一つおかしな点があった――そう、それはアリスの生死である。

何故ならば、空は彼女を探しながら、ずっと最悪の事態を想定していたのだが、その考えが杞憂に終わる気配は全くなかったからだ。



――ある場所にたどり着いた。その場所は遊具が無い公園だった。空は周囲を見回してから辺りを見回した――しかし、その場所にアリスの姿はなかった。そこで彼は再び考え込んでいた。

何故、彼女がいなくなってしまったのか? 別行動を取ったことが原因か、それとも、彼女を探し出すことができず、戻るのが遅れてしまっているためなのか。

その時、後ろから男性の叫び声が響き、空は振り返ることになった。そして、信じられないものを目にすることになる。なんと、そこにいたのは――

「うわぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

空は絶叫した。それと同時にその場から逃げ出したのだった。彼の目の前にいたものは紛れもなく人間の死体だった――それも一人ではなく二人だ。

二人とも全身傷だらけであり、顔は苦痛に歪んでいた――しかもその手には凶器らしきものが握られていた。それらは血にまみれており、地面に滴り落ちていた。

空はそれを目にするとすぐに走り始めた――後ろから二人の男性が追いかけてくる音が聞こえたからだ。

彼は必死になって逃げ続けた。ゾンビ映画さながらの光景を目にして、いよいよ現実とフィクションの区別がつかなくなっていた。

しかし、それが夢ではないことは明らかだった――何故なら彼を追いかける足音がしっかりと聞こえていたからだ。空はとっさに振り返り、その光景を目にした瞬間に再び絶叫していた――二人の男性は地面に倒れている死体が痙攣したように、うごめいているのを目撃したからだ。

体の痙攣はベータ144が体内でウィルスを暴れさせているからで、死体が勝手に動いていたのだった。

しかし考える時間もなくそれを見て混乱し、さらに全速力で走った――

しかし、二人の男性の足音がどんどん近づいてきていることに気づいていた――難を逃れるには何とかしてこの場から逃げ切れたときには、誰もいない場所にいたかったが、どこへ行けばいいのか見当もつかなかった。

だが、そんな彼の願いはすぐに叶うことになった。後ろにピチャピチャっと液体の音がし、振り返るとそこには死体が這いつくばって空を追いかけてきていたからだ――空の目には、それが人間ではなくゾンビそのものに見えていた。

死体の特徴は小学生ほどの背丈で、肌の色は青白く、体のあちこちには大穴があり、腐敗が進み肉や骨が見え隠れしていた。

服装はローブのようなもので、顔が暗くてよく見えなかった――その足は化物に貪られたかのように原型をとどめていなかった――

そして、微かに見える口からははっきりと空に助けを求める声が聞こえていた。

「足が痛いよ……助けてよ」

しかし、空はそれを無視しようとした――いや、できなかった――というのも、死体が這いつくばりながら空に近づいてきて、

足にしがみついてきたからだ――そして死体はこう言った。「……いや、違う。……じゃない、お前は……じゃない」

その瞬間、空は正気を取り戻してその場を逃げ出した――死体は必死にしがみついていたが、

空はそれを蹴り飛ばし、なんとか引き離すことができたのだった。だが、その周囲には複数の化物の呻き声が聞こえていた――それは全て死体から発せられたものだった。

空はさらに走ろうとした瞬間、少女の叫び声と共にバキッという鈍い音が響いた。

その直後、空は何か強い力で後ろに引っ張られた。

「……!? ……!!!! おい嘘だろ!?」空が振り返ると、そこには化物の口の下から分厚い本がバサッと抜け落ちる光景が目に入った。

「止めろ!!!! 止めろよ!!!!」

空は叫び、すぐに走り出した。だが、化物は口を閉ざしたまま空を追いかけた――

すると、アリスが空を見つけて呼ん だ。しかし、空はその呼びかけに応えることなく走り続けた蛇の口を大きく開け、牙を見せつける。

空にはそれが蛇の舌に見えるのだった。アリスが飛び上がり空の背中にしがみついて来て、なんとか捕食から逃れることができた。

アリスは空を引っ張るようにして走り、何とか逃げ切ったのだった。

「空! 何で化物に向かてったの!?」

アリスは怒った口調で問い詰める。

空は、「はぁ、はぁ」と息を荒げながら頷いた。そして、自分に起こった事を話し出した――だが、彼は恐怖のあまり声が震えていた。

「もう少しで空が死ぬところだったんだよ!? 私の言うこと聞いてよ!」

アリスは怒り、空の胸を叩く。

空は頭を下げたまま何も言えずにいたが、突然、アリスの後ろから黒い影が現れた。

それはあの化物だった――しかし、今回は一人だけではないようだ――空たちが振り返ると同時に別の方向からも現れたのだった。

全部で四体の化物がいた。しかも、その背後にも更にもう一体現れ、計五体が空から襲おうとしていた――空は恐怖に怯えながらもなんとか銃を構え、引き金を引いたその時、撃鉄がカチンッと金属を弾かれる音だった。弾切れである。空はそれを見て絶望し、その場に座り込んだ。

