第33話 工房

【ダンジョン第8層】


 グループワーク開始してから、2時間。

 先輩の引率もあり何の危なげもなく、8層へとやって来た。


「まさか、2時間でここまで降りれるなんて……」

「ふふん、これでも先輩だからね。弟くんはどうだった? ここまでの道のりも初めてでしょ」

「ま、まあ……」


 そういう事になっているので、適当に誤魔化す。そんなボクの反応が面白くなかったのか、羽澤が細い目でこちらを見てきた。


「はぁ。あんたってダンジョンに興味ないわけ? ソロのクセに」

「まあまあ、美憂ちゃん。弱いからソロをしちゃいけないなんてルールはないんだよ」


 こちらは随分と仲良くなったみたいだ。

 まあ有名配信者とファンの関係としては、こうなるのが自然だろうか。


 姉川先輩は、ボクが弱いから潜っていないと思い込んでいるんだろう。

 また可哀想な目で見られる。


「それより姉川先輩、早く工房へと案内してくださいよ」

「ええ、もう少しで……おっ、あれだよー!」


 彼女の指差す先……ダンジョン内の壁に、扉があった。


 工房――『サモテン』世界にもあった施設だ。

 ユーザーのキャンプ地としてよく知られていたが、真の使い方は、『ポーション』などの調合施設や『ワープポイント』の設置だ。


 ワープポイントは、登録したユーザーを工房へと転送する施設。

 簡単に言えば、『第陸の鍵』の下位互換である。


 今回、ボクらの場合は登録していない為、直接向かう必要があったのだ。



【ダンジョン第8層:姉川公房】


 ユーザー認証を行い壁の扉を開いた先……さらに虹彩認証の扉を開いた先に、地上にある普通の一軒家の内装が広がっていた。


「ようこそ! ここが私の公房だよ!」


 ダンジョンマップに照らし合わせても、広すぎる空間。

 階層と同様に、次元が違う場所にあるのかもしれない。


 工房はダンジョン産の★4アイテムである『スペースツール』によってつくることができる。

 『サモテン』世界の時は、ゲームだからと受け入れらていたが、実際に見ると、かなり不思議な空間だ。


「ここは四辻……朝日の方ね? 彼とも共同で使っているところなんだけど。ごめん何もないでしょ」


 広い空間に日用品などは置いてあるものの、調合施設や、ジョブを介した施設は一つもない。


「さて、ここは誰にも聞かれないし、情報共有といかない?」

「情報共有……ですか?」

「カードだよ」


 割とボク以外は打ち解けたようなグループが、一瞬で鎮まる。

 ソロの集まりだからこそ、ボクと同様に自分の手札を秘匿したいのだろう。


「まあ私の場合はライブ配信しているし、みんな知ってるだろうけど……」


 ボクの心情を知らぬ姉川先輩は、自分からカードを見せてきた。


『英雄シキミヤ★★★★』


 美しい着物を着た、女性の英雄。

 この英雄は、『サモテン』でも強い部類だったはずだ。

 ステータスは万能型だったと思うが、スキルが特徴的だった。


「じゃあ俺も、見せようかな」


 続く夏堀の言葉に、皆は顔を合わせ少ししてから……自分のメインモンスターカードのみを公開した。


 みんな、ソロなだけあって★3モンスターを所持していた。

 初期に持っていなかったはずの羽澤も、『サンドスライム』を所持している。


 そんな中、ボクの公開カードにみんなの目が留まる。


「え?」

「……なんで君が?」


 ボクの『サーペント』のカードは、本来2層までしか潜っていないボクが持っていないはずのカードだった。


「ちょ、あんた……誰から盗んだわけ?」

「どうしてそうなる。きちんと召喚できるぞ? 見せようか」


 そもそもモンスターカードは入手時に、契約が交わされるから、盗んでも勝手に使用できない。


「待って待って、それは後でやってほしいんだけど……もしかして初期パックでは持ってなかったの?」

「そうなんです。ちょっとどういうことよ!」


 翠尾と宇六も、疑いの目線をこちらへ向けて来る。

 こういう展開は予想できていたし、隠したいなら公開しない。


 公開した理由は、少しでも強いモンスターを使えた方が、10層でも楽しめるだろうと思ってのことだ。


「偶々2層に出てきたスライムを倒したら、マナ金石っていうモノが出てきたんだ。それで買った」

「マナ金石……!? あり得ないほどのレアドロップじゃないの!?」


 他の面々は珍紛漢紛といった様子だが、マナ金石のことをご存知の姉川先輩は、とても驚いた顔を見せた。


 3年生にとっても、中々お目にかかれないことはわかっている。

 だからこそ、説得力にはなるだろう。


「どうやら弟くんの言うことは本当っぽいね。1年じゃマナ金石のことは知らないだろうから」


 ……いや学内商店の自販機にも、その辺のワードは出てくるし、調べれば存在は知ることができる。

 だが、ドロップ率が低すぎて、情報が少ない。


 低層でも落ちるという事実はあまり知られていないことから、ボクの言葉を信用してくれたのだろう。


「まあ……先輩がそういうなら……」

「みんな入学して1ヶ月していないのに、★3持ちなんて有望だね~。来年を見据えての集まりだったのかな」


 感心するように言う先輩は、奥から飲み物などを持って来る。

 水の節約にもなるし、助かるな。


 ダンジョン内でリラックスできる空間があるという重要さが、初心者ユーザーにとってはよく響いただろう。



 数十分休んだところで、皆立ち上がり、仕度を始めた。


「さて、それじゃあ親睦も深めたことだし、10層へと向かおうかっ!」


 姉川先輩が、元気よく宣言した。

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