第6話 1つ目の扉


 目を開けた。


 暗い……。



 何も見えない。


 音も聞こえないし、足を踏み鳴らしても、そこが地面なのかすらわからない。


 そもそも、あたしは本当に目を開けているの?

 本当に立っている?

 息はしてる?



 感覚がない。わからない。何も、わからない。


 何も……。







「カーラさん!!」

「カーラさん!!」



 二人があたしを呼ぶ声が聞こえ、あたしはビクッと反応した。何も見えないと思っていたが、あたしの両隣に一つずつ光が浮かび上がっていた。


 あたしも同じように魔法で光をだす。すると、少し離れた左側にはダンテが、同じく少し離れた右側にムイがいるのがわかった。


 あたしはようやく感覚が戻ってきたのを感じた。冷や汗をかいて、体が少し震えていたが、ちゃんと立っているのがわかるし、息もしている。

 首からはリングをさげているし、腰には剣を刺しているし、荷物も背負っている。

 大丈夫。何も失くしてない。



「カーラさん、大丈夫ですか?」

「光出してれば怖くないよ!」

「僕もめちゃくちゃ怖かったんですよ!」

「ダンテこういうのニガテだもんね!」

「ムイだって怖かっただろ?」

「俺はちょっとだよ! ダンテみたいに叫んでないよ」

「なんで叫んでたのバレてるんだ!? 聞こえてないだろ!?」

「絶対そうだろうなあって思ったから」



 二人が心配してくれる。いつもなら「うるさい」と言っていただろうけど、今はゆっくりと息をするだけで精一杯だった。


 それにしても、さっきまで暗闇に押しつぶされそうになっていたのに、二人の声を聞くだけでこんなにも安心するなんて。

 たった数日一緒にいるだけなのに、どうやらあたしは自分で思ってた以上に、二人のことを頼りにしているようだ。



 あたしたちは暗闇の中にいた。


 唯一見えているのはお互いの姿と、足元の道だけ。道は黒よりも少し薄い色をしているおかげで、なんとか道だと認識することができた。


 あたしは光を強くするが、道の5メートル先までしか見えず、しかもその道は人ひとりが歩けるほどの幅しかなかった。道の周りは暗闇と同じ色をしていて、もし足を踏み外せば、どうなるかわからない。


 二人の足元も同じようになっているらしい。つまりあたしたちはそれぞれが別の道に立っているということだ。

 どこかで合流しているのか、それとも交わることのない道なのか。



「道が3つあるわね」


 あたしはようやく声を出した。もう震えはおさまっていた。


「見えてるのは3つだけど、もしかしたら他にもあるのかもね」


 ムイがあたりをキョロキョロしながら言う。

 確かにそうだ。暗闇のせいで見えないが、道が3つとは限らない。

 どれか一つが正解の道、ということなのか……。



「カーラさん! 僕とムイを、カーラさんのところまで運んでいただけますか?」


「……え? どうして?」


「カーラさんの道を一緒に進むんだよ」


「!? なんでよ!?」


 どうして一緒に行くのよ。



「意味がわからない。まず、なんで3人一緒なの?」

「なんでって、一緒に行きたいからだよ」

「答えになってないわよ! そもそもそんなことして何か起こったらどうするの? あなたたちがこっち来た瞬間に、攻撃されたり、道がなくなったり!」

「大丈夫ですよ! 何も起こりませんから!」

「その自信はどこからくるのよ!?」

「師匠の情報だよ!」

「そんなことまでわかってるならさっさと全部教えなさいよ!」

「教えたらカーラさん僕たち放って一人で行くじゃないですか!」



 あたしたちはギャーギャーと言い合いを始めた。どれだけ大声をだしても声は響かず暗闇に吸い込まれるように消えていく。

 辺りにはなんの気配も感じないが、もし誰かがこれを聞いていたら、なんてバカな会話なんだとさぞかし滑稽に思っただろう。




「……じゃあ、やるけどね! いいのね!? ほんとにやるからね!」


 あたしは無理やり丸め込まれて不貞腐れていたが、二人は元気に「はい!」と返事をした。



 その師匠が生きていたらぶん殴ってやりたい気分だった。こんなひねくれた方法を試そうとしたその精神がまず理解できない。ある意味一発勝負、選択ミスは死を意味するかもしれないのに。