「くそ、何故こんな時に!」

空は悪態をついて銃を地面に放り捨てた。それから空はすぐに逃げ出した。

アリスは彼についてくるよう促し、二人は同時に走り出すのだった。

しかし、背後から追いすがる化物たちの方が速く、徐々に距離を詰められていた――そこでアリスは急停止して振り返る。

彼女は両手を広げて立ちはだかり、向かってくる化け物たちにこう言った。

「私はアリス! あなたたちが食べたいのはこの私でしょ!?」

すると、化け物たちは怯み足を止めたのだった。それを見た空は、驚きながらアリスを見つめる。

すると、アリスはニコッと微笑み、再び化物たちに向き直ってこう言った。

「空は私の家族なの! あなたたちには絶対にあげないよ!」

そう言うと、彼女は目の大きく見開いた。その瞳模様は狐の頭のような模様だった。

そして、空の方に向き直り、こう告げた。

「私に任せて! 大丈夫だから」

アリスはそう言って手を差し出した――その小さな手は、空から見たらまるで天使の手のように見えたのだった――。

アリスは空の前に出ると、両手を伸ばし、何か呪文のようなものを唱え始めた。

「エレメントコード、セブンスソード!霊魂牢獄アットカール!」アリスが唱えると、空中からいくつもの剣が現れ、次々と化物に向かって飛んでいった。

そして、それらは次々と化け物に突き刺さっていき、彼らの体を無数の刃が貫いていった――

そしてトドメと言わんばかりに剣を召喚した地点から赤い血が噴き出してその体は後ろに吹き飛ばされていたのだった。

しかし、アリスは息つく暇もなく次の行動に移るのだった。彼女は空に抱きつき、何かを唱え始める――すると、二人の体が光に包まれていく。

「最大強化、奇意撃エンチャントストライク!!」そうアリスが叫ぶと、地面を蹴るアリス。彼女の体は宙に舞い上がり、その勢いのまま化物に向かっていく――そして、彼女は化け物の一匹に向かって跳び蹴りを叩き込んだ。

その瞬間、アリスの右足には虹色の光が宿っていた――それはまるで花火のように散っていく――

だが、それでも威力は衰えず、化物の体を貫いていったのだった。五匹目を倒したところで、次に並んでいた三匹目の標的へ移る。

しかしそのときには既に空が動き出していた――空は、化物に向かって走り出していた。

そして、ナイフを手にし、化物に向かって振り上げる。空は怯えていた――しかし、彼は自分に言い聞かせる――俺は逃げちゃいけないんだ――と。

腕が振り下ろされ、ナイフがしっかりと化け物の体をとらえていたのだった。

刺された痛みで苦しむ化け物を横目に、さらにもう一本ナイフを取り出し、再びその体に突き刺していくのだった。その直後、化物の首が跳ね飛ばされ、胴体から鮮血が噴き出す。

「え? 何だ?今のは俺か? いや、アリスか?」

そう言いながら後ろを振り向くと、銃声の連射音に化物の死体が包まれていった。

すると、化物は耳障りな金切り声を上げて消滅するのだった。それを見た空は思わずその場にへたり込んでしまうのだった――よく見ると、アリスは汗だくになっていた。

額には大粒の汗が光り、息も上がっている。あれだけの能力が使えば無理もないだろう。それでも彼女は毅然とした態度を崩さなかった。

「空、大丈夫?」

彼女はそんな空の様子を心配したが、彼は首を縦に振った。それを見てアリスは安堵の表情を見せるのだった。その時、後ろを向くと神城蠹毒が立っていることに気づいた。神城はの不思議な表情でこちらを見ていた。

まるで、何か面白いものでも見つけたかのように、ニヤッと笑いながらこちらを見つめていたのだった。

「エレメントホルダーの敵の組織! お前をぶっ飛ばしてやる!」

空は神城の姿を見つけると、そう叫んだ。その声と迫力は、神城だけでなくアリスや化物たちも驚かせた。しかし、当の神城は、相変わらず不敵な笑みを浮かべながらこう返した。

「へぇ、面白いことを言うじゃないか。でも、君なんかが僕を倒せるとでも思っているのかな?」

そう言うなり、彼は空に向かって手をかざした。すると、神城の手の平からアサルトライフルが出現し、それを空に向けたのだった。

それを見た空は、思わず腰を引いてしまう。そんな彼の様子を見たアリスは、必死になって彼に叫んだ。

「危ない! 空、逃げ……!?」

しかし、そんなアリスの声を遮るように刃の先端を突きつけられてる気がした。後ろからは見えないが、ヒッヒッと笑うあの少女の声、そして頰に伝わる感触がそれを嫌という程思い知らされる。

