第25話 グリッチ
『サモテン』には、バグが存在する。
おっと、以前バグが無いって話したことは忘れてほしい。
たしかに一度ネットの海へ投下されれば、運営が迅速にバグを潰してくる。
だが裏を返せば、誰にも知られていないバグなら、有効な可能性があるという話になる。
すなわち、想定されていないグリッチ。
当然、ランキング3位まで上り詰めたボクにも、秘匿しているバグ……いいや、知恵が存在する。
というか……それが無かったらエンドコンテンツなんて夢のまた夢だった。
『サモテン』はそれくらいクソゲーなのだ。
【ダンジョン第8層】
今日は慈雨が作った装備『クロスボウ』のお披露目でもある。
慣れてきた7層から、少しレベルの上がった8層へ。
当然モンスターも強くなるが――――
「10体目、倒せ……ました……」
「よくやった」
ボクたちも強くなっている。
基本的にボクが引きつけるタンクの役割をしながら、慈雨が『クロスボウ』で射撃する。
慈雨のレベルを優先しているのは、彼女の方がボクよりも死ぬ可能性が高いからだ。
ボクは生身である程度の攻撃を避けられるから、レベル上げは後回しでいい。
「さて、着いたな」
【限定ステージ『強欲の金鉱脈』】
目的地である8層の限定ステージへとたどり着くと、入る前に警告の看板が立てられていたが無視した。
「危ないモンスターが出て来るのですか?」
温存していた『アイスウィング』を召喚し、慈雨は警戒し始める。
「安心しろ。ここに危険なモンスターは生息していない」
「しかし、警告の看板が――」
「ああ。確かに、ユーザーの殆どは間違って入りたくないだろうからな」
「…………?」
慈雨がキョトンとした顔をして、そのまま周囲を見渡した。
彼女は違和感に気付いたようだ。
「どうして、モンスターがいないのでしょうか」
「いや、いるぞ。ただ――見えないくらいスピードが速いんだ」
「――ッ」
一層の警戒心を見せる慈雨。
彼女の心がきちんと成長できているようで安心する。
でも、身体は未熟で見えていないようだ。
ボクには――微かに見えている。
『ゴールデンスライム★★★★★』
「――★5のモンスター……ですか!?」
「ああ。何しろここは限定ステージだからな。高ランクが湧いてもおかしくない」
「ど、どうやって倒せば――」
方法はたった2つ……範囲攻撃スキルを偶然当ててスタンさせるか、動きを見切って剣を振り斬るか。
「言っただろ? ここに危険なモンスターは生息していない。奴らは確かに★5だが、攻撃力を持たないんだ」
「……えっ?」
スピードが肉眼で追えないほど速いゴールデンスライムにある、大きな弱点……それが攻撃力0である。
ツチノコとも称される激レアモンスターの真の由縁は、攻撃されても気付けないところにあるのだ。
「それと……限定ステージは、何かしら制約があって、条件を満たしていないと入場できないのは勉強したよな?」
「はい。そういえば……ここは一体なんの制約が?」
「マナ金石の所持量1個以上だ」
ただでさえ遭遇の難しいレアモンスターから、更に低ドロップ率のマナ金石……それを持っていないと、入場すらできない。
その理由は――――
「マナ金石は、ゴールデンスライムの好物なんだ。これで、警告の看板が立てられた理由がわかったな?」
「まさか……モンスターがマナ金石を奪取してくるのですか?」
「その通り」
そう――それがここ『強欲の金鉱脈』の前に警告があった理由である。
マナ金石はカードに保存できないから、物体のまま持っていなければならない。
なのに、ゴールデンスライムはユーザーが気付かない隙に掻っ攫う特性を持つ。
「このステージに間違ってでも入ってしまったユーザーは、いつの間にかマナ金石を奪われて、いつの間にかステージの外に追い出される」
「それって、攻略不可能ではありませんか……?」
確かに、マナ金石を奪われるまでの時間制限付きだったら、攻略は不可能と言ってもいい。
しかし、『サモテン』の運営は無駄に有能集団なのだ。
「いや、ゴールデンスライムは頭が良いから、例えばマナ金石で釣って閉じ込めるようなトラップに引っかからないんだ」
トラップでなくても、例えば瓶の中にマナ金石を保存してしまえば、ゴールデンスライムは奪取できない。
なぜなら奴らは、攻撃力がないから……瓶を破壊することすら、できない。
「マナ金石を取られないよう準備した上で、範囲攻撃を当てるまで耐久する……ということですね?」
「いや、それだと非効率だ」
ボクは落ち着いて、持ってきたバッグからとあるものを取り出した。
「それは公子様が作っていた――」
「これが、ゴールデンスライム攻略の鍵だ」
それは、ガラス製の壺であり、その底にはマナ金石が接着剤で固定されている。
一件トラップのように見えるが、蓋がない以上、ゴールデンスライムは近づかないように思えるだろう。
だから――運営にも想定できなかったはずだ。
「ど……どうして……?」
「よし、捕獲……した訳ではないが、捕獲完了だ」
壺を……マナ金石の固定された底を上向きにするよう、地面に固定する。
すると次の瞬間、そこには、壺にハマったゴールデンスライムがいた。
破綻した理論の裏には、常に例外が付きまとうものである。
検証は成功だ。
運営との知恵比べに、また勝ってしまった。
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・『限定ステージ』
レベルA以上B未満や、特定所持アイテムカードC枚以上、特定属性モンスター捕獲経験などの入場に制約があるステージ。
階層に存在しない高ランクモンスターが生息する場合が多いが、対して生息するモンスターの種類は1つの場合が多い。
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