第5話
ゴーン ゴーン
夕暮れ時の鐘の音が皇都に響き渡る。
地獄の着せ替え時間が終わりを迎えると同時に、父は部屋に入ってきた。
「パレット、母さん、着替えは済んだのかい?」
「えぇ、もうばっちりよ」
母は誇らしげに言った。
―――私は体力的にばっちりじゃないよ・・・・・・。
パレットはがっくりと肩を落とす。
着せ替え時間は朝から途切れることなく続き、結局六時間はかかった。昼食は摂ったから正確にはずっと着替えていたわけではないけど。まぁほとんどずっとやっていた。
「ふふ、疲れたかい? 母さんも手加減しないと駄目じゃないか」
「そんなこと言われても、これだけは譲れないもの」
「う〜ん、こうなった母さんは父さんにも止められないからなぁ。でも、よく似合っているよ」
「ありがとう、お父さん」
私が今着ているのは、淡い空色と濃い青がきれいに服の形を成したドレスだ。散々悩まれた末、私の瞳の色と合わせるというなんとも安直な結論に至られた時は意識が飛ぶかと思った。
だが私に発言権はなく、文句を言う資格も持ち合わせてはいない。今の母に逆らうなど言語道断だ。しかし似合っているのなら良かった。最悪でもあの耐えは無意味ではなかったのだから。
「よし、そろそろ城へ向かうよ。あと二時間後に皇子皇女様方の誕生パーティが始まる」
「あら、もうそんな時間? ならもうここを出なきゃね。パレットちゃんは母さんと父さんについて来れば大丈夫よ」
「分かってるよ。お母さん」
パレットが相槌を打つと、父は人差し指を立てて言った。
「あ、でも皇家に挨拶するときだけはしっかりやっておくれよ。無礼を働いたら父さんでもマズイから」
「うん、任せて」
無礼を絶対に働かない自信がある訳では無い。だが、パーティにろくに出ず、本を読み漁っていたこの私でも最低限のマナーは身につけている。それに前世でパーティには何度も出ていた。人ごみの中も大して問題にはならないだろう。だから、きっと余裕なはずだ。
父は窓の外を見ながら言った。
「じゃあ二人とも、馬車に乗って。馬車は我が家の入り口に停めてあるから」
そうして私は八人の皇子皇女がいる城に向かった。馬車ではもちろん寝てしまい、お祭り厶ードの街の景色を楽しむ余裕は無かった。
※
「君は、なぜここにいるんだい?」
艶やかな黒髪の美少年が私の前に立ち、私に問うてくる。
しかし、私こそ問いたい。「なぜこんな美少年が一人で城の庭園に!?」と。なぜなら今日はレドリー帝皇国の皇子皇女の誕生パーティ。本来なら庭園には私の他に誰もいないはずだったのだから。
この意味不明な状況に陥ったのは十五分前まで遡る。
―――無事にパーティ会場の前に着いた私は一人で暇を持て余していた。
パーティ会場である城にはすでに他貴族で溢れかえっており、どうやら私と同年代の令嬢令息が多いようだった。みんな自分の子供を皇家に売り込みたいのだ。
いささか不本意ではあるが、他から見れば私もその一人なのだろう。本当に不本意極まるが。とはいえそれ自体を否定するつもりはない。地位あるものに近づくのは普通のことだ。
よってそれは別にいい。いいのだが・・・・・・。
―――この量はないでしょ、ない! ほんとにない! 多すぎるよ!
そう、パーティ会場に着いたは良いものの、人だかりができすぎて肝心の中に入れなかったのだ。おかげで両親とははぐれるし、いっこうに入口も使えないしで、もう終わっていた。
もうここにずっといても仕方がない。だから私はこの暇をつぶすために、城にある庭園に向かおうと思っていた。
両親には急にいなくなって悪いが、ここでじっとしてろと言うのもそれこそ精神的に悪い。もう私の中で決定してしまったことだ、そうと決まればさっそく行ってしまおう。
これが、私が城の庭園に行った、小さな理由だった。このせいで、私は謎の美少年と相対さなければいけなくなってしまうのだ。
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