「すいませーん、死にますよぉー? 脳みそがミンチになっちゃいそうなぐらい、ギュインて」

恐ろしいことをさらりと言ってのける彼女にアリスは寒気を覚えた。だが、そんなことを気にしている場合ではない。

すぐにでも逃げなければ殺されてしまうだろう。しかし、どう足掻いても逃げられないことは分かっていたし、

そもそも逃げられるような相手でもないことはアリスも理解していた。すると蠹毒はエリザベスに小声で呟いて手で合図をした。

「commencer(開始)」

そして、アサルトライフルに、空の脳天をめがけて引き金を引いたのだった。間一髪、彼の顔のすぐ横を通り、地面に着弾した。

走り出し、空の蹴りは、神城の頰をかすめた。すると、彼は不敵に笑い出す。その笑みに恐怖を感じた空は、地面を蹴ると、距離を取るため後ろに飛び退いた。

そして再び距離を詰めようと飛び出すのだった。

アリスも応戦し、エリザベスに攻撃を仕掛ける。エリザベスはアリスの攻撃をかわし、ナイフを奪い取ろうとするが、アリスもそれに応じずに攻撃を続けてく。

「動くな!」

そう叫ぶと、アリスの手を掴み、そのまま背負い投げの要領で地面に叩きつける。

「je vais mourir?(死ぬよ?)」

そう言いながら、エリザベスの銃口がアリスに向け、発砲する。だが、その弾丸は、アリスの蹴りによって軌道を変え、建物に被弾した。

「Ouah! Tu es fou !?(ワオ!びっくりした!?)」

エリザベスは驚き、感心しながら目を見開く。そして、エリザベスはニヤリと笑った。

その直後、エリザベスの体が浮いた。そのまま足を掴んでジャイアントスイングのように回転を始める。エリザベスが宙を舞ったその瞬間に体の向きを変え、地面を蹴ると、飛び上がりながらキックをする。吹き飛ばされたアリスは着地と同時に足を蹴飛ばし、その反動でエリザベスの体が宙を舞いながら2丁の銃口をアリスに向ける。その直後、2つの銃弾が同時に放たれ、アリスに直撃する。

だが、アリスは銃弾を受け止め、それを逆に投げ返してエリザベスの銃を破壊した。しかし、エリザベスも負けじと反撃をする。彼女がナイフを構え、斬りかかろうとした瞬間だった。

アリスの拳銃を空に投げ渡し、拳銃を掴むと、そのまま反射力を利用して、エリザベスの攻撃をする前に空はその拳銃を撃つと、弾丸がエリザベスの肩に直撃するが、察知していたエリザベスは、左手の剣で弾丸を弾き飛ばした。

アリスはすかさず、回し蹴りをくらわせるが、エリザベスはそれを受け止め、逆に蹴り返す。アリスも負けじと、左手で殴り掛かるが、彼女は銃で受け止めたかと思うと、片足でアリスの腹部を蹴り上げ、地面に叩き付けた。

それを振り向いた空が、アリスを守るため、エリザベスに突進するが、蠹毒の3点バーストが一発の銃弾を直撃し、空の背中は大きくえぐれた。

それでも、空は歯を食いしばりながら、再び立ち上がるが、今度は背後からアサルトライフルによる銃撃で空の肩を撃ち抜いた。

肩を貫かれた衝撃に顔を歪める空だったが、次の瞬間には激痛を堪え、拳銃を拾うとエリザベスの額に銃弾を放った。

しかし、すぐ避けられてしまった。あろうことか逆に銃を奪われて空中に投げ飛ばされてしまい、無防備になった空の腹に蹴りを食らわせる。

口から血を吹き出しながらも、空は再び立ち上がるが、今度は頭を掴まれると地面に叩きつけられた。

「父、どのくらい締めればいい?死ぬ一歩手前まで?」

 エリザベスは、父親の方を振り返る。だが、彼は首を横に振った。

「Gardez-le en vie(生かしておけ)」彼の言葉を聞いて、しぶしぶ納得したようで、もう一度空を見たが笑顔に戻って、空に語りかけた。

「残りの非常食として、ここで殺さないであげるね」

それを聞いて、空は苛立ちを覚えた。しかし、空も限界に近かった。

そう言い残して、エリザベスは去っていった。彼女が去った後、空は地面に両手を伸ばしながら倒れ込んだまま動けなくなっていた。

それを見ていたアリスは彼に駆け寄り、心配するがそれを空は手で払いのけようとする。

だが、そんな力ももう残っていないようで、度々に口から血を吐き出し、意識も朦朧としている様子だった。アリスは空の体を持ち上げ、彼を背中に背負うと、再び歩み始めた。

「くそっ!あいつら、ふざけやがって!」

空はそう言って悪態をつくが、その言葉とは裏腹に体はボロボロだった。体中に痣ができており、出血も酷いものになっていた。

二人の攻撃によって、既に満身創痍の状態だったのだ。それでも、まだ生きていた彼は間違いなくタフガイだと言えよう。

彼の生命力と精神力は驚くべきものだ。



その後、二人は街の広場にたどり着いた。

ちょうど雨が降り始め、二人の服を濡らしていくが、アリスはまるで気にならない様子だった。

彼女の足元にはたくさんの動物の死体と血の痕があった。

ここで何をしていたのか? 

