第18話 問題児

 この学園が基本的にダンジョン活動を優先しているため、授業は毎日3限分しかない。


 地球と同じ科目は数学と家庭科のみ。

 ダンジョンの歴史や、ダンジョン工学、アイテムカード体験の授業から始まり、中にはモンスター使役活用術といった戦闘の練習をさせる科目まで存在する。


 と……ここまでが、ボク達がこの学園で授業を受ける意味なのだが――迷宮学園にも朝のホームルームがある。


「先生……それは、本当なんですか?」


 しーんと静まり返った教室に、最前列の席に座る二宮双真の声が、教室内に響き渡る。

 ――慈雨奏の訃報が告げられたのだ。


「彼女は、わたくしと一ノ瀬くんを庇おうとして、結果として『赤い土』を踏んでしまいました」


 先生までもが暗い顔をする中、立ち上がった君塚澪がことの詳細を説明する。

 『赤い土』のことはダンジョントラップとして有名だし、誰も悪くない……よくある事故に違いない。


 しかし、まさかダンジョンへ挑戦した初日に死者が出るとは、殆どの生徒にとって予想外のことだったはずだ。


「その場にいて助けられなかった俺が言うのも、もしかしたらお門違いかもしれないけど……暗くなっている場合じゃない! 本当に辛いけど、ここで立ち止まったら、彼女の犠牲が無駄になってしまう……そうじゃないか? みんな!」


 一ノ瀬もまた立ち上がり、声を張り上げてそう鼓舞した。

 開き直り……というより、深い悲しみを越えて一皮剥けた決意……とも捉えられるかもしれない。


 ボクとしては、慈雨本人から一ノ瀬が彼女を犠牲にしようとした話を聞いているので、とんだ茶番だと思っているが……。

 まあ、それは彼女がすべき復讐であって、ボクが関与するまでもない。


「早々に1組は大事な仲間を失ってしまった。でも、だからこそ――他クラスより一足先に一丸となるべきだと思うの!」


 一ノ瀬に続く君塚は、そう言いながらボクを一瞥した。

 まあ何を言われようと、従うつもりはないが。


「特殊ステージは、11層以降でランダムに出現するエリアだが、2層に現れるのは極めて稀なことだ。本当に……不運な事故だ。

 一ノ瀬に君塚、そんな光景を目の当たりにしてなお、前を向ける2人の志はとても立派だ」


 清原先生は彼女達の言葉に感動したのか、大袈裟に言って見せる。

 真実を知っているボクからすれば、狂っているが、この学園ではこれが正解なのだろう。


 身近な同級生の死さえ利用して、未来を見据える。

 人は自分の利益の為に、どこまでも残酷になれるものだ。

 元クラスメイト達も、ボクと同じように変わってしまったということか。


「以上でホームルームはおしまいだ。この後の授業は、『モンスター使役活用術』だが、心配しなくて良さそうだな……」


 クラスメイトの死を重く受け止める生徒達も、覚悟を決めたのか、あまり言葉にはしなかったものの、いち早く教室の移動を始めた。


 ぞろぞろと教室から人が出て行く中、ボクもまたマイペースで立ち上がると、1人残っていた二宮双真の姿を発見する。


「俺には……何もできなかったのか」

「早く行かないのかよ?」


 放っておけなかった訳じゃない。

 ただ慈雨によれば、これでこの主人公様が覚醒すると言っていたので、様子を確認しておきたかった。


「四辻……だったね。入学式の後、君塚を圧倒していたのは、見事だったよ。にしても、公子様は他人に興味なんてないと思ったよ」

「学園内で爵位の差は関係ないし、人並みに気になる時もあるさ」


 彼は伯爵家の出だったか。

 そんなことにコンプレックスを持つような奴が主人公だとは思いたくないんだけど、な。


「自分のことしか考えない四辻には、この苦しみはわからないんだろうね」

「ああ。欠片もわからなくて、興味深いくらいだな」


 そう言うと、二宮は鋭い眼差しでボクを睨んできた。

 たった二日前知り合ったばかりの、友達ですらないクラスメイトの為に、どうしてここまで本気で悲しむことができるのだろうか。


 この物語の主人公は、大概頭がおかしいのだと知ることができた。

 なるほど――こうして彼は順応していくのだろう。


 いまだ席に座り続ける二宮を置いて、ボクも次の授業へと向かうことにした。




 ――モンスター使役活用術では、実際にカードを使用し、クラスメイト達と模擬線を行う実践型の授業だ。


 しかし実際のダンジョンと違うのは、ユーザー自身が戦闘に参加してはいけないこと。

 いや、というより……普通、ユーザーは戦闘に参加しないものらしい。

 アイテムカードを駆使して、モンスターをサポートするのが一般的だ。


 ボクのスタイルとはかけ離れているが、モンスターの使役が『サモテン』よりも意外と難しいので、真剣に取り組む。


「四辻くん、対戦願えるかしら?」

「断る」

「なっ……」


 君塚から模擬戦に誘われるも、一言で断った。


 真剣に取り組むといっても、戦闘に対して積極的になる訳じゃない。

 あくまで命令の出し方などを試行錯誤したい為、ボクは適当なクラスメイト達と模擬戦をしている。


 だから、明らかに所持モンスターカードのランクが2段階違う君塚と模擬戦をしたところで、ボクのモンスターカードがグレーアウトさせられるだけだ。


 24時間の使用不可は、普通に影響を及ぼしてくるし、こちらにメリットがない。


 というか、ボクに話しかけないよう言ったはずなのだが……今朝の件で調子づいてしまったのだろうか

 非情に面倒である。


「おい四辻! 戦士なるもの、決闘の申し出に応えるべきではないか?」


 そうボクの邪魔をし始めたのは、この授業の担当教師である大山教諭。

 さすがに教師相手ともなると、面倒は数倍にも膨れ上がる。


「申し訳ないですが、実はクラスメイトが死んで体調不良なんです。今日はもう早退しますね」

「むっ…………ならば仕方ないな」


 なので、ボクは昨日の件を利用して逃げることにした。

 こう言えば、幾ら教師でも言葉を噤む。

 たとえボクの言葉が嘘だとわかっていても、他の生徒に危害を加えてしまう危険性があるからだ。


 無事説得に成功したと見たボクは、君塚を一瞥して、堂々とその場を後にした。

 幾つか訝しげな視線が飛んできたが、無視。


 ここまで問題児を演じ続けていれば、きっといつかは君塚も諦める。

 そう信じることにした。












୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈目録┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・『属性シリーズの法則』

 モンスターの中には、基礎5種類に分類されたモンスターが存在する。

 属性ごとに定型名が個体名に加えられる。


 火=ファイアー

 水=ウォーター

 土=サンド

 風=ウィンド

 雷=サンダー

 無=ノーマル


 例:サンダーバード、ノーマルウォルフ、ウィンドウォルフ


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