第5話 入り口

 

 色のない世界を創ろう

 すべての光を揃えて

 一つ一つ混ぜていって

 新しい光を作ろう

 すべてが輝きだせば

 いつか影が現れるから


 色のない世界を取り戻そう

 一つ一つ光を消していこう

 一つ一つ影を落としていこう

 始まることのない朝を

 終わることのない夜を

 一人で生きよう


 色のない世界に行こう

 誰もいなくなって

 何もかもがなくなる

 集まれば光が生まれてしまう

 すべてを闇に戻そう

 もう誰も悲しまないように








 何か聞こえる……。

 歌? きれいな声。どこかで聞いたことがある歌だ。


 この歌は確か、魔王の……。



 うっすら目を開けると、太陽が昇っていた。暖かい。鳥のさえずり、心地よい風の音、陽だまりの匂い、とても穏やかな朝だ……。



 朝……。朝!?


 あたしはガバっと体を起こした。

 朝じゃない! もう昼だ!


「いたたっ」


 いきなり動いたので背中に痛みがはしり、抱えていた剣がガチャンと倒れる。後ろを向くと、大きな木があった。木にもたれかかって寝ていたようだ。どうりで痛いわけだ。


 木……?

 なんで木にもたれかかってるの。



 えー、なんだっけ、何してたっけ。あたしはぼんやりと地べたの落ち葉を見つめ、寝ぼけた頭で考える。


 確か昨日は噴水の前で手紙を……。違う違う。それは昨日じゃない。



 ふと、服のこすれる音がして横を見た。


「カーラさん、おはようございます」


 パッツンが、じゃなくてダンテが笑顔であいさつしてきた。



 ……思い出した。あたしとうとう出発したんだ。



「……はよ……」


 あたしはガラガラの声で返事をして、また木にもたれかかった。木々の隙間から青空が見える。ゆっくりと進む雲を見ていると、なんだかまた眠気が襲ってきた。

 結界を張っていたから魔物に魘われる心配はないとはいえ、のんきに熟睡していたようだ。


 向こうから落ち葉を踏む足音が聞こえてきたが、とりあえずぼーっとすることにした。



「あ、カーラさん起きてる。みてみてダンテ! でっかい魚捕まえてきたよ! 朝昼兼用ご飯にちょうどいいよね」


「ありがとう! ムイはすごいな! どうやって捕まえたんだ?」


「変な虫がいたから投げ込んでみたら、ちょうど食いついたんだ!」


「へえ。どんな虫?」


「すごく気持ち悪かったよ! こう、足がいっぱいあって目がたくさんあってウニャウニャーって! 魚捌いたら中から出てくるかなあ」


「えっ!? それは気持ち悪いかも!」


 あたしは二人がキャッキャしてるのをただ聞いていた。

 ほんと、朝から元気だな。


 ……もう昼か。




 



「今後の予定は?」


 あたしは自分で用意してきたごはんを食べながら尋ねる。


「このまま進みます。池があるあたりまでです。数日かかると思います」


「はい、ダンテ。熱いから気をつけてね」


 ムイが木の枝に刺した焼き魚を渡す。


「ありがとう。すごくいい匂いだなあ。いただきます」


「絶対おいしいよ。山菜も焼いたから、つついて食べてね。変わったのを見つけてさ。前にビタさんにおいしいって教えてもらったことがあったやつだよ。よし! いただきます」


 3人で焚き火を囲みながら、腹ごしらえをする。ムイは料理が得意みたいで、ものすごくいい匂いがただよっている。

 そういえばこの前もらったクッキーもおいしかった。


「カーラさんは朝から揚げ物? さすがだね!」


「……サンドウィッチ……」


 あたしはモグモグしながら小声で話す。


「えっ? なんて?」


「……サンドウィッチ、なんだけど……」


 あたしは急に恥ずかしくなって目をそらした。


 二人の視線があたしの手の中にある物体に集まる。サンドウィッチらしらかぬ茶色く香ばしい色、焼いたはずなのにまるで揚げたようなテカリ、その中で迷子になっている具材。



「はっ! もしや新しい料理!」


 ムイが目をキラキラ輝かせる。そんなわけないでしょ。


「料理、ニガテなのよ……」


 あたしは食べるのはめちゃくちゃ好きなのだが、料理が壊滅的に下手だ。ランデルに教わったこともあるが、一向に上手くならない。

 このサンドウィッチも全然おいしくないのだが、食べないとやっていけないから仕方ない。



「カーラさん、食べる?」


 ムイが「はいっ」と言って魚を渡してくれた。



「……いいの?」


「? 当たり前だよ! おいしいよ」


「……ありがとう」


「その変わり、そのサンドウィッチ味見させてくれない?」


「それは絶対ダメ」


「ええーっ」


 そんなこと言われても無理なものは絶対に無理だ。これ以上醜態をさらしたくない。

 あたしはアツアツの魚にかぶりつく。塩加減、焼き加減が絶妙で、ただの魚なのにとにかく信じられないくらいおいしかった。



『おまえはいつも一人だからな。誰かと食べるとおいしいだろ?』

 そう言ってニンマリするランデルの声が聞こえてくるようだった。



 わかってるわよ。あたしだって、ずっと一人だったわけじゃないんだから。





 そういえば、さっきの歌って、ダンテの声に似てたような。


 あたしはダンテを見た。これは聞いていいんだろうか。気のせい、ということもあるけど。

 いや、聞こう。こういうモヤモヤを溜めていると、あとで誤解が生じるものだ。


「ダンテ、あなたさっき、歌を歌ってなかった?」


「あ……、はい」


 少し視線を落とすダンテ。ムイはとくに表情を変えず、山菜を頬張っていた。



「あれってさ、魔王が生まれた国の歌じゃなかった?」


「そうです」


「ってことは……」


「はい。僕は、ムイもですけど、あそこで生まれたんです。ただ、幼いころによその村に移ったので、そこでの記憶はあまりありません。国は、もうなくなってしまいましたけど」