それは容易に想像がついたが、あえて空もアリスも聞かなかった。それよりも、空の体を休める場所を探す方が先決だった。

しかし、どこもかしこも既に安全な場所ではなくなっており、雨宿りできる場所などどこにもなかった。そんな中で、一つだけ雨宿りができそうな場所があった。

それはこの広場の中央にそびえ立つ大きな樹木だった。その大樹は根を張っており幹も太く、枝の葉も雨宿り代わりになるため、空とアリスはここに一時避難することにした。

幸い、その木の陰に入ると雨は一滴も垂らさず、凌ぐことができた。右ポケットから医療用品ポーチを全部取り出し、二人は空の手当てを始めた。

エリザベスによって受けたダメージは予想以上に深く、空は苦しそうだった。空は自分の傷口を消毒し、針で縫って、包帯を巻き始める。

その様子を見て、アリスは心配そうな表情を見せたが、空は強がった表情を浮かべて笑った。

刺さった破片と背中の弾痕を縫うのは、相当な痛みを伴ったが、空はそれを歯を食いしばって耐えた。

そして、空の手当てが終わると、アリスは手持ちの医療用品キットを使って空の治療を行っていた。

しばらくしてある程度傷口が塞がってきたようだ。だがまだ完全に治ったわけではないため、傷の痛みが彼を襲うのだろう、接合した傷は触れるだけで神経に激痛を与えるため、空は苦悶の表情を浮かべた。

「くっ!」

空は歯を食いしばって耐えようとしたが、その痛みは相当なものだった。

そんな彼の様子を見たアリスが心配そうに声をかけてきた。空は自分の情けない姿を見られたことが恥ずかしくて、彼女に対して強気で、「大丈夫だ」と答えた。

それでもなんとか平静を保ちつつ、彼女に笑顔を向けたが、逆にそれが苦痛の表情と重なってしまい、却ってアリスを心配させてしまう結果となった。

二人はその後も傷の治療を続けたが、同時に、体力の消耗も激しく、強烈な眠気に襲われた。

空はなんとか目を開けていたが、アリスは完全に眠ってしまったようで、彼の足を枕代わりにして眠りに落ちた。

空はため息をつきつつアリスの体を抱き寄せるとそのまま倒れ込んで曇り空を眺めた。

いつの間にか、雨が降り止んでいたようだが、地面はまだぬかるんでいるため、空は泥だらけになってしまった。雲を眺め、空は自分の人生について考えた。

幼少期に将来、歌手になる夢を持ち、毎日練習をしていた。しかし、それは叶わず、化物たちとの戦いに身を投じる運命となった。時間を許してくれなかったが、この戦いが彼の運命の分岐点だった。

絶体絶命の状況で彼は多くの戦いを経験し、心身共に強くなった。

戦って生き延びるために。こうやって、次の戦いが始まる時は来てしまうのだが、2人は常に生き死にをかけた世界の中で生きているわけだから、

こんな雨の日でも眠りながら時折、空の袖を引っ張る。それに対して、嫌そうな顔をしながらも内心とても喜んでいる様子だ。

だが、実際には、今の空たちにとって、雨宿りをする場所があるだけでも幸福な状況だったといえるだろう。

もし、今いる場所に雨宿りできなかったら、間違いなく死んでいただろう。幸運にも、アリス達はその命運に救われたのだった。

あとは救助隊が助けに来てくれるまで待つしかない。寒気を防ぐために、ジャケットをアリスの体の上にかけてた。

だが、それに気づいた彼女は起きたようで、うめき声を上げながら起き上がろうとする。

空を真っ先に見てくる、その目は疲れていたようだが、心はまだ休まらないようだ。

傷の痛みが、いつ再発するか分からなかったからだ。しかし、空はアリスに安心させるような微笑みを見せた。そして、自分が今まで一番大変だったと思ったことを思い浮かべた。

