2章

第1話 


 私は二度死んだ。

 最初は普通の大学生だった。

 その次はゲームの世界の悪役令嬢。

 そして、そのどちらもが若くして死に、人生を謳歌できずじまいであった。


 今度こそ終わった、と思った。

 もう二度と転生はしないと思っていた。

 しかし、今の私にははっきりとした意識があり、視界は天井を捉えていた。

 これはもしかしたら・・・・・・いや、もしかしなくても。


 ―――私はまた転生してしまった!?


 と、私は勢いよく起き上がろうとする。しかし。

 ・・・・・・あれ? 起き上がれない。


 どれだけ体に力を入れても起き上がれない。

 手足は付いているし、動かせる。けれど視界に入ってこない。

 全身が何かに覆われている感覚がある。ふさふさとしたこの感触、おそらく毛布だろう。

 ではベッドか布団の中にいるということになるが。


 なぜ起き上がれないのか。

 そこで、私の脳内に一筋ある推測がよぎった。

 ―――まさか、今回の転生は、赤子からなのだろうか。


 前世、パレントに転生した時は王太子とヒロインに出会う少し前からだった。赤子からスタートしたわけではない。

 ちなみにこの推測が正しいことはあることをするだけで分かる。それは・・・・・・。

 ―――喋ること!

「ぁうあうあ!」


 残念。これで確定だ。

 さっきから脳がよく回らないのも、赤子の脳が私の意識の程度に釣り合っていないからだろう。おまけに眠くなってきた。

 急激にまぶたが重くなる。この眠気には抗えなさそうだ。


 とりあえず、今日はゆっくりと眠ろう。

 課題に追われることもなく、悪役令嬢として断罪される恐怖も無いのだ。

 今は心ゆくまで眠りまくって、次起きた時にこの世界のことや私自身のことについて調べよう。


 私はまどろみの中、そう決めてからゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 


 それから小さな赤子が眠りにつくと赤子の両親が部屋に入ってくる。

 両親は揺りかごを覗き込んだ。


「―――あら、あなた、もうこの子寝ちゃったわよ」

「なに!? さっきまでは起きてたよな!? せっかくご飯を持ってきたのに・・・・・・」

「もう、だから言ったじゃない。起きたらまた食べてくれるわよ」

「お父さん、久々に家に帰って来たんだよ? 僕はもっとこの子と触れ合いたいんだけどなぁ」

「子どもは寝るのが仕事だもの。仕方ないわ。それより・・・・・・あなた、この子の名前はもう決まったんでしょうね」


 母は軽く睨みつけるように夫に訊いた。

 彼は子が産まれてもなお、付ける名前を考えに考え込んで名付けを先延ばしにしていたのだ。

 夫が名前を決めることに関しては異論はないが、母親としては流石にそろそろ決めてもらわなければ困るし、不満なのだ。


「もっ、もちろん。城に行っている間に考えて来たさ。・・・・・・言ってもいいかな?」


 弱腰の夫に苦笑しながら母は言った。


「ええ、教えて」

「では、この子の名前は・・・・・・ずばり『パレット』だ」

「パレット? パレットって・・・・・・」

「そう、我が国の皇子皇女を救ったと言われる、あのパレント様にちなんで付けたんだ」


 彼が仕える皇家の皇子と皇女は全部で八人いる。

 その兄弟姉妹は幼い頃に遠出をしたきり行方知れずとなってしまっていた。

 そのまま十五年の時が過ぎた。

 そして国中を捜しても見つからなかった彼らは隣国の辺境の地で暮らしていた。


 最初は隣国の辺境にある街でやたら美男美女の兄弟姉妹が住んでいるとの噂が我が国に入ってきた。

 すると彼らは街に住んではおらず、深い森の奥から働きに出るときだけ街に姿を現していた。


 皇子皇女が住んでいた家は森の奥に建っており、とてもではないが広い家ではなかった。むしろ狭いくらいだったようだが、皇子たちは明確にその家を愛していた。

 その理由を聞くと、パレントという名の女性の家だから、と全員が答えた。


 さらに聞けばそのパレントという女性は、ある日奴隷商から逃げてきた瀕死の皇子皇女を救ってくれた恩人なのだそうだ。

 以降、祖国に戻った皇子皇女は今でもその女性を慕い続けており、パレントは皇家の中でも敬うべき存在となっている。


「どうだ? いい名前だろ?」

「・・・・・・一応確認するけど、ちゃんと許可は貰っているの?」

「もちろん貰ってるよ。この子にはパレント様のような人になってもらいたいんだ」

「・・・・・・『パレット』、いい名前だわ。この子にも次起きた時にぜひ伝えてあげましょう」

「ああ、そうだな」


 パレント改めパレットは、自分がとんでもない存在になっていることをまだ知らない。

 

 


 

 

 



 

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