 二人ともか。


「じぇんぜんおほぉえてないよ。こどもだったもん」


 今も子供でしょ。


「僕の母がよく歌ってくれたんです。母は祖母から教わったって。村に行ったときに、故郷のことは秘密にしようねと言われたんですけど、僕がつい、歌ってしまって……」


「それで、住んでた村の人たちにバレちゃったんだ」


「どうして他の場所に移らなかったの?」


「僕と、母とムイとでその村にいたんですけど、母が体を悪くして……死んでしまって。僕らはまだ子供で、どうすることもできなくて。万が一村から出れたとしても、外は魔物だらけ。襲われれば助かりません」


「村の外は魔物がいたのに、どうしてその村は安全だったの?」


「村には強力な結界が張ってあって、魔物は入れないんです。ただ、その結界が少し厄介で……。結界の魔力は村の住人から補給しているんです。そして、一度村に入り込んだ人間は、村長の許可がなければ、村の結界から出ることができないんです」


 なるほど。魔物から守られる変わりに、魔力を提供しているのか。一度入った人間は逃さず、都合のよいエネルギー源として死ぬまで飼われ続ける、というわけだ。



「俺の母さんはもう死んじゃってたから、国を出る時にダンテについていったんだ。その村の隅っこで3人で暮らしてた。ぼろぼろの小屋だったよ。みんなに物投げられたり、盗まれたり、とにかくいろいろされた。俺たち何にもしてないのに、あそこの国で生まれたってだけで、魔王の手下だって、おまえらは魔物だって」



 そういうことか。あたしはいつもの雰囲気と違う真剣な二人の表情を見て、何も言えなかった。

『頑張って耐えたんだね』と声をかけたところで、何も変わらないし、心が軽くなることもない。


「そっか」


 あたしはそれしか言えず、パチパチと火花を散らす焚き火をただ見つめていた。







 数日後の夜。

 あたしたちは森の中にある池に着いていた。ここに来るまでに何度も魔物に遭遇したが、二人の手際もよく特に問題なく対処できた。


 今日は満月だった。魔物の森は月の光に照らされて、不気味ながらもどこか神秘的な雰囲気が漂っていた。ときおり吹く冷たい風が、池に映る月を揺らしていた。


「さてと、これからどうするの?」


「あれが入口です」


 ダンテは池に映る月を指差す。


「あれがどうしたの?」


「あれに飛び込むんです」


「へえ、あれが……。じゃ泳がないとね」


「飛び込むんだよ」


「……どこから?」


 二人は揃って上を指す。まさか……。


「……上から飛び込むの?」


 二人が頷く。


「あなたたち飛べるの?」


 二人が首を横にふる。


「あたしが運ぶの?」


 二人が頷く。


 誰がこんな方法を思いつくの。二人の師匠はよほどすごい人物だったのだろうか。何かヒントでもない限りわかるわけがない。



 あ、もしかして……。


「もしかしてあの歌だけどさ、何か魔王を倒すヒントになってるんじゃないの?」


「それはありません」


「……どうしてよ?」


「俺たちの国ではよく子守唄歌として歌われてたんだ。そんなヒントがあるような歌じゃないよ」


「……そう」



 ……何かおかしい。


 あたしからすれば、あの歌は何か意味があるようにしか思えなかった。でも、二人は違うと即答する。嘘を付いているようにも見えない。本当に関係ないと確信している感じだ。


 二人の様子を見るに、これは聞いても答えてくれないだろう。



「じゃ、飛ぶわよ」


「はい!」

「はい!」


 二人は目を輝かせている。飛行魔法にワクワクしているようだった。


 あたしは魔法を発動し、まず地面から1メートルほど体を浮かせた。


 二人は「おおっ!」と言いながら少しふらついて笑っていた。

 それにしても重い……。二人のリュックがでかいせいだ。いったい何が入ってるの。


 あたしたちはそのままゆっくりと池の月まで近づいていく。そして飛び込める高さまで上がり、位置を確認する。



「ダンテ、ついに飛べたよ」


「ああ、夢が一つ叶った」


「あそことか、違う木が生えてるよ」


「ほんとだ。あ、あっちには大きな岩があるぞ」



 二人は目に付くものを片っ端から言い合って、空からの景色を目に焼き付けていた。あたしも初めて飛んだときは、そうだったな。

 今は時間がないが、無事に戻れたら今度はゆっくりと空中遊泳させてあげよう。



「ムイ、ダンテ。行くよ」


「はい!」

「はい!」



 魔法を解除した。

 あたしたちはそのまま池の月に吸い込まれるように落ちていった。




 3人で空を飛ぶのは、これが最初で最後となった。

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