その1つはエリザベスとの戦いだ。彼女はとても強く、空たちは苦戦を強いられた。

おそらく、アリスがいなかったら今頃死んでいたかもしれないというほどだっただろう。だが、今となっては冷静に分析することができる。

そう感じることで、少しずつ心が落ち着いていく気がした。エリザベスとの戦いでは、エリザベスを追い詰めることができたが、逆に追い詰められた。

最終的に試合中止で終えることができたのはよかったと言えるだろう。しかし、彼女の攻撃は相当強力だったため、これからはより油断できない戦いが続くに違いないと思った。

でも、少し安心したことがある。アリスが無事だということに。だから、彼女とはこれからも共に戦っていけると思った。

アリスが起き上がってくると、その眼は少し潤んでいて顔も紅潮していた。

そして、空が何も言わずに自分を見ているのに気づき、恥ずかしさを隠すために俯いたまま頬を膨らました。

でも空は機嫌よさそうに微笑んでいるだけで何も言わなかったので、アリスはもっと恥ずかしくなりそっぽを向いてしまった。

空はそんなアリスの様子を見て、悪いと思いながらも笑ってしまい、それを見たアリスはますます恥ずかしくなって俯いたまま黙り込んでしまった。

二人にとって、それは日常的な光景で、心が安らぐ瞬間だった。やがて空の方から口を開いた。

「俺は平気だ。水中訓練には慣れてるから」

空は少し強がった口調で話した。

その様子を見たアリスは、少し呆れつつ安堵の表情を見せた。だがそれと同時に不安も感じていたようだ。

だから、空はそんな彼女を励ますことにした。

「お前の方が痛かったんだろ?無理しなくていいよ」

そう言って空は優しく笑いかけた。その姿勢を見て、アリスは安心した表情を見せた。そして彼女はそっと空の胸に顔をうずめた。空はそんな彼女を優しく抱きしめると、彼女を守るように包み込んだ。すると、アリスは彼の胸に顔をうずめたまま呟いた。「ありがとう」

空は微笑み返すと、アリスの頭を優しく撫でた。そして、二人は無言のまま空に抱いていた。二人が横になっているところはぬかるんだ地面だったが、何故か心地良い感じがした。ふと、空が何かに気づき、空を見上げた。そこには雲の切れ間から星々が見えた。その美しさに二人はしばらく見とれていた。だがしばらくするとまた雨が降り出してきた。雨粒がポツリポツリと落ちてくるのを感じた空は、アリスの手をそっと握った。彼女はそれに気づいて空の手を握り返すと、そっと彼を見た。その瞳には僅かに涙が浮かんでいたが少し微笑んでいるように見えた。空はそんな彼女を見て、胸が高鳴るのを感じていた。彼女がとても愛おしく思えたからだ。だが、それと同時に不安も感じていた。彼女は自分を助けてくれたが、将来を考えるとまだまだ不安だらけだった。これから何度も危険な目に合うかもしれないし、死に直面することもあるかもしれない。そう思うと少し怖くなってしまうのだ。だから空は心の中で誓ったのである。彼女を守るために全力で努力しようと、そしてこれからもずっと一緒にいようとー その後も二人は寄り添っていたが、やがて眠気が襲ってきたようで、同時に欠伸をした。空はそんな彼女を見て微笑んだ。そしてそっと目を閉じて眠りについた。








目が覚めると、病むこともなく、二人は無事救助された。彼らは近くの病院で治療を受けた。空の傷は少しずつ治っていったが、アリスはまだ完全に回復していなかったので入院することになったのだった。

空は後遺症が残るほどではないが、出血して貧血気味になっていたため、療養しなければならなかった。目の前のドアが開くと白衣着た職員二人が部屋に入って来た。最初は医師かと見ていたが、そうではないことが分かった。彼らは無表情で真顔で、自己紹介も自分から行わず、黙ったままだった。その様子はまるでロボットのようで不気味に思えた。そのことで彼らは不気味な印象を与えたが、空とアリスは落ち着いた態度を見せた。すると女性が声をかけてきた。

「確か、神薙空さんと、アリス・ローナさんですな? 私たちはエーテル研究所の職員です。この度は災難でしたねぇ」

空とアリスは驚いた表情をした。しかし、同時に安心感も覚えた。彼らは自分たちのことを知っていたからだ。さらに言えば、自分達のことを心配してくれたことも嬉しかった。だが、それよりも気になったことがあった。それは職員たちの表情が妙にぎこちなく見えることだった。まるで人間そっくりのロボットのようにぎこちない表情や動きが見えていたのだ。空は、それがどういう理由なのか興味を持っていたが、結局彼らがなぜそんな状態なのかは分からなかった。その前に何故名前を知ってるのか。

