第22話 (九重湯乃視点)

 死ぬかもしれない運命に、微かな希望を持っていた。

 もしかしたら、君塚さんや一ノ瀬くんが私を見捨てないでくれるんじゃないかって……。


 でも、そんなことはなかった。

 わかっていた……1組が力を付ける為に、私は必要な犠牲なんだ。


 教室では明るく、元気付けるような言葉までかけてくれた一ノ瀬くんも、結局は私を裏切った。


 最後はもう公子様に賭けるしかなくて――私は這いつくばって『赤い土』へと手を触れたのだ。




 ――公子様に助けられてから、私の生活は大きく変わった。

 さすがに転生した時ほどの変化ではないけど、同年代の男子と2人暮らし。


 寮の部屋は広くないから、寝る時も公子様と一緒だ。

 同じ空間に異性がいる就寝は、ドキドキで中々寝つけなかった。


 ただ確かなのは――今はとても幸せだということ。


 身分は無くなったし、好きに外を歩けなくなってしまったけど、公子様は積極的にダンジョンへと連れ出してくれるし、寂しさはない。


 公子様は目つきが悪いし、入学式の日では1組でハッキリとお一人様を気取っていたから、多分怖がられていると思う。


 だけど、私にとっては間違いなくヒーローだった。


 公子様じゃなかったら、公子様以外を頼っていたら、私は生きていないという確信している。


 それに加え、新入生では殆どが持っていないという★3モンスターの捕獲を手伝ってくれたり、モンスター撃破による経験値を融通してくれた。


 しかも『アイスウィング』という希少属性持ちのレアモンスターを、一切惜しむことなく私へ与えてくれるなんて……過分に貰い過ぎている。


 ……そんな多くの恩義もあるけど、彼の魅力はそれだけじゃない。

 家事ができないところや、ちょっと抜けているところ……それは彼の素のように見えた。


 本来の彼は、馴れ合いを好まないクールな性格ではないのかもしれない。


 だからこそ……私の真意では、公子様の前世を気になっている。


「誰なんだろう……」


 一瞬――みんなに慕われていた四宮誠司くんのことを思い出す。


 クラスメイトの女子達は、ほぼ全員が彼に惚れていた。

 美男美女が多いと言われていた理名高校1年1組で、彼だけが突出してモテていた理由はわからなかったけど、とにかくみんなの中心だった。


 彼は私にも、話しかけてくれたことがある。

 教室の隅で静かに過ごしていた私に話しかけてくれるなんて、変わった人だと思って……実は少し怖かった。


 だけど、そこで彼は……私を笑わせようと冗談を言ってきたのだ。

 そこで、あまりにも眩しい人だと思った。


 結局、四宮くんと話したのはそれっきりだったけど……完璧な男子と言えば、きっと彼のことを差すのだ。

 だから――――


「公子様……四宮くんじゃないと、いいなぁ」


 彼はあまりにも遠い存在で、彼の為に命を捧げられる女子は何人もいると思う。

 ……私を捨てないでくれる公子様で、あってほしいのだ。


「……もっと、役に立たないと」


 彼に言われた通り、この世界の常識に関する知識を学ぶ。


 アイテムカード『クリエイトツール』から粘土状の物体を取り出し、工作する。

 公子様の話によれば、私の武器となる『クロスボウ』の作製が今の目標だ。


 作製する『クロスボウ』はランク★4を想定していて、★3の『板ばね』と★1の『弦』をそれぞれ素材の違う粘土で創り、最後に金属素材の『クリエイトツール』と組み合わせて作製するらしい。


 中々手間がかかるだけあって、他ユーザーの手本を見ようと動画を漁ったけど、見つからなかった。

 そんな事も知っているなんて、公子様はとても博識だし、同時にミステリアスだ。


 しかし、私に公子様を疑う権利はない。

 すべて私の為に教えてくれたことだし、私も彼を信じるだけ。


「よし……一歩前進だよっ、私!」


 工作は中々イメージ通り形作れなくて、時間がかかってしまったけど、遂に『板ばね』の作製に成功した。


 『クロスボウ』という武器はただ本体を作るだけでは足りず、矢にあたる『ボルト』の作製は無限に必要となるから、これからも毎日修練を積まないといけない。


 武器が完成すれば公子様の役に立てると思うと、胸が熱くなる。


 そしてノルマを終えた後は、私は物音を立てないように、部屋の掃除をして、手の込んだ料理を作る。


 もちろん勉強と家事だけに留まらない。

 時事的なニュースの確認も怠らず、有名なダンジョンライバーの配信を見て、役立ちそうな情報を収集する。


「ところで……この服は、何だか変な気分になってしまいますね」


 ダンジョンから生還したまま、公子様の部屋で過ごしている為、私の服は学園の制服1枚のみ。


 とはいえ、毎日同じ服を着る訳にもいかないので、そんな私の為に公子様がワイシャツを貸してくれた。


 それが何だと言う話だけど、私にとっては、とても重大なことだ。


 ……前世の素朴な私にもあった、ちょっとした憧れ。


 彼シャツという概念を彷彿させる公子様のワイシャツに、ちょっとドキドキしてしまうのだ。


「お、落ち着かない……」


 公子様のことを異性として意識しているのかどうか……私は自分の気持ちに悩んでいる。


「これが恋なら、私は……どうすればいいんだろ……」


 後から婚約者としての身分を惜しいと思うなんて、バカみたいだ。

 そうだ……元々は、自由を欲して公子様との婚約を破棄する為にも、死の偽装を行ったから。


 今更……どの口が「好き」だなんて言えるんだろう。


 私の気持ちなんて、関係ない。

 せめて見捨てられないよう努力を示して、彼に尽くしていくことを、私の生きがいにしていきたい。





「そういえば……公子様の作ったこの壺。なんだろう……」


 彼のデスクには、奇妙な形をしたガラスの壺が置かれている。

 その底にマナ金石が入っており、不格好に垂れ流された少量の接着剤が付着していた。











୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈目録┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・『氷属性』

 相性:火→氷→水 氷⇄土

 特性:水を氷結化させることが可能。

 《吹雪》:氷属性と風属性の混合技スキル。


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


サブタイトルは、慈雨奏の生存がわからないように前世名でございます

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