第6話

 パーティー会場入り口にできた怒涛の人ごみを抜けて、私は城の庭園に来ていた。庭園には青、赤、白の薔薇が咲き、月明かりと数個のランタンで照らされていた。

 城の裏側にあるということもあってか、庭園に人は居ない。こんなに美しいのに人がいないというのも少々勿体ない気はするが、私にとってはすごく良いことだ。


 ―――なぜかって? それは元々私が一人が好きだからだ。

 前世で、「あの子たち」がいた生活も嫌いではなかった。しかし、やはり私はどっちかと問われると一人のほうが好きなのだ。自分の世界を堪能でき、なおかつ余計な気遣いはいらない、なんて素晴らしい空間だろう。パレットはそう思いつつ庭園に咲き誇る薔薇に視線を移した。

 とりあえず暇をつぶすのなら花を鑑賞するべきだろう。いつかは飽きるだろうけど、パーティー会場に入れるまでの時間はこれで十分。


「さてさて、庭園をぐるりと一周・・・・・・」


 と、足を動かそうとしたところでパレットは、花に寄りかかる影を一つ見つけた。ちょうど低木の陰に隠れていて部分的にしか見えないが、もしかしてあれは―――人?

 もし人だったら最悪極まりない。今の私は誰がどう見ても立派な幼女。パーティーに参加するために城に来ていたが迷ってしまった、と思われるに違いない。私は迷ってもいないし、なんなら城の構造はほとんど把握済み。その上で世話を焼かれるのが一番面倒だ。

 ―――よし、ここは音を立てずにこっそりとこの場からいなくなろう。


 パレットは思案し、踵を返す。そしてなるべく音を立てないよう、石畳の道をすり足で歩こうとした。しかし、パーティー会場から少し離れたこの場所は騒々しさの欠片も感じさせない静けさが漂っており、普段なら気にしない音がどうしても目立ってしまう。

 私は気を付けて歩いたつもりだったが、コッという足音が近くに響き渡り、ついに人影に気づかれてしまった。


「・・・・・・誰かいるのか?」


 と、言って低木の陰から得体のしれぬ生き物が姿を現した。それは、私と同じくらいの歳の少年だった。

 少年はこの世界じゃ珍しい黒髪で、歳の割に大人びた雰囲気を保ちつつ前世のパレントも文字通り顔負けの美形でこちらを見ていた。


「あ、私は・・・・・・」


 パレットはなるべく歳相応な戸惑いを演じてみせる。すると少年は先ほど危惧していた通りの反応を返してくる。


「驚かせてしまい申し訳ない。付き添いがいないようだけど君は迷子なのか?」

「ち、ちがいます」

「じゃあ君はなぜここにいるんだい? 今日はパーティーが開かれているはずだけど」

「それは、えっと・・・・・・」


 思わず言葉を飲み込んでしまった。が、ここは素直に言ってしまうのが一番良いだろう。私のことを言うなら相手だって同じことだ。


「実は、パーティー会場の入口が混んでて。それで退屈だからここに来ました」


 と、思い切って言ってみると。


「―――ふっ・・・・・・あはっ、はははっ。なるほどそうか、そうなんだ。パーティー会場が混んでたからか」

「・・・・・・何が面白いんです?」

「いや、すまない。悪気はないんだ。ただ理由が自分と同じだったからつい笑ってしまっただけなんだ」

「えっ、あなたもそうなんですか?」

「あぁそうだぞ、一向に入れなかったから思わず一人でここに来てしまった。どうやら君とは考えることが同じのようだね」


 と言うと少年は私の横を通り過ぎていく。


「まぁ君が来ちゃったならしょうがない。僕は戻るとするよ」

「あ、ありがとうございます・・・・・・?」

「また会えたら、その時はお互い名を名乗ろう。じゃあね」


 パレットは少年の背中を目で追った。

 私が来た道をそのまま戻っている。本当にパーティー会場に戻るつもりのようだ。同士なら別にいてくれても良かったけど。

 まったく歳不相応な少年だ。しかも黒髪。この世界に黒髪なんて存在した記憶はないが、おそらくゲームの描写外の設定だろう。ゲーム本編で出なかっただけで黒髪は存在したのだ。

 

「うーんあの少年、誰かに似てたような・・・・・・」


 ―――私が知ってる黒髪と言えばフリセル王国のヒロインくらいしか思い当たらないんだけど、あの子は男だし違うか。

 時間が経つにつれその疑問は薄れていき、パレットは三十分ほど一人の時間を堪能した。


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る