「何故俺の名前を知ってる?」空は質問した。すると女性の職員は無表情のまま答えた。

「長原戦争の時にここに来ましたよね? 覚えていませんか?」

空は、そう言われて思い出した。確かに自分がここに来たことがあることを思い出したのだ。ただし、それがいつのことなのかは思い出せなかった。

というのも、その頃はまだ幼かった頃だったからだ。

「俺がどうなってもいいからこの体内に最強の遺伝子を送り込んでって、貴方が言ったのに、何で覚えてないの?」

今度は別の女性職員が話しかけてきた。空はその女性の言葉を聞き、頭を抱えて困惑した表情を浮かべた。

しかし、それでも何も思い出すことはできなかった。結局彼は諦めたように首を横に振った。

すると、今度は別の男性職員から声がかかった。

「神薙空の遺伝子にはイヤーワーム230Ⅳ遺伝子がたっぷりと埋め込まれていたはず。君の身体をじっくり調べなくても、そのことが分かります」

彼はそう言った後、空は身体を確認してみると、全く変化がないことに気づいた。しかし、それでも不安が解消されることはなかった。

「覚えてないなら後ででいい。今日はこのスーツケース内に、強力な兵器が詰まっている」

さっきの女性職員から大きめのアタッシュケースを見せた。彼女は空に向かって大きめのアタッシュケースを差し出した。

その中身を確認すると、中には小さな黄色のカプセルがたくさん詰まっていた。それらはすべて、彼が見たことのあるものだった。

かつて自分が飲んだことのあるものだからだ。

つまり、それは自分が人から人へ繋がる遺伝子を運ぶために利用された生物兵器なのだと気づいたのだ。

「イヤーワーム230Ⅳ200ミリリットル分の核爆弾です」

それを聞いた瞬間、空は自分の顔が真っ青になったことに気づいた。彼は震える声で尋ねた。

「俺の身体から核爆弾を放り出すの?」

「少し冗談です、イヤーワーム230IV200ミリリットル分、核爆弾並の危険度です」

それを聞いた瞬間、空は自分の体が縮み上がるのを感じた。彼は恐怖に震えながら、自分の命が狙われていることを悟った。だが、それでも空は黙って動けなかった。

「ベータ144の4倍、人間の体内の50倍から200倍に達するので、ちょっと大変なことになります。でも、ベータ144を阻止できなかったら、世界中の人たちが死んでしまう。さて、どうします?私たちの話、理解できましたか?」

その話を聞いた瞬間、空は再び大量の汗をかいていることを感じた。それでも、彼はなんとか平静を装おうとしていた。

しかし、そのような精神力はもはや残っていなかった。なぜなら、彼は現実と地獄を同時に見せつけられたからである。

恐怖と絶望に苛まれた。そして、こんな絶望的な状況から逃れる方法を見つけようと必死に考えたが、結局何も思いつかなかったのだ。

「すぐ判断してください」

最後に彼は目を閉じた。覚悟を決めたようだ。命を奪われるのを待つしかなかったのである。

「死ぬくらいなら、いっそ殺せ!!」

彼は叫ばずにはいられなかった……。



そして、次の瞬間、空は再び目を開けた。辺りは手術室内で、手術台の上に寝かされていた。目の前には、男性医師がいた。彼はにっこりと微笑んでいた。どうやら、彼が治療してくれたようだった。

「どうですか? 身体の調子は良くなりましたか?」

男性はそう言いながら、空の手を握り、握手を交わした。

その瞬間、空は違和感を覚え、包帯を解くと、完全に傷が癒えていた。空が驚いていると、男性は優しく語りかけた。

「イヤーワームの特性は、爆発や放射線などの劣悪な環境でも生きることができるんです。だから、どんなに身体が損傷しても、超高速再生能力で治療することができるんですよ」

その言葉を聞き、空は納得した。どうやら、自分の能力は、とても便利なものらしい。

空は、この能力に感謝しつつ、今後の生き方について考えることにした。

自分がどれ程特殊な存在なのかを再認識した空は、気持ちを切り替えて、前向きに生きることを決意したのである。

空の能力は、放射線や爆発など、超危険度の高い環境でも生き延びることができるというチート性能。

つまり、空にとって、核爆弾よりも危険なものがあるということになる。

しかし、その反面、核爆弾の直撃を受けた場合、身体は瞬時に再生されてしまい、即死することすらできないということ、つまり不死身の体を手に入たってことだ。

この能力を使いこなせば、きっと何か大きなことができるはずだ。空はそう確信していた。

退位した後、外に出てみることにした。外に出ると、街は酷く荒らされ、あちこちに戦闘の痕跡が残っていた。空はしばらくその様子を眺めていたが、やがて、自分のやるべきことをしなければならないと思い、動き出すことにした。

彼はまずアリスを護衛するため、彼女の背後に立ち、周囲を警戒しながら進んでいった。だが、道は険しく、陰鬱とした空気が漂っていた。

空は苛立ちを露わにしていたが、それでも前へ進み続けた。しばらく歩いていると、目の前に倒れた武装兵士が現れた。

空は驚いて立ち止まったが、その兵士は既に息絶えているように見えた。

そこで、彼は兵士の武器を拾った。アサルトライフルHK417Aと予備マガジンが4つ、そしてナイフと弾薬ポーチが入っていた。

「SATではないな、アメリカ海兵隊か?」

砂漠用の迷彩服を見て空はそう言いながら、銃を手に持った。重くも軽くもなく、手に馴染む感触だったため、扱いやすいと感じた。

HK417Aのチャンバーを引くとジャキッっという音がし、金属が擦れる音がした。

薬室には弾の姿はなかったが、マガジンを抜き、弾が入っていることを確認した。

これで戦える。

空はそう思ったが、アリスの護衛を優先しなければならなかったため、その場から移動することにした。そこで、空は再び銃を構えた。

そして、角を曲がった先にある障害物に向かって発砲した。パァン、という銃声とともに、遮蔽物から火花が散ってるのがわかった。

空はそのまま角を曲がり、素早く身を隠した。そして再び銃を撃つ。同じ箇所を狙ったのだが、銃弾はまたも壁に阻まれていた。

(シールドシステムか?)

