第30話 クラスメイト達の進捗
最近、慈雨の様子がおかしい。
いや……彼女の場合、最初からおかしかったかもしれない。
九重ユノはたしかに物静かなところが上品だと評判だった女の子だ。
しかし、敬語で話すような子ではなかった。
というか……ボクの前でもほぼ喋ってくれなかったクラスメイトだったから。
それが今ではとても饒舌で、たまに言いくるめられそうになる。
他人をコントロールするのは難しいと思っていたけど、想像以上だった。
結局、慈雨をソロで活動させようとした話も、いつの間にか遠のいてしまっている。
なのに、彼女はいつも楽しそうだ。
訳がわからない。
そして今や、魔法少女のコスプレをするようになってしまった。
何枚か衣装を買ってあげたものの、その姿でダンジョン内を徘徊するのはどうかと思う。
緊張で他人の視線を意識してしまう可能性を考えて、慈雨のソロ活動を延期することにした。
……しかし、実際似合っている。
銀髪だからクールっぽい感じかと思えば、やたらキュート系のフリフリファッションなのは驚いたけど……非現実的な姿でありながら、現実に調和しているように感じた。
それはこの世界が、創作の中だと知っているからなのだろうか。
――わからない。
ただちょっと……可愛いと思ってしまったので、ボクの敗北だ。
何に敗北したのかわからないけど、何か勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべる慈雨を見て、敗北感を覚えた。
さて、それはそうと、だ。
慈雨の教育は大体終わっている。
この世界における常識も一通り学んでもらったし、『クリエイトツール』の使い方もすっかりベテラン級。
何だかんだ……ボクの部屋の家事をしてもらう為に、彼女の存在は必要なので、放逐するつもりはないけど、彼女が望むなら、身分を用意するくらいの協力はするつもりである。
「そういう訳で、3日後のグループワークの班申請忘れないように」
今日も清原先生のホームルームで、1組の連中は騒がしかった。
基本的にグループワークの班は、同じクラスの生徒が固まる。
仲のいい人と組むのは当然だからな。
逆説的に言えば、1組のクラスメイトからボクが声をかけられることはなかった。
いや、その方が助かると言えば助かるのだが……こんな事を気にしているのは、君塚澪の様子が変だからだ。
「今日も行くのかの?」
「ええ。今日のうちに、もう1階層降りておきたいから。三枝さんの進捗はどうかしら」
「ようやく5層に降りたところじゃ」
1組の代表として既にみんなから受け入れられている彼女だが、ダンジョン活動には他人の数倍力を入れている。
慈雨奏の死から、もうすぐ1ヶ月。
聞く話によれば、君塚澪は第7層を攻略中だったはずだ。
何の攻略情報もなしに、コンティニューもない現実で、それは驚異的な記録である。
幾ら英雄カテゴリのモンスターカードの所持者とはいえ、初期パック10枚のカードのみで7層は、『サモテン』ユーザーでも1%いない。
だからだろうか。
君塚澪はいつも朝、疲れた顔で登校してくる。
授業中に休めているのか、放課後にはコンディションを取り戻しているみたいだが、その表情は依然として固い。
入学した頃とは、まるで別人である。
「みんな――少し話をさせてもらうわね。わたくしは今日で、8層まで降りるつもりよ」
教卓に手を付いた君塚澪は、珍しくクラスメイトの皆に声をかけた。
代表だけあって、みんなは雑談をやめ彼女に注目した。
「それって、危険なんじゃ」
「僕なんてまだ4層でも厳しいのに……」
「まあ代表には、英雄がいるし当然だろ」
反応は様々だが、自分達には厳しいという感想が殆どだろう。
ダンジョン内で闇雲に階層を進めることが危険なのは、誰もがわかっているから。
「危険だという意見は尤もだと思う。でも、わたくし達はより深層へ進むべきよ。慈雨奏さんの死を無駄にしない為にも、ね」
何とも厳しい言葉だ。
しかし、反論する者はいなかった。
彼女だけじゃない……一ノ瀬や二宮もまた7層まで到達しているから、彼女には他の誰かをけん引した実績がある。
……恐らくグループワークに向けただろう、この発破は、ある程度の効果がありそうだ。
「ダンジョンで4層にも到達していないのは、四辻くんだけ。今まで放置してきたけど、言いたいことはあるかしら?」
そして、ようやく……君塚がボクへと目を向けた。
これまで大人しすぎて、正直なところ気持ち悪いくらいだった。
このように、他のクラスメイトとの差を示して、ボクのソロ活動が間違っているのだと、突き付けたいのだろう。
クラスのリーダーとしては、やはりボクを引き込んでこそ……だと思っているのだろう。
「何もないな」
視界内に見えた羽澤が、苦々しい顔をしているのが見えた。
彼女はやはり、ソロ活動をしたいんだろうな。
「それなら、誰かと組んでより深層まで――」
「断る」
「は……?」
ボクの一言に、君塚は信じられないものを見るような目を向けてくる。
「何度でも言うが、ボクに構うな」
「クラスの足を引っ張っているのよ」
「どこが? それより、ボクが他人と組まなければいけない理由を力説してくれよ」
彼女がボクに目を向けてくれることは、待っていたけれど、そう簡単に動くつもりはない。
「簡単よ。四辻くんが一番低層に甘んじている」
「それはクラスの足を引っ張っていることと関係ない」
申し訳ないけど、君塚の言い分は感情論でしかない。
「君塚……ボクは、この1組が歴代の1学年でも躍進したクラスだと聞いている。ボク1人が低層にいたところで、他クラスよりリードしている事実には変わらないんだろう?」
「――――四辻くんはいつも、そうやって屁理屈ばかりなのね。足を引っ張っていることには変わりないクセに」
正しいかどうかは、理由にならない。
修羅場を通ってきたと言っても、君塚も所詮は高校生の子供だ。
交渉が……下手としか言えない。
ボクが受け身だからそう言えるだけかもしれないけど、相手を説得できる言葉を、彼女は尽くせていない。
「勝っているチームメイトに、『足を引っ張っている』なんて普通は言わないと思うけどな」
「……結局、四辻くんとは話にならないのね」
残念そうな顔をされた。
クラスメイト達は静かにしているものの、ボクのことは良く思っていなさそうだ。
……まあ当然だな。
とはいえ、残念なのはボクの方だ。
どんな交渉をしかけてくれるか楽しみにしていたのに、拍子抜けしてしまった。
せめて『レベルポーション』を数枚用意するとか……いや、そんな財力は彼女達にないか。
あっても、自分達の力を底上げするのに使うだろう。
他の生徒のサポートもしているみたいだが、ダンジョンの深層に魅入られすぎたのかもしれないな。
ボクは静かになった教室を、我先にと出て行った。
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