第29話 (九重湯乃視点)
最近の公子様は、クラスメイトに馴染もうとしているのかもしれない。
私は危機感を覚えている。
「クラスメイトとは無縁って言っていたじゃないですか……嘘吐き」
一番の問題は、この世界のヒロインである羽澤美憂との接触。
授業中の彼のことも見てみたいと思って、こっそり『迷彩ローブ』で見守っていたところ、その場面を目撃してしまった。
その時……なぜだか胸がキュッと引き締まるような気持ちになって苦しかった。
彼も男だ。
この世界の私は充分可愛いと思うけど、相手がメインヒロインともなれば話は変わる。
不思議な力で公子様を魅了してしまうかもしれない。
「私のことだけ考えてくれればいいのに……」
彼はダンジョンの奥底に興味を持っていて、他人に興味があるようには見えなかった。
それが変わろうとしているのは不味い。
「――対策しないと」
公子様について、わからないことは多い。
しかし、彼と接していて気付けることもある。
「多分……公子様はオタクだ」
正しく言えば、彼の前世は……オタクだったに違いないと思う。
公子様は鋭いところもあるのに、私のこととなると鈍いところが多い。
きっと女の子に慣れていないんだ。
理名高校1年1組には、オタクっぽい男子はいなかったが、オタクがいなかった訳じゃない。
変な表現の仕方だけど、私のような一部を除けばみんな仲良い上にノリが良い生徒ばかりだったから、オタク男子やオタク女子も、『オタク』という感じがしなかったのだ。
だから公子様があのクラスの誰かなのかは、まだ検討も付かない。
でも多分……オタクだと思った。
正直、私はオタクという人種に詳しい訳じゃない。
ただアニメキャラクターの女の子に『萌え?』を感じる人達という偏見がある。
アニメと言えば、私も幼い頃にテレビでプ〇キュアを見ていた。
きっとああいう感じの女の子が好きに違いない。
「公子様が、私を遠ざけようとするのがいけないんだから」
最近の彼は、私にソロでダンジョン活動をさせたいみたいだった。
その言い分はわからないでもない。
『ゴールデンスライム』の所為で、私はイヤでも強くなってしまった。
モンスターを撃破すれば、見えない自分のレベルが上がるとかいう法則があるからだ。
端的に換言すれば、私には公子様に守ってもらわなくてもダンジョンで好き勝手できる力がある。
……つまり「弱いから守ってほしい」というのは無理があるし、そもそも彼に迷惑をかける行為だ。
「それなら逆に……私ともっと一緒にいたいと思わせればいいよね」
きっと彼の好みに合ったお洒落をすれば、私と一緒にいる時間を増やしたくなるはずだ。
まるで恋する乙女の嫉妬? ……それは違う。
だって私は、彼のことが好きだから、こんなことをしようとしている訳じゃないから。
ただ彼から蔑ろにされたようで、苛立ったから……これはやり返しなんだ。
だから、寂しいわけじゃ――――
「寂しいに決まっているじゃないですかっ! 公子様のバカ!」
私には公子様しかいない。
彼に責任を取ってもらわないと、生きていけない。
公子様が私の人生をめちゃくちゃにした。
なら、私をもっとめちゃくちゃにする義務が、彼にはある。
放任なんてありえない。
独り立ちと言えば、聴こえはいいかもしれない。でも彼は……わかっていないことがある。
他の誰かとは違って、私のソロ活動は本当に孤独の道だ。
私は強くなりたい訳じゃない。
それが公子様の求めるところならやぶさかではないけど、それなら彼が私に付いて育ててくれないと困る。
――――そんな訳で、彼に見てもらいながらコスプレ服を買ってもらうところまでこぎつけた。
ちょっと恥ずかしいけど、彼に選んでもらえるなら、何でも大丈夫だと思う。
なにせ、九重ユノだった頃の私とは違う……慈雨奏の容姿は可愛いから、何でも似合うはずだ。
羽澤なんぞに目移りされる前に、公子様を取り戻す――その一心で今日は気合を入れてきた。
学園から出てすぐ近くにあるショッピングモールの中、ちょっとニッチなファッションブランドがあることはリサーチ済みだった。
「一応、ダンジョン内でも着るつもりなので、露出の多いものはダメですよ?」
「……なんでボクが選ぶんだ……」
多分、公子様は私にコスプレ趣味があるのだとでも、勘違いをしている。
でも私がお洒落を見せたい相手は、他でもない公子様なので、そこは気付いてもらいたいところ。
やはり彼は、私のことになると鈍い。
そこは許せない……興味を持たれていないみたいで。
「ほれ。こういうのか……?」
そう言って彼が手に取ったのは、メイド服の衣装。
……オタクはメイドが好きだというのは、本当だったのか。
「では、試着室へ入りましょう」
「え……? いやいや、男のボクが入るのは不味いだろ」
「今の私は、相変わらず公子様以外には見えていませんので」
そう……幾ら学園外とはいえ、誰かに姿を見られるのは不味い。
だからといって、ここの試着室は店員さんに一言声をかける必要がある。
公子様には、女装するように思わせて使用許可を取ってもらわないといけないのだ。
「……いつも同じ部屋で着替えているじゃないですか」
「嘘を吐くな。ボクが部屋を出ているだろ」
微かに顔を赤らめる公子様。
彼もこんな顔をするのか、と思うと、少し面白い。
そういうのは基本、女子である私の方が気を付けることだと思うけど……不思議と彼になら躊躇がなくなった。
彼になら、たとえ裸を見られても――――いや裸を見られたら流石に平気じゃないかもしれない。
「……仕方ないな。ボクは壁を見ているから、急いで着替えるんだぞ」
「はいっ」
でも見せろと言われたら……断らないと思う。
私はもう死んだのも同然の人間で、彼の所有物だという自覚があるから。
……というか、やっぱり自分の所有物をソロ活動に放り出すのはどうかと思う。
そういう物を大切にできないところは、普通の女の子的にダメなポイントだ。
彼は日頃クールに振舞っているけど、きっと前世は、モテないオタクに違いない。
そんな彼の強引なところに惹かれそうになってしまうのは、私自身でも不思議。
とっくに……彼の価値観に染められてしまったのかもしれない。
「どうですか……?」
公子様と二人きりの狭い空間。
壁の方を向いていた彼に声を振り向かせた。
お披露目はソレっぽくなるように、裾を上げるも、やはり狭い空間ではぎこちなくなってしまう。
「うん。さすがいつも家事をしてくれているだけはある」
……どんな感想?
もっと褒め方があるでしょ。
口下手でそう言っているのではなく、本心からそう思っていそうで、これが何とも言えない。
「次は魔法少女っぽい感じにしましょうか」
「……魔法少女が好きなのか? やっぱりプ〇キュアの影響?」
私の好みなんて聞いてどうする。
こっちは公子様が好きなものを着ると言っているのに……。
オタク男子なら、それなりの欲望をさらけ出してほしい。
彼なりの照れ隠しなのかな……それはあるかもしれない。
「公子様は魔法少女、好きじゃないんですか?」
「……嫌いではないが」
「なら、そうしましょうね!」
彼に褒めてもらうまで、帰るつもりはない。
段々と楽しくなってきた。
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