第4話 さよなら
「おはようございます!」
「おはようございまっす!」
「……はよう」
あたしはかすれた声で不機嫌丸出しのあいさつをした。なんで朝からそんなに元気なの。あたしはじとーっと二人を見つめる。
きちんとした格好だな。ちゃんと剣も持ってきてるし。あたしなんて髪はくるくるボサボサで服なんてゆるゆるズボンの寝間着のままだっていうのに。
あたしは朝が弱い。たいてい不機嫌だ。大きな音を立てられるとイラッとするし、元気な人を見てもイラッとする。テキパキ動かれるのも嫌だし話しかけられるのも嫌だし、ぼーっとしているから頭の回転も動作も遅い。こんな早朝ならなおさらだ。
まだ街は起きておらず、キーンとした静けさに包まれていた。水のない噴水前には誰もいなかったが、念の為より人気の少ない街のはずれのほうまで行くことにした。
あたしは何も言わずのそのそ歩き出し、二人も何も言わずについてくる。
「うーーーーー」
寒い。あたしは手を脇の下に挟む。吐く息が白いと余計に寒く感じる。マフラーを巻いてきて正確だった。太陽の光が建物に遮られて届いておらず、どこもかしこも影ばかり。
あたしは半分目をつむりながら、暖かい場所を求め歩いた。
少し歩くと街のはずれに着いた。建物の裏側に行くとすぐそこは森の入口だった。太陽の光がキラキラと辺りを照らしている。あたしは早足になってその陽だまりの中に入り込んだ。
「はあーーーーーー」
上を見上げ、思わず安堵の声がでる。あったかい。ここは天国だ。
「なんか一人だけスポットライト浴びてるみたいだ」
「ダンテー。俺たちもあそこ行ってもいいかなあ。ここまだ日陰で寒い」
あたしたちは建物と森の間の地べたに座り込んだ。ようやくあの話を聞くことができる。
昨晩は結局あのまま話ができずに解散となってしまった。ずっとサリイが二人にくっついていたため、話を切り出せなかったのだ。
あたしは二人に逃げられるんじゃないかと内心ドキドキしていたのだが、ちゃんと来てくれてよかった。
「それでぇ……うぉっほん! 失礼しました……。えぇとー、魔王への道を知っている、という話だけど」
ガラガラの声をなんとか戻すが、まだか細い声しかでなかった。
「はい!」
「バッチリ知ってるよ!」
うっ……。声が大きい。でも我慢我慢。情報収集のためだ。
「どうして知っているの?」
「師匠が知っていたんです」
また師匠か。
「どうして師匠は知っているの? 知っている人は、誰一人生きて帰って来ないのよ」
「師匠は途中まで行くことができたんです」
「……途中まで行って、戻ってこれたっていうの?」
「そう!」
そんな話、聞いたことがない。
「あなたたちは、その道を教えてもらって、正確に覚えているの?」
「はい!」
「ほら! これ!」
きのこ頭は上着の内ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「ここに書いてあるんだ。師匠に書いてもらったんだ」
「へえ、見せて」
「それは駄目!」
きのこ頭が紙を引っ込めた。
「なんでよ」
「見せたら僕たちと一緒に行ってくれなくなるじゃないですか」
……さすがに引っかからないか。
「どうですか? 俺たちと一緒に行けば、サクサク魔王のところまで行けますよ」
「……怪しい」
「えっ?」
「えっ?」
「どう考えても怪しいでしょ。そんなオイシイ話がある? 第一に、その情報の信憑性が低すぎる、あたしまだあなたたちのこと信用してないし」
そうだ。あたしはまだ何も知らない。昨晩はいきなりのことで思わず信じてしまいそうになったが、冷静に考えるとおかしすぎる。
「ええ? こんなにお慕いしてるんですよ!」
「俺たち、お姉さんのことめちゃくちゃ信用してるよ!」
「あたしはしてない」
あたしの言葉に、あきらかに二人が落ち込む。そんな顔をしないでほしい。なんだかものすごく悪いことを言った気分になる。
「だって……もしあなたたちが魔王の手先だったら、あたしまんまと魔王のもとへ案内されるってことじゃない。万が一、あなたたちのことを信用できたとしても、誰かに操られてる可能性だってある」
あたしはマフラーに口を埋めながらもごもごとそれっぽい理由を言う。これも本当に思ってることだから、別にこの子たちのために言ったわけじゃない。
「……なるほど! 確かにそうですね」
少し元気になったようだ。
……って、なんであたしがこんなに気にしなきゃいけないのよ。やっぱり誰かと一緒なんて気を遣って面倒くさいだけだ。
「でもでも、その場合それでも魔王のところに行けんるだからよくない?」
それはポジティブすぎるような。
「よくないわよ。殺される前提で行くようなもんじゃない」
「死ぬのは怖いですか?」
「……あたしには、叶えたい願いがあるの。だから、それまでは死ねない。死ぬのが怖いわけじゃない。むしろ、別に死んでもいいと思ってる。でもそれは、願いを叶えてから。それが叶ったら、すぐ死んでもいい。というか、死ぬ」
「どんな願い?」
「……言うわけないでしょ。あなたたちだって、あたしに願い事とかいいたくないでしょう?」
「僕らは……、まあ、そうですね」
言いたくないんかい。言ってくれるのかと少し期待してしまった自分が恥ずかしい。
「でも本当なんだ。一緒に行けば、すぐに魔王のところにつけるよ」
だからそれが怪しいんだって。
二人がエサを待つ子犬のような目であたしを見つめる。
二人が嘘を言っていなくても、その情報が嘘の可能性は十分ある。その師匠が実は魔王の仲間で、二人を騙している可能性も。
だけど、勇者に一番近い人間を連れて行くことに、一体何の意味があるのだろう。こんな回りくどい方法でわざわざ誘い出す理由……。
でもその場合、魔王のもとへ連れて行くことが目的なら、少なくともその手紙に書いてあることは真実だということになる。
やみくもに探すより、一か八か信じてみるほうが、早く辿り着けるかも。
などと、考えていると、いつの間にか囲まれていることに気がついた。
「面白い話してるじゃねえか」
ガラの悪そうな連中があたしたちに剣や杖を向ける。
「……混ぜてあげないけどねー」
結界でも張っておくんだった。これだから朝は嫌なのよ。ぼーっとしてるから何にも考えてない。
「大人しく魔王への手がかりを渡せ。そうすれば、手荒な真似はしない」
「もう十分手荒な真似をされてる気がするけど」
やはり昨日の時点で誰かに聞かれていたか。まあ、この子たちの声大きかったし、仕方ないか。
「カーラ。いくらお前でも、この、人数相手にできるか?」
「たかが10人でしょ。寝起きでポンコツな状態でも余裕ね」
あたしは誰とも目を合わせず地面に向かって話しかけていた。せっかくあったかいのに、もう少しここでこうしていたかった。
「そうか。なら、一生寝てろ」
連中が戦闘態勢に入る。
あたしがどっこいしょと立ち上がると、きのこ頭とパッツンはあたしの前後に立ち、剣に手をかける。
じきに街全体に噂が広まる。もうここにはいられないな。
覚悟を決めるか。
「ダンテ、ムイ」
名前を呼ばれて、二人が驚いた顔であたしを見る。
「じっとしてなさい」
二人は顔を見合わせて、嬉しそうな顔をした。
「はい!」
「はい!」
あたしはものの数秒で10人全員を気絶させた。
「さてと、それじゃあ
「僕の名前が先に呼ばれた!」
「ずるいぞ! たまたまだ! 次は俺から呼んでくれるもんねー」
「いいや。次もきっと僕だよ」
「なんでだよ! そこは平等にしようよ!」
心の底からどうでもいいケンカだ。
「う、る、さ、い!」
二人がピタッと止まる。
「いい? 明日の夜、ここを発つ。各自、食料や薬、防具の準備をして、夜中の0時にランデルの家の裏に集合。わかった?」
「はい!」
「はい!」
返事だけはいいんだから。
「じゃ、行ってくるわね」
「戻ったら、腹ちぎれるくらいうまいもん食べさせてやるよ。もちろんタダでな!」
「戻って来れたら、ね」
あたしはランデルと握手する。あたたかく、大きな手。その手はもう剣士の手ではなく、料理人の手をしていた。
「大丈夫さ! ダンテとムイがいるからな!」
なんならそれが一番心配なんだけど。
「それに、あいつの剣がある。きっと、お前を守ってくれる」
ランデルはあたしの剣を見る。
「……そうね」
あたしはそっと腰の剣を触った。
「ダンテ、ムイ。カーラを、よろしく頼む」
ランデルは二人に向き直り、握手をした。
「もちろん!」
「お任せください!」
そしてランデルは一人ずつと抱き合った。
「ほんと、ありがとな」
なんであたしにはしないのよ、と言いかけたけど、よく考えればランデルがそんなことするわけないか。
すると勝手口からサリイが出てきた。こんな時間まで起きていたのか。
相変わらずあたしの目を見ず、そのまま横を通り過ぎる。
「サリイちゃん、行ってくるね」
ダンテが膝をついて、サリイの頭を撫でる。
「元気でな!」
ムイはサリイの手を握る。
サリイは何も言わず、ただうつむいていた。
「まずはどっちの方角?」
「このまま森に入って、しばらく真っ直ぐです」
「わかった。夜は魔物を見つけにくい。気を付けて進むわよ」
「了解!」
「了解!」
あたしたちはランデルの家からすぐの森へと入っていく。
歩きだしてすぐに、誰かの泣いてる声が聞こえた気がした。子供の声……?
振り向いたけど、誰もいない……。
「カーラさん、どうかしましたか?」
「何か忘れ物?」
気のせいか。
「何でもない」
もう、振り向くことはない。
必ず魔王を倒して戻って来る。
そしてなんとしてでも、願いを叶える。
―――――
「サリイ、よく我慢したな。偉いぞ」
ランデルがサリイの頭を撫でる。
「……うん。でも……」
「どうした?」
「おわかれ、ちゃんと、できなかった」
「……」
サリイがランデルの足にしがみつく。その手は震えてきた。
「うっ………うわあーーーーー!!」
「……ごめんな、ごめん……」
泣き叫ぶサリイを、ランデルはしゃがんで抱きしめた。
サリイはひたすら泣き、ランデルはひたすら誰かに謝っていた。
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