空は心の中でそうつぶやいた。

シールドシステムは建物や兵器などに装備され、敵の攻撃を防ぐことができる機械装置のことだ。

しかし、それにしては妙だと思った。こんな強力な武器を持つ敵が、なぜ建物に隠れてやり過ごす必要があるのか?

そう疑問に思った瞬間、アリスが急に叫んだ。

「危ない!!」

空は反射的に回避行動を取った。その直後、何かが頭上を通過し、壁に大きな穴が開いた。それは巨大なレーザーだった。

しかもその発射源はシールドシステム内にある装置のように見えた。

空は目の前の敵を見据えながら確信した。ベータ144とはまた違う、強力な機械兵器だと。そして彼は無意識のうちに呟いた。

「注意しろ、何かが隠れてるぞ」

それを聞いたアリスは怯えながらも銃を前に突き出して構えた。

だが、空は首を振り、「下がってろ!」と叫んだ。どうやら敵はアリスを優先的に狙うようなので、彼女を護らなければならないと感じたのだ。

空が撃ってもシールドシステムは壊れず、逆にこちらの動きを分析するかのようにレーザーを発射し続けた。「シールドシステム、まるで生きた要塞だ」

空がそう呟いた直後、アリスが叫んだ。

「空!! あそこ!」

すると、そこには不自然な隙間があった。空は躊躇することなくその隙間に向かって銃を撃った。

しかし、それもシールドシステムによって防がれてしまった。

さらにレーザーも再び発射されたので、空の頬を掠め、火傷を追った。

だが、彼は怯まずに撃ち続けた。しかし、やがてシールドシステムは距離を取り、姿を消してしまった。空が舌打ちをすると、アリスが話しかけてきた。

「さっきは何が起きたの? 壁が爆発したと思ったら、レーザーまで出てきたわよ」

彼女の言葉を聞いた空はハッとした表情で振り返り、アリスを見つめた。そして、彼は静かに口を開いた。

「あの機械はシールドシステムと言って、シールドと呼ばれる壁を展開することで攻撃を防いだり、レーザーを発射することもできるんだ」

空の話を聞いたアリスは驚いた表情を浮かべていた。それは無理もないことだった。

これほど強力な兵器が存在するとは思わなかったからだ。

しかも敵に回すとなるとかなり厄介な相手であることがわかるだろう。人ではない気配、攻撃に対する防御能力、そして機械であるが故に活動範囲が広く追跡もしやすいため逃げ切れる可能性は極めて低い。空からシールドについて説明を受けたアリスはなるほどというように頷いた後、彼に問いかけた。

「シールドが展開して破壊を防いだりレーザーを撃ったりしたのね。それでどうやって移動していたわけ? ビームって光エネルギーだからかなりの熱を持つはずよね」彼女が答えると、空は頷いた後、口を開いた。

「シールドシステムは、エネルギーの出力を絞ることでシールドを形成することができるんだ」

空は説明を続けた。

「レーザーが発射された瞬間にエネルギーを調節することで、壁を作って身を守ることができるんだ。さらに、移動時にも同じように操作していたんだと思う」

空の言葉にアリスは驚いたような表情をしていた。無理もないことだが、敵にはその詳細な情報は伝わっておらず、推測することしかできないのも事実だ。

だが、空には確信があった。敵の兵器はシールドシステムと呼ばれるものであり、その特徴から推測したのだ。敵がどこにいるかはわかるが、それ以上の情報はわからない。空は考え込んだ後、アリスに話しかけられた。「そのエネルギーって何処から供給されてるの?」

空の話を聞いたアリスは不思議そうに首を傾げた。エネルギーがどこから供給されているのかわからないからだ。だが、空はそれに対して答えを出した。

「敵の兵器にはコアと呼ばれる部分があるらしいんだ」彼が答えると、アリスはさらに質問をした。

「そのコアってどこにあるの?」

それを聞いた空は、困った表情を浮かべながら返答した。

「ごめん、そこまではわからないんだ」

そう言って謝罪をした彼に対して、アリスは気にしないでと言ってくれた。

彼女の優しさに感謝しつつ、空はどうやってシールドシステムを破壊すればいいのか考えていた。

敵の攻撃を完全に防御できており、何度撃っても破壊することができないことは間違いなかったからだ。

はどうすれば破壊できるのか考えていると、突然アリスが話しかけてきた。

「敵のコアを壊すために、空気圧を使えばいいと思うわ」

それを聞いた空はハッとした表情を見せた。そして、アリスに現在の能力で可能かどうか聞いてみたが、答えはすぐに帰ってきた。

「分からない。でも空気で伝えれば、コアを攻撃することができるかもしれない」

彼女はそう言うと、両手を前に出して拳を構えるような体勢になった。空はその姿を見て、何かに気づいた様子を見せた。

「アリス、もしかしてそれ、振動か?」

彼が問いかけると、彼女は頷いた。すると空も真似をして、拳を構えた。

「パンチすると空気の分子が振動するでしょ? それを空気圧で伝えれば、敵のコアを破壊することができるかもしれない」

それを聞いた空は、納得したような表情を見せた。

それから空とアリスは、それぞれの手に力を込め、神経を研ぎ澄ます。

――そして、一気に解放すると、空気を圧縮して打ち出した。その威力は凄まじく、高速で放たれた衝撃によって地面を削りながら進んでいった。

やがてその衝撃波は敵兵器のコアに到達し、そして粉々に砕け散った。その瞬間、敵兵器は動きを停止した。

その様子を見守った空は、深く息を吐いて安堵したような表情を浮かべた。

「ふう……やっと終わったか」

空が呟くと、アリスもホッとしたような表情を見せた。そして二人は手を取り合って微笑みあった。

彼女は空に抱きつき、喜びを露わにした。

すると丁度、無線からレナの声が聞こえる。

『お疲れ様でした、二人とも! ここから帰還できますよ!』

その言葉に、空とアリスはホッとしたような表情を浮かべた。

「やったよー! 空!」

彼女はそう言って、無邪気な笑顔を見せていた。その表情を見たレナ、胸が温かくなるのを感じていた。

こうして、化物の任務は終了した。無事に戦闘を終えた空は、再びヘリコプターに乗り込んだ。

空とアリスは、ヘリコプターに乗って研究所へ戻ることになった。その間、アリスは嬉しそうに、空に話しかける。

「空! 私たち、強くなったんだね!」

その言葉に、空は照れ臭そうに笑いながら答える。

「そうだな……でも、まだまだだよ」

しかし、彼は心の中では達成感を感じていたのだった。それから、空はアリスと会話を続けた。

――その中で、ふと思い出したことがあったので、彼女に問いかけることにした。

「そういえばさ、最後のところで空気の塊を発射させたじゃん?」

それに対して、アリスは笑顔で頷く。

「うん! あの攻撃、すごかったね!」

そう言う彼女の姿を見て、空も笑顔を見せる。それから、空は真剣な表情になると彼女に問いかけた。

「その能力って……もしかして、武器になるんじゃないか?」

その言葉を聞いたアリスは、首を傾げて聞き返した。「どういうこと?」

それに対して、空は自分の手を指を差しながら答える。「例えば……そうだな……手から空気の弾丸みたいなやつが出るだろ?あれを応用すれば、遠距離攻撃できるんじゃないか?」

その言葉を聞いたアリスは、ハッとしたように目を見開いた。それから、彼女は目を輝かせながら同意する。「確かに! それいいかも!」

そう言って、アリスは自分の手を見つめながら黙り込んでしまった。

しばらくすると、彼は再び口を開いた。

「例えば……空気の塊を筒状に形成して、その中に弾丸を入れるとかどうかな? そうすると銃弾みたいに連射できるようになるよね?」そんな彼の言葉を聞いたアリスは、嬉しそうに手を叩いていた。

「確かに、それはいいアイデアだな! それなら、遠距離攻撃もできるし、接近戦にも対応できるかもしれないな!」

 この時間は、彼女にとって何よりも楽しかったのだろう。不安や恐怖など、様々な感情が入り混じっていたが、

ようやく笑顔を見せるようになってきたのだ。そんな彼女を見て、空は安堵した表情を浮かべていた……。



荒らされた街、ひび割れた道路、その中で逃げ惑う人々。死体や負傷者、焼け野原など、目を覆いたくなるような光景が広がっている。

塵と灰が舞い上がり、夜の明かりは炎の赤で煌々と照らされている。揺らめく炎と煙、そして轟音が響き渡る。静けさの中で吹き荒ぶ風の音は、まるで悲鳴のように聞こえる。

その風は、チラシやビラを、地面を、高く高く舞い上げ、この街の無惨な姿を描き出す。

こんな状況下で見る景色は、一つの作品が出来上がるほどの光景だろう。

そしてそのアスファルトに落ちてる明るく花の装飾を施された本は、吹き荒れる風にページが煽られ、パラパラと捲れ上がる。

捲れるページの音は、空中に舞った紙を、風が巻き上げる光景と重なって、それは音までもが風の中に閉じ込められていく。

その本を伝えたい存在は、もうこの世界にはいない。それは死んでいった人々や街の姿を表現する唯一のものだった。

……柱に花を添えた墓標に、夜風は吹き抜けていく。

そこに眠る全ての者たちから、未来への希望と明日への願いを託されるかのように。

そしてその花の上に舞い落ちる1枚の紙切れが、この物語の結末を示すように、物語を静かに終わらせる……。

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