 だが同時に、この情報があるということは、師匠も一人ではなかったということになる。



 あたしは二人を魔法で浮かせ、あたしのところまで運んできた。念の為二人には自身を結界で覆ってもらい、そのまま移動させた。

 道は狭いので、あたしの後ろに怖がりのダンテ、その後ろにムイを降ろした。


「ふぅ……」


 とりあえず無事に運べた。たったこれだけのことなのに、えらく消耗した気がする。


「ありがとうございます!」


「あ、見てみて。俺たちのいたところが消えたよ」


 左右にあった二人の道がすーっと消えていった。そちらに光を向けても、もう何も見えなかった。こうなってしまえば、もうここ以外に進む道はない。



「……行くわよ」


 あたしは気を引き締めた。


「はい!」

「はい!」


 それぞれが光をだし、絶対にはぐれないよう間隔を保ちながらゆっくりと歩き出した。


 5メートル先しか見えない恐怖。横も上も、なにもかもが真っ黒で音もない、こんなところに一人で来ていたら、誰だって心を折られるのではないかと思うほどだった。


 だというのに、後ろの二人はずっとしゃべっている。


「ダンテ、お腹すいてきた?」

「うーん、わからない。すいたようにも思うし、すいてないようにも思う」

「時間わからないよね。ここってどれだけ大声だしてもなんにもないのかなあ」

「ずっと静かだよな」

「そうだ! ダンテ! 歌を歌ってよ! 元気になるやつ!」

「うーん、カーラさん、いいですか?」


「……えっ? ええ、別にいいけど」


 聞かれるとは思わなかったのであたしは少し驚いた。駄目と言われると思ったのだろうか。


「いいって!」

「では! 歌います!」



 ダンテの声があたしたちを包み込む。暗闇のなかでピリついた神経が、暖かい歌声で溶かされていくようだった。

 あたしはもし一人でここに来ていたら、どうしていたんだろうか。




 しばらく進んでいると、5メートル先の道幅が広がっているのがわかった。


「止まって」


 後ろの二人がピタッと止まる。

 まだ何があるのかは見えないが……。


「これは、行くしかないのよね?」


「はい」


 ダンテが答える。

 あたしは前にシールドを張りながらゆっくりと進み、広がる道に足を踏み入れた。そして最後尾のムイがそこに入った瞬間、あたりが明るくなった。



 そこは白い地面だった。

 周りは暗闇、その中に突如として現れた空間には灯りらしきものは見当たらないのに、白い地面のおかげかあたりは明るかった。

 そして奥には、巨大な扉があった。


 両開きの黒い扉は銀色で縁取られ、金色の丸い取手が左右に一つずつ付いている。そして、模様なのか記号なのかわからない何かが、扉のいたるところに描かれていた。



 圧倒的な威圧感を放つ扉に、あたしは言葉を失った。二人もあたしの両隣で扉を見つめていた。


 ここは幅、奥行きともに20メートルくらいのひらけた場所で、巨大な扉以外は何もなかった。


 あたしは何か他にあるかと扉の後ろを見に行ったが、地面は扉のところで終わっていて、どこにも行けないようになっていた。


 扉に近づいて模様を見るが、何なのかさっぱりわからない。



 さてと。



「これはどうすれば」

 と言いかけて二人を見ると、なぜか座り込んでご飯の用意を始めていた。



「………………………………なんで?」







「あー、いい匂いだなあー。ムイ、いっぱい匂って」


 確かにいい匂いだけども。


「うん。ああー、ずっとこうしてたいなあ」


 そうかもしれないけども。



 ムイは持ってきた大きな骨つきの肉を、魔法の炎で炙っている。肉の油が地面にポタポタ落ちているが、二人は気にしていなかった。さらに肉の上にチーズものせて一緒に炙る。よくこんなのリュックに入れてたわね。


 見ているだけでヨダレがでそうだったけど、この落ちてる油とかもしもあとから来た人が見つけたら、なんて思うんだろう。


「ムイ、スープもだす?」


「うん! そうだね」


「スープは僕が温めるよ」


 どれだけ持ってきたの。魔王のお膝元で、謎の扉を前に、ご飯を食べる。



「なんか……すごいわね」


 出際よく準備する二人を見て、あたしは逆に感心した。


「カーラさんも、食べるの好きですよね?」

「楽しみがあると、頑張れるんだよ」


 まあそれはね、そうだけど。



 そして当たり前のようにあたしの分まで用意してくれている。




 そこで、ふと思った。




 なんだかあたし、何もしてない。道案内してもらって、ご飯も作ってもらって、二人がいるおかげで恐怖を忘れられて。

 こんなんで偉そうなこと言ったら罰があたりそうだ。



 地べたに座り込み、出来立ての料理をいただく。ほんとにおいしい。

 あたしは具だくさんのアツアツスープをちびちび味わいながら、ぼんやり辺りを見ていた。


 すると、いつもならすぐに食べるムイが、肉を持ったまままだ一口も手を付けていないことに気がついた。


「……ムイ? どうしたの?」


 あたしはつい気になって声をかけた。


「香りを楽しんでるんだー」


 ムイはニコッと笑う。

 香り? そんなこと今までもしてたかな。


 その横でダンテが少し悲しそうな顔をしていることに、あたしは気づいていなかった。







「それで、これどうするか知ってるの?」


 ご飯タイムを終わらせ、あたしたちは扉の前に立つ。


「はい」

「これはただ開けるだけでいいんだよ」


「……そうなの?」  


 あたしは二人を見る。それだけ?それだけのためにこんな立派な扉があるの?


 あたしの不安を感じ取ったのか、二人があたしに笑いかける。


 数日一緒にいて、信じてみたいと思うようになっていた。だけど、さすがにこれには不安を拭えない。


 それに心なしか二人の雰囲気がいつもと違う気がする。少し緊張しているような、ぎこちない笑顔に思えた。


「よしっ! 俺が開けるよ!」


 ムイが前へ出る。


「……大丈夫なの? あたしやるわよ?」


「大丈夫大丈夫!」


 本当に? ムイの笑顔を見てると、あたしはなんとも言えない気持ちになった。

 あたしはムイを囲う結界を張った。無意味だと思われても構わない。あたしができる、一番強力な結界魔法を使った。



「ムイ……。頑張れ!」


「うん! 任せて!」


 ムイは、力いっぱい扉を押した。

 そしてあたりはまた、何も無い暗闇に包まれた。


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