2nd ACT:ダンジョン&パラドックス

第17話 利用価値

「本当に……地上に戻って来れたんですね」


 ダンジョンからの帰宅は、直接寮室の中である。

 慈雨奏を男子の住む部屋に放置するのは考えものだが、暫くはここで匿う他ない。


「それで、私は何をすればいいんでしょうか」

「ああ、そういえば言ってなかったな」


 ボクもただのお人好しではない。

 彼女の命を助けたのは、利用価値……もとい作業員としての価値があるからである。


「『クリエイトツール』ってアイテムを知っているか?」

「……いえ」

「アイテムや装備を作製できるアイテムだ」


 この世界には特殊なアイテムが沢山ある。

 その中には、想像を具現化させるものもあるということだ。


『クリエイトツール★~★★★』


 その消費型素材アイテムには、★1~3のランクが存在し、カード化した際のランクが素材の上下1差内にあたるアイテムを作ることができる。


 例えば『クリエイトツール★★★』を使用すれば、完成アイテムのランクは★2~4になるということだ。


 しかし作製には手間がかかるし、失敗すれば何の能力も持たないオブジェクトと化すか、消失してしまう。


「お前の当面の目標は、『クリエイトツール』を使用して自分の武器を作ってもらうことだ」

「……なるほど」


 ボクは『クリエイトツール』を使用して作製可能なアイテムをすべて網羅している。

 いずれ、それらをまとめた図鑑……詳細も含める概論を執筆するつもりだ。


「――そう思っていたんだが、計画を変更しようと思う」

「と言いますと?」

「転生者の知識が乏しいことは昨日今日でよくわかった。まずはお勉強だ」


 彼女はこれから、迷宮学園の生徒として学ぶことも、学ばないのだ。

 学校へ通わない分、人工知能の教師を付けて勉強してもらわないといけない。


「後々、役に立たないなら助けた意味がない。ボクがチューニングした学習ソフトを与えるから、しっかり勉強してほしい」

「……わかりました。しかし――」

「ん? なんか疑問点でも?」

「いえ、その……てっきり公子様は私を――」


 慈雨はなぜか顔を赤らめて、恥ずかしそうな顔をする。

 疑問があるなら、早めに言ってもらいたい。


「私を?」

「あっ、違くて……ですね。そう……私に公子様の私生活をお世話する役回りを与えられるのかとばかり……」


 慈雨はそう言うなり、ボクの部屋の中を見渡す。

 乱雑に放置された小物の数々に、詰みあがった資料の束。

 彼女が何を言いたいのか、何となくわかった。


「ご食事なども、きちんと摂られているのですか……?」

「…………」


 そう言われると、ボクはこの学園に入学してからというもの、まともな食事をした記憶がない。


 慈雨奏を助ける計画を練っていたのもそうだが……公爵家では使用人が勝手に作ってくれたから。


「お願いして、いいか?」

「ふふっ、公子にも子供っぽいところがあるんですね」


 慈雨奏の笑った顔を、初めて見た。

 彼女はずっと死の恐怖に怯えていたから、ようやく落ち着くことができたということか。


「――っ、すみません。つい笑ってしまいました」

「いや、不愛想でいられるよりかは、その方がいい」

「…………」


 すると、彼女は考え込むような顔をした。

 そして何かを決心するように顔を上げる。


「九重ユノ――私の前世の名前です」

「……そうか」


 ハッキリ言って彼女が何者であろうと、助けるつもりでいた。

 だから、前世のことは今まで触れてこなかった。

 が……気になっていなかったと言えば、嘘になる。


 それが、クラスの隅にいたあの女子なのだとすれば、ちょっとは驚いた。


「どうして今更?」

「公子が信頼できるとわかったので……」


 なるほど。

 彼女がこれまで、疑心暗鬼になっていたのも頷ける。

 友達のいない高校生活を送っていた彼女にとって、他人を信じるという行動は、根本的に合っていなかったのだ。


「なので、私が勝手に明かしただけです。公子の正体は、無理に聞こうと思いません」

「わかった。じゃあ遠慮なく、ボクは秘匿させてもらう」


 慈雨奏を信用していないからではない。

 彼女は当にボクから離れられない立場にあるし、裏切ることも考えられない。

 ただボクは、前世と違い過ぎている。


 みんなの人気者……クラスのリーダーだった四宮誠司はもういないのだ。

 あの頃のボクはきっと、周りからすれば無敵の人間に見られていたきらいがある。


 みんなの期待と羨望……ボクにはそれに応えられるだけのスペックがあった。

 だけど――疲れてしまったのだ。


 元を辿れば、『サモテン』のエンドコンテンツが遅れたのも、ボクが周りのお願いに断り切れなかったから。

 前世のボクは……自由じゃなかった。


 もっと利己的に生きてみたいと思ったから。

 ここはボクが変われる世界だと思うから。

 だから――誰にもボクの正体は話さない。


 ボクは転生者ではなく、登場人物に出てくるモブとして行動する。


「それじゃ、夕ご飯の食材買ってくる」


 すっかり、同級生とただルームシェアしている状況な気がするのは、あまり考えないようにしようと思う。












୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈目録┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・『転生者チャット』

 天の声によって実装された、転生者同士で連絡可能なアプリケーション。

 非転生者には認識されず、ユーザー名は転生者の前世名で固定されるため、成りすましはできない。

 機能としては、『グループチャット』『個人チャット』『匿名掲示板』が存在し、内密にやり取りしたり、情報交換を円滑にすることが可能。


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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