第31話 研究所の異端者

 慈雨の言い分を、ボクは真剣に検討してみた。

 というのも、ボクが使う装備の話である。


 基本ユーザーには装備スロットなど存在せず、装備したいだけすればいい。

 しかし装備を増やせば、重量が増え、動きが鈍くなるというデメリットがあるのだ。


 そして今回、ボクが検討しているのは、装備……というより武器である。


 さすがに『携帯用ナイフ』の耐久値も低くなり、普段使いに悪い。


 次の授業で行われる1学年が全員参加するグループワークでは、基本的にボク自身が戦う予定はない。

 その為、それなりに良い武器をそろそろ用意してもいいと思い始めたのだ。


 まあ提案したのは言わずもがな……慈雨なんだけどな。




 ――深夜3時。

 ボクは迷宮研究所へとやってきた。

 ここは迷宮学園にも多くの支援を行っている機関であり、生徒が本来入れる場所ではない。

 が、実は入れる方法がある。


 もちろん、正規の入り方ではない。

 この深夜の時間に窓口をしている人物は、守銭奴……簡単に金で買収することができた。


 という訳で、研究所に入ったボクは、エレベーターで地下へと下がる。

 こんな時間でも仕事している研究員は少ないが、ゼロではないので、警戒しながらとある研究室を目指した。



【神代錬金ラボ】


 目的地に着いたボクは、躊躇なく室内へ侵入すると、そこにいた人物へと声をかける。


「失礼します。槻本教授」

「んー? 君は誰かねー?」


 槻本教授……迷宮研究所の中で、神代の物質について研究している異端者。

 『サモテン』の世界で、恐らく最もお世話になった人物でもある。


「研修生の四宮です」

「んあ? ああ……今年もそんな時期か」


 適当な設定だが、彼は人の名前を憶えられるような人物ではないので、これでいい。


「実は槻本教授が『マナ金石』を欲していると伺いまして」

「何々? 今年の私に与えられた予算では、到底支払えんよ」


 彼の研究は金にならない。

 それでも過去の業績から、名誉研究員の立場に座り続けている人物だ。

 優秀な彼とは、合理的な取引が通用する。


「いえ、先生の研究している『クリエイトツールEX』をお売りいただけないかと思いまして」

「ははん? 君、どの教授の差し金だい? いや……そんなことは些細な疑念だったな。私の好奇心を満たす為に、断る理由はないね」


 さすが話が早い……とはいえ、本番はこれからだ。


「んで? 用意はどの程度かな?」


 ボクがマナ金石を大量に求めたのは、すべてが今回の為なのだ。

 『クリエイトツールEX』をどれだけの枚数入手できるのか、この取引で決まる。


「即座にご用意できる数は、100です」

「ほほーう? まさか廃ランカークランが関わっているのか。素晴らしい! 数十程度ならぼったくてやろうかと思っていたが、安定供給が可能ならば、話は違う。良いだろう、20で1枚売ってやる」

「ありがとうございます」


 ……マジか。

 内心、ボクはドン引きしていた。


 『サモテン』では、初回がマナ金石100個で1枚のレートだったのを、10回交換してから50個で1枚のレートにまで格安にしてもらった。


 ボクはあの時、お得意様価格にかなり浮かれていたが、それでもぼったくりだったのか。


 イラっとしたが、過去のことだし、この世界の槻本教授は関係ない。

 ポーカーフェイスを心がけながら、即座に用意できる100個で、5枚の『クリエイトツールEX』を購入した。


『クリエイトツールEX★★★★』


 マナ金石の数少ない使い道。

 しかし『サモテン』ユーザーでもトップ層しか存在を知らない素材が保存されたカードである。


 カードに映るイラストには禍々しい緑色の長方体だが、実物は神秘的だ。


 半透明でありながら、金属のような光沢を放ち、素材の時点で工作できるのか怪しい程の強度を持っている。

 この世に存在しないような物質であるのは間違いない……最高級の素材である。


 その名の通り、使い方は『クリエイトツール』と同じだが、★4である通り、★5のアイテムや装備を製作できるカードなのである。


 そう、これが――ボクの武器の素材である。


 ただ、ここからが更なる『サモテン』の深奥である。




「ただいま」

「お帰りなさい」


 こっそりと寮に忍んで帰ったボクを、慈雨が出迎えてくれた。


 ……パジャマ姿の彼女に、ドキドキすることがなくなったのは、きっとダンジョン内で魔法少女のコスプレをする姿を見ているからだろう。


 まあそんなことは、今どうでもいい。


「これが『クリエイトツールEX』だ」

「公子様が無事に戻って来られた方が、私にとっては喜ばしいことです」


 ウキウキのボクに対して、慈雨はツーンとした態度。

 多分……眠いんだと思う。


 それはボクが全面的に悪いんだけど、今回ばかりは明日がもうグループワークの為、すぐ武器を用意する予定だった。


 むしろ、前夜に急いで武器を作ることになったのは、慈雨がボクの安全を気にしてのことだ。


 明日……というか今日のグループワーク中、慈雨の話によれば原作小説で事件があるらしい。

 『サモテン』では、そもそもグループワークなんてイベント無かったので、ボクも警戒をしている。


 でなければ、慈雨にはお留守番を頼みたかった……というのが本音だ。


「さて、形作りを2人同時に行えばいいだけだから……準備はいいか?」


 そう……『クリエイトツールEX』を用いた製作の、普通の『クリエイトツール』と大きく違う点。

 それが――★5のカードを作れる際、製作人数は2名以上という制約である。


「わかりました。公子様が寝落ちした時は、私が介抱しますので、安心してくださいね」

「慈雨の方が……眠そうだけど」

「ふぁ~っ……そんなことはありません」


 見るからに口元を手で抑え、欠伸をかいている慈雨。

 彼女の為にも早く終わらせてあげよう。


 グループワークで使うつもりはないけど、ボクはこれから製作する武器に、無意識に力を篭めて始める。


 その武器には思い入れがある。

 いずれはエンドコンテンツの素材になる装備アイテムだが、現状……9つの超越装備を除けば、最強と称しても過言ではない魔剣。


 そして何より、その魔剣の名は――――

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