第36話 冥界蜃気楼

【ダンジョン第11層】


 上層の『赤い土』とは違い、『白い土』のトラップによる落下は痛くない。

 ただ落とすのが目的である為か、なぜか湖のある場に落ちてしまうのだ。


 ダンジョンの中で湖があるのも中々珍しいが、ボクたちはモンスターに対する生きた鮮度の良い餌ということなのかもしれない。


 そう考えると……果たしてモンスターは何か食べるのだろうか。『サモテン』はゲームなのであまり気にならなかったが。


 それはそうと――――


「っんと、最悪! なんであんたと一緒に……」

「ボクはお前の道ズレにされたんだが」

「……それはごめん」


 現在、ボクと羽澤は小さな洞窟の中で、焚火を中心に互いに背を向けている。

 ゲームではなく現実なので、湖に落ちれば当然のように服が濡れ、乾かす必要があるのだ。


 顔が見えていないせいか、羽澤は言いたい放題かと思えば、ボクを巻き込んだことについては罪悪感の一つもあるみたいだが……。


「ねえ……あたし達、帰れるかな?」


 弱気なこともいうものだ。

 こういう時、主人公である二宮なら優しい言葉をかけるのだろう。

 でも、そんなことで彼女からこれ以上目を付けられることは避けたい。


「まあ、救助が来るだろう」


 素っ気ない言葉を吐いた。

 いつも通りの、ボクらしい言葉に聴こえれば少しは安心するだろう。

 そう考えるも、次の言葉には覇気が無くなってきた。


「でもトラップに引っかかったのは自業自得だし、見捨てられるかも――」

「来るさ。ボクらは元々、10層に見合うだけのレベルに達していない。これは引率である姉川先輩の監督不行き届きだからな」


 もちろん彼女の言う通り、自業自得なところも否めない。

 そこはペナルティとして、レッドカードの1枚も学園側から頂くだろう。


 ……巻き込まれたボクも、貰うのか? その時は抗議しよう。


「……あたし、先輩に迷惑かけちゃったんだ」


 どうにもしょんぼりしている。

 ヒロインだから……と捉え続けていたが、彼女も年頃の乙女で、初めての窮地。動揺しないのは無理があったか。


「……はぁ」

「何よ。何か言いたいことがあるなら、言いなさいよ」

「言ってほしいのか?」

「そうよ! 言いなさいよ!」


 羽澤の未熟な精神構造は、感情の強さが表に出やすい。

 挑発してみれば、その敵意はボクへ向けられた。

 そこで、ボクは本音を突き付ける。


「お前はソロには向いてない」

「え――?」

「聞こえなかったか? もう一度言ってもいい」

「……あんたのこと、嫌い」


 背中から乾かしていたはずの衣類をぶつけられる。


 振り返ろうとしたが、お互いに露出が多いことを思い出し、我慢した。


 ……言い返してこなかったことから、彼女もわかっているのだろう。自分がソロに向いていない事に。


 実際、ソロで最もやってはいけないことが、トラップに引っかかること……基礎の基礎だ。


 なるほど……羽澤は多分、それを誰よりも理解しているから、気分がダウンなのか。

 それはちょっとデリカシーがなかったかな。


「そこで言い返すタフな精神だけは、向いているかもしれないけどな。生き残ってなんぼだ」

「何よ、急に……励ましのつもり?」

「ネガティブになる前に、生きて帰ることが最優先って話だ」


 まだ少し湿ったままの上着を肩にかけ、ボクは洞窟の外を少し偵察した。


 一晩過ごすことになるのを覚悟しているが、階段が近いなら帰ることも考慮する。

 ギクシャクする現状を続ける気もないし、ランダムステージで毎週構造変化する11層なら帰り道が近い可能性はあるのだ。


「ちょっと。もう出ていくの?」

「しっ! 大声を出すな。モンスターに見つかったらおしまいだ」


 ボクはともかく、羽澤を守るには力を見せる必要がある。

 彼女は怖いもの知らずなのか、或いは怖いもの見たさなのか……子守りも大変だ。


 敵意を感じず、そろりそろりと少しだけ先へと進もうとした瞬間だった。



【伝説ステージ『冥界蜃気楼』】


 その先は、古代遺跡のような街並みが、水に沈んでいるような光景が広がっている。


「厄介なことになった」


 問題はここで生息するモンスターの話。

 まだ見えないが、ボクは知っている。

 ★5のモンスターである『ウンディーネ』はエレメンタルという、物理攻撃が通じない敵なのだ。


「どうすんのよ」

「この静けさから察するに、ここの敵は強力な一体が生息するステージだろう」

「水属性よね? なら、あたしの『サンドスライム』は有効属性なんじゃない?」

「11層の強力な一体といえば、★5だろ」


 ボクの言葉に、羽澤は黙る。

 彼女なりの冗談だったのだろうか。


 勝てる見込みは無いし、こっそり通り過ぎたいところだが、エレメンタルは水に溶け込んで移動できる以上、何処から出て来るのかわからない。


 のだが――――


「ここで……死ぬのかな?」


 羽澤の顔を見れば、酷い顔をしていた。

 絶望しながら、ボクの上着の湿った裾を掴んでいる。


「戻ろう」

「……っ、っ、っ」


 ボクの言葉に、素直に従って踵を返す羽澤。

 先へ進む望みが薄だと知り、今にも膝が付いてしまうほど、彼女の足は小刻みに震えている。


 救助が来るかもしれない……が、たしかに通常の場合はほぼあり得ない話かもしれない。


 義理堅そうに見える姉川先輩だとしても、11層へ進むのにソロは不可能だろうし、できる尻ぬぐいの範疇に限界があるのも事実だ。


 それでも何となく、ボクはあの先輩なら助けに来てくれると思っているのだが……。


「安心しろ。寝て起きれば、先輩が助けに来てくれるさ。な?」

「…………うん」


 現実的にも、羽澤の精神的にも……これは厳しい状態だ。


 ダンジョンのランダムステージが、変更される週末まで待つのも手ではあるけど、次が突破可能なステージになるとも限らない。


 これは……彼女が寝た後にでも、ボクがこっそりウンディーネを始末するしかなさそうだ。

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