第24話 お隣さん

 目を覚ますと、部屋の天井。

 いつの間に寝ていたのか、ハッとダンジョンの中で気絶したことを思い出した。


「……で、慈雨が運んできてくれたのか」


 横を見れば、椅子に座りながらスヤスヤと眠っている慈雨の姿。

 空はすっかり朱色に染まり、およそ意識の無かった時間を計算した。


 妙に頭がすっきりとしている。

 最近はベッドを慈雨に貸して、ボクはソファーで眠っていたから、久しぶりのベッドはとても寝心地が良かったらしい。


「そういや、服買ってやらないとな」


 ダンジョンの時は誰かに見られてもいいように制服を着せているものの、今は着替えてボクのワイシャツ1枚だ。


 あまり意識していなかったけど、同級生の女子にこれはデリカシーがなかったかもしれない。

 じゃあ他にどうすればいいのか、と言われると妙案は浮かばないので、仕方ないと割り切るけど……。


 慈雨奏の容姿は、本人も言っていたけど、この世界でもかなり可愛い方に入ると思う。

 だから、動けないまま姿を眺めていると、意識してしまいそうだ。


 とにかく、今の状態は問題なので、近いうちに服を買おうと考える。

 ……ボクに服のセンスは無かった気がするけど、そこはネットの力で彼女に予め選んでもらい、ボクが買いに行くという形でいいだろう。


 ただボクが女性物の服を買いに行くというのも、何かを疑われそうな気がする。

 不便なことに、ここ迷宮学園で通販は使えないので、人気のない時間を狙って買いに行くしかないだろう。


 最悪、店員には女装趣味があるとでもいえばいい……いや、大問題ではあるけど。

 万が一には公爵家の権力を振りかざせばいい。


 ――などと計画を練っていると、慈雨が目を覚ました。


「んんっ……公子様……公子様!?」

「おはよう」

「大丈夫ですか……?」

「心配しなくても、ただのスタミナ不足だ」


 彼女の既に、それくらいの知識は身に着けているだろうに、心配そうな顔を崩さない。


「あっ……すみません、その――これを」

「ん……?」


 慈雨は何かを思い出したのか、手に持っていたボクの端末を渡してくる。

 そこで気付く――転生者チャットを見てしまえば、ボクの前世がわかってしまう点について。


 まあ……見られても困りはしない。

 それより、端末の画面を開いて、彼女が何に焦っていたのか知る。


◀通知▶:From 夏堀懐貴


 不在着信があった。

 そういえば、隣の部屋に住む彼のことをすっかり忘れていた。

 連絡を交換したきり、特に接点がなかったわけだが――


「こちらに戻ってきてすぐ、部屋にノックがかかって、暫くして端末に通知がありました」

「そうか。ちょっと出てくる」

「わかりました」


 お隣さんだし、この時間までダンジョンに入り浸るほど熱心には見えなかった彼のことだ。

 まだいるだろう、と部屋を出てすぐ隣の部屋へノックする。


 すると、すぐに扉が開く。


「誰~? って、四辻……その感じ、やっぱり寝ていたんだな」

「悪いな。起きてすぐとんできたから、許せ。それより何の用だ?」

「まあ入れよ、お茶だすから」


 これからダンジョンに再び潜る気分ではないので、今日中に済ませられる用事なら、手伝っても構わないと思っている。


 1組の連中と違い、夏堀とは良い付き合いを続けておきたい……お隣さんとトラブルは不味いからな。


 夏堀の部屋は、何だか奇妙な感覚を覚えた。

 シンプルなのに何故か……何というか、可愛らしい部屋だ。

 前世の女友達……ネネカやユウの部屋も、こんな感じだった覚えがある。


「んで、長くなる話か?」

「まさか。お前も知ってるだろ? 今度のグループワークの話だよ」

「知らん」


 学園の授業は殆ど聞いていない。

 知識は既にボクの頭の中にあるし、実践も周りに合わせてノルマは必要最小限するだけ。


 先生もボクが問題児だと気付いたのか、特に関わってこない。

 ここは、ある程度自己責任だからな。

 公爵家の子息の行動を、咎めるのにはリスクがあるとわかっているらしい。


「知らんって……大丈夫かいな」

「平気だろ。それってソロでもいいのか?」

「ダメに決まってるでしょ。グループワークって何か知ってる?」


 初ダンジョンに挑む際、ソロでも許されたから、いけると思っていた。

 でもダメなのか。


「まあわかった。グループワークがあるとして、それがどうしたんだ?」

「一緒に組んでほしいんだよ。俺と」

「……まさかとは思っていたが、学年合同なのか?」


 夏堀は3組の生徒。

 話の脈絡を辿れば、その誘いはすなわちグループワークが他クラスと共に行うものだと察しが付く。


「本当に何も聞いてないんか。で、どうよ」

「他のメンバーは?」

「1組の羽澤美憂、2組の翠尾碧の女子2人と3組の宇六白久って男子。みんなソロなんだ」


 クラスを跨いで選んだ面子か。

 夏堀は、クラスメイトというものに囚われないらしい。


「といっても、実は3組って個人主義的なところがあるからね」

「そりゃ最高だな」

「まあ、纏まらなかっただけなんだけどさぁ」


 逆に言えば4組はまとまっていそうだ。

 この調子だと4組の生徒にも目を付けていそうだが、恐らく断られているように思える。


「で、返事は?」

「いいよ」

「よっしゃ! よろしくな、四辻」

「ああ」


 誘いにのったのには、理由がある。

 1組の生徒とはあまり関わりたくないと思っていたが、その羽澤がボクも知っている名前だからである。


 その名前は入学前、慈雨から聞いていた原作小説の話。


 羽澤美憂は――原作小説『ダンジョンの召喚士』のヒロインだ。












୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈目録┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・『サーペント』

 ランク:★★★

 属性:風

 生息地:ダンジョン7・8層

 スキル:《毒攻撃》


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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