第16話 シュレディンガーの猫

 『第陸の鍵』を使い、ボクはダンジョンへと戻って来た。

 このアイテムは地図系のアイテムと併用することで、入り口が繋がる先を指定できるので、先ほど2層で君塚達と会った場所あたりへと繋げた。


 扉を繋いだ先の付近に生命体がいる場合、扉が開かないようになっている為、このアイテムのことが誰かにバレるなんてことはそうない。

 とはいえ、クラスメイトと鉢合わせるのも面倒なので、早速ボクは計画を実行した。



【ダンジョン第8層】


「賭けは……公子様の勝ちでした」


 そしてボクは、彼女――慈雨奏と再会した。




 ***




 ボクが慈雨奏と出会ったのは、入学式の1週間と数日程度前の話になる。


 四辻聖夜に転生したボクは、なんとこの世界における公爵の次男だった。

 それもゲーム『サモテン』でも敵として出てくる悪役貴族。

 『サモテン』メインストーリーの黒幕とも言えるキャラクターだ。


 開発者ブログによると、原作には存在しない『サモテン』で追加されたキャラクターらしく、特殊な立ち位置にいることを早々に察した。


 しかし、公爵家の権力とは絶大である。 

 優れたソフトの数々を備えたコンピューターと有能な人工知能の教師を用いて、ありとあらゆるこの世界の常識を3日で学んだ。


 更には迷宮学園へと持ち込める★1のカードは、数百の貴重品から選び放題。


 そう――ボクは何でも持っていた。

 当然、そんな貴族の子息には、婚約者までいたのである。


「助けていただけないでしょうか」


 突然家へとやってきた婚約者……慈雨奏は、顔を合わせるなりボクに土下座してきた。


 話を聞くところによると、彼女はこの先で死ぬ運命にあるのだと言う。

 そこまで聞けば、彼女が転生者であることはすぐに察した。


「安心しろ。ボクも転生者だ。お前が原作小説の序盤を知っているというなら、物語をもっと詳しく教えてくれないか?」

「は、はい……あの、公子様は――」

「前世のことを訊いているのか?」


 少し悩んだ。

 ボクの正体がバレてしまえば、面倒事が出来て、エンドコンテンツへの挑戦を妨げられてしまうかもしれない。

 しかし、彼女の返答は違った。


「いえ。それも気になってはいますが、公子様は私をその――助けてくださるのかと」

「まあ……転生してきてすぐ、親にお世継ぎを作ってこいだなんて言われたら、そんな顔にもなるか」


 そしてボクからすれば、彼女の身柄は好き勝手していいということである。

 とはいえ、どの道彼女が死んでしまうなら、跡継ぎなど望めないし、入学後から彼女が死ぬまでの間には、他人と交流できる猶予が存在する。


 面倒事を増やすのは、本当に勘弁したい。

 慈雨奏の容姿は本当に魅力だし、ボクも性欲はある。

 それでも、出会って早々土下座までされてしまえば、気が引けるものだ。


「同郷のよしみだとでも、思っていてくれ」


 彼女はボクの前世を訊いてこなかった。

 そこに、ちょっとした好感を覚えたから……助けるには充分な理由だろう。


 ――慈雨奏の知る原作小説の内容を聞いて、わかったことがある。


「お前……殺されるな」

「それは――まだ、わかりません」


 基本的に、新入生は『クラスランキング』に意味があるものだという勘違いしている。


 つまり、主人公である二宮双真が覚醒する為のキッカケとして、あまりに打ってつけだ。

 原作小説を知っている1組の生徒は確実に慈雨奏を狙うだろう。


「性善説を信じるのもいいが、助かる方法は幾つかある」

「本当ですか?」

「ああ。まず、他クラスが『主人公の覚醒』を防ぐために、慈雨奏を保護しようとする場合だ」


 だが、その為に動く生徒は自らが転生者であることを明かすことになるし、初ダンジョンで他クラスとはあまりにも物理的距離がある。

 接点を作ろうにしても、入学から時間が無さすぎる。


「――以上が、この方法のリスクだ。そして、助けた見返りは求められるだろうな」

「……覚悟の上です」

「なら、もう一つの方法を示してやる」

「それは――――」

「他人全員を騙して、ボクだけを信用することだ」




 ***




「賭けは……公子様の勝ちでした」


 彼女がボクの思い通りに動くとは限らなかったし、1組の生徒が確実に慈雨を陥れようとするかは、本当に賭けだった。


 だが、こうしてすべてが計画通り進み、ボクは慈雨奏を助けに来た。

 文句の付けようのない成功だ。


「ボクが地上へ帰ると聞いて、見捨てられたと思ったか?」


 命がかかっている以上、彼女は真剣だっただろう。


 それが、ボクは彼女の目前で堂々とダンジョンから離脱すると、宣言したのだ。


 慈雨奏がボクを裏切る可能性もあった為、計画の全貌は伏せていたが、それがより彼女の絶望にリアリティを与えた。


「いえ、あの時すれ違い様にカードを頂いて……信じたいと思っていました」

「充分だ」


 慈雨奏に残された逃げ道はボクを信じることだけなのだから、そこまでは想定内である。


 ダンジョン2層で君塚のグループに出会った際、実は慈雨奏にすれ違いざま『超衝撃吸収エアバッグ』のカードