第28話 湯乃のお願い

 クラインの壺を用いた仕掛けで『ゴールデンスライム』を狩るようになってから、ボクと慈雨のレベルは各段に上がったと思う。


 ユーザーのレベルが幾つかわからないとはいえ、『サモテン』と同様ならばレベル上限は無い。


 まあいずれレベルを1上げるだけでも、★5モンスター撃破数にして1000体とかになるので、ほぼ上限みたいな感じにはなるけども。


 今は、慈雨が『アイスウィング』に攻撃させて、モンスターカードのレベルを上げている段階だ。


「ところで、結局この『マナ金石』って売らないのですか? なんだか勿体ない気がします」


 毎日流れ作業で100体近くは撃破しているので、大量にマナ金石はある。


「ああ。ちょっとくらい売ってもいいかもな」


 学内商店の自販機にて、マナ金石で購入できるもの中で有用なものは主に4つ。


『★3以上確定カードパック』

『レベルポーション★★★★』

『ダンジョン9層マップ★★★★』

『ダンジョン10層マップ★★★★』


 他にもバフ系のアクセサリーが保存されたランクの高いアイテムカードや、単純に強い装備カードは沢山あるが、まず優先すべきは上の4つだろう。


 慈雨の場合、『アイスウィング』というレアカードを既に所持している為、カードパックはいらないし、『レベルポーション』も現状要らないといえば要らないのだが……。


「公子様、モンスターカードを殆ど使っていませんが、装備カードが1枚もないのは問題なのでは……?」

「ん? うーん……そうか、普通は装備カード使うもんな」


 質の高い装備カードを持っていても、目立つだけだと思っていた。

 しかし、そもそも1枚も所持していないのは、それはそれで悪目立ちしてしまうかもしれない。


 それも近いうちにグループワークがあるのだ。

 他の生徒と足並みを揃えておく必要はないけど、これまで通り普通よりも少し弱いくらいに見せて、変に頼られるようなことを避けないといけない。


 それに――――


「ありがとう。その通りだ。ついでに、慈雨自身の装備も揃えよう。ソロで活動するのに十分なステータスを持っていても、1つのステータスが特化したモンスター相手には後れを取る可能性があるからな」


 例えば『ゴールデンスライム』はその筆頭だろう。

 ここまでレベルを上げ続けても、その異次元の速さは一瞬しか捉えられない。


「…………」

「ん? どうした?」


 なんだか慈雨がムスッとした顔をしていることに気付く。

 まだ負ける相手がいることに、不満があるのだろう。

 でも、ソロで活動して経験を積めば、いずれ――ボクの強さにだって近づける。


「なんでもありませんよーだっ」

「安心しろ。お前は強くなる」

「…………?」


 ボクもまた、頭が良かったり身体能力が高かったりする訳じゃない。

 ただ経験を積んだベテランでしかないから、本物の天才には、追い抜かれてしまう。


 そうだ……『サモテン』時代、ボクが弟子に取ったあの子のような――――


「はぁ……公子様はやはり……」

「やはり?」

「もういいです」


 呆れた顔で手を止めると、マナ金石でいっぱいになった瓶をボクに渡してくる。

 言葉にせずとも、地上へ戻ろうという意図が伝わった。


 仕方ないので、ボクは『第陸の鍵』を使って扉を出した。


 最近の慈雨は様子がおかしいことばかりだ。

 結局、この前授業中に紛れていたことを注意した時もそうだった。

 「1組の様子を見ておきたかったんです」などと明らかな嘘で理由を誤魔化されてしまったしな。




 彼女に言われた通り、地上へ戻ってからはまず学内商店へと向かった。

 慈雨の身を固める為に買える装備は、とても高級な★4のものを揃え、ボクのモンスターカード用には、★2の安物を属性ごとに購入した。


 加えてマップ系のアイテムカードは10層まですべてをコンプリート。

 限定ステージはマップに映らない上、ランダムで出現する特殊ステージはマップを変化させてくるが、この地図があれば慈雨が迷うことはないだろう。


「よし。一通り買ったしダンジョンへ戻るか」

「いえ、公子様……他にも買うものがあると思います」


 彼女の姿は見せられないので、物を買うならボクの動向は必要だ。

 彼女が使う用のベッドなどの家具は以前ちゃんと買ったと思うけど、何か忘れていたっけ。


「ボクあんまり地上いたくないんだけど」

「お願いします」

「……まあいいけど」


 『迷彩ローブ』があるとはいえ、声は通る。

 慈雨はその点を考慮してボクの耳元へ近づいて話しかけてくれるが、これが問題だ。


 まず傍から見れば、ボクがぶつぶつ小声で独り言を話しているみたいだ。

 そして何より、慈雨の距離が近い……彼女には自分が女の子だという自覚がないのだろうか。


 基本的に彼女を異性として意識することは避けているんだが、さすがに近づかれると彼女特有の良い香りが漂う。


 以前買ってあげたシャンプーなのか香水なのかわからないけど、中々に魅惑的である。


「あの……私の服、公子様が買ってくれたじゃないですか」

「あ、ああ。え? ダサかったか?」


 おかしいな。以前、とても喜んで受け取ってくれたことを憶えている。

 実は着心地が悪かったとかだろうか。


「いえ、そうではなく。ただ……ダンジョンへ着ていくものではないと思います」

「……基本的にはみんな制服だからな。でも、お前は普段着でダンジョンへ入っているだろ」


 そう……そもそもダンジョン内では、学園の制服を着なければならないという決まりはない。

 それだと、キャンプや工房を用いて何日間も潜る時、同じ服を着続けるという事にみんな抵抗があるからだ。


「その通りです。公子様が守ってくださるので、今まで服には無頓着でした。ただ私も強くなって、もっとお洒落をする余裕ができたと思うんです」

「そ、そうか……?」


 慈雨は基本モンスターカードを使って、直接戦うことは少ない。

 余裕があると言われれば、否定するつもりもなかった。


 でも……お洒落って、他の誰かに見せるものじゃないだろうか。

 慈雨は他人に姿を見られる訳にもいかないと思うのだが、本当にお洒落は必要なのだろうか。


「実は昔、プ〇キュアに憧れていたんです」

「…………」

「変身したいと思うんです……ダメですか?」

「…………」


 九重ユノ……前世のクラスでは目立たなかったが、コスプレ趣味があったのだろうか。

 まあ前世も今には劣るが、容姿は良かったからな。

 それも彼女本人の自己評価は、低そうだったけど……だからこそ、なのだろうか。


「金は幾らでもある。好きなものを買えばいい」


 ボクは――彼女の趣味を否定しない。


「はいっ! それで、ですね……公子様に選んでいただきたいな~、と」


 ――それは話が違う。


「……わかった」


 いつもダンジョンで連れまわしているからな……きっと慈雨は疲れているんだろう。

 彼女のメンタルの為にも、今日のところは時間を譲ろうじゃないか。


 ボクも……たまには休まないと常識を忘れそうになるからな。

 休息は大切だ。


 ――それが甘い考えだったことを、この時のボクはまだ知らない。












୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈人物┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・慈雨奏

 ジョブ:なし

 称号:なし

 前世:九重湯乃

 爵位:子爵令嬢

 メインモンスター:アイスウィング★★★

 備考:か弱い女子。前世の自己評価が低く自分が平均的だと思い込んでいるが、成績以外は人並み以上だった。


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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