第3話

「じゃあ、また後でね。お母さん」

「ええ。いつもの時間にまた呼びに来るわ」


 ここは城に隣接する皇立図書館。

 古めかしくも温かみが感じられる、木造の本棚が見渡す限り壁一面に広がり、そこに余すことなくぎっしりと本が詰められている。

 今日は平日で、しかも朝っぱらから来ているため、私たち以外にあまり人はいない。

 いるとすれば・・・・・・中央に並べられた机椅子におじいさんが一人いるくらいだ。


 私は今日もこの場所で本を読む。

 皇立図書館は城から近く、かつ安全な場所であるため両親もすぐに許可してくれた。

 今では入り浸りすぎて両親もお弁当を持たせてくれる始末だ。

 社交界とか、個人的にはどうでもいいのだが、両親がこうも素直に図書館に籠もることを許可してくれると逆に違和感もある。


 まあ、ありがたいことなのだから私がそんなことを気にする必要は無い。

 

「う〜ん。今日も読むぞ〜 」


 朝なので軽く体を伸ばしながら小声で呟く。

 昨日までは割と出版が古い本から手を付けていたため、最近出た本にまだ手を付けていなかった。

 今日は比較的新しめの本をじっくりと読んでみようと思う。

 

 パレットは新刊がまとめられているエリアの本棚から、三冊ほどを取り出して図書館中央に置かれた机に向かって座る。

 とりあえずジャンルは確認せず持ってきている。どんな種類の内容だろうと片っ端から読むようにはしているつもりだ。


「 えー、この本たちは・・・・・・」


 『レドリー帝皇国の歴史 改』と『魔獣の活発化について』と『ケリド大陸植物 完全版』。

 やはりいつものようにジャンルはバラバラだ。しかし、適当に取り出しているから当然のことである。


 まずは、『魔獣の活発化について』から読んでいこう。

 私は基本的に年がら年中皇都住まいだが、だからといって魔獣に襲われない確証はない。

 平穏な生を全うするのならこういう外敵の動向に目を配っていても損はないだろう。


 パレットが選んだ本の表紙を捲ろうとすると、斜め向かいに座っていたおじいさんが話しかけて来る。


「お嬢さん。その年で随分と難しい本を読むのじゃな」


 灰色のローブを羽織った白髪の、いかにも物知りな雰囲気を醸し出したおじいさんだ。

 私がこの図書館に来るようになってから、毎日私より先に来て本を読んでいる人だ。ここにも何年も通っているのだろう。


「はい。難しくても読んでみたら案外理解できます」

「ほっほっほ。そうかそうか」


 とは言ってみたけど、二つの前世を合算すれば中身はとっくに四十超えの大人だ。

 読むだけなら難しくもなんとも無い。


「ここのところ、お嬢さんの姿をよく見るものだからつい話し掛けてしまったよ。最近は一日中ここにいるじゃろう?」

「あぁ〜、そうですね」


 おじいさんは私が来ても見向きもしないから、てっきり私みたいな子どもは眼中にないと思っていた。だが、しっかりと見ていたようだ。

 

「おじいさんはいつからここに来るようになったんですか?」

「わしか? わしは昔から仕事の隙間を見つけては来ていたんだがな、最近はその仕事も降りてしまったから・・・・・・もう五年は入り浸っているかもしれんのう」

「五年も・・・・・・。仕事は何をしていたんです?」

「隣の城でちょいと色々やっていたよ。今では孫たちがそこで動き回っている今日このごろじゃ」

「へぇー。お孫さんたちが・・・・・・」


 おじいさんはもう良いお年のようだし、その孫たちはきっと私よりも年上なのだろう。

 すると、おじいさんは苦笑交じりに言った。


「本音を言えば孫たちとはもっと一緒に過ごしたいのだがなぁ。今では孫たちがそうできない立場になってしもうた」

「お孫さんたちって、そんなに偉い立場の人なんですか?」

「そこそこじゃよ。そこそこ」


 今度はにこっと笑って言った。

 ここまで曖昧な説明をされると根掘り葉掘り訊いてみたくなる。が、それははばかられた。

 今日初めて会話した他人の事情に、首を突っ込むほどの度胸は私には備わっていない。

 ・・・・・・でも気になるものは気になる。あとでお父さんにでも訊いてみよう。


 と私は密かに決意した。

 おじいさんは読み途中のページを開いて、再び読書の態勢に入る。


「すまんのう。わしのつまらん話に付き合ってもらって。では、お互い自分の時間に戻ろうか」


 パレットは名前を訊くべきか迷った。

 しかし、この人との会話はこれきりだと考え、そのままこくりと頷いた。



 

 

 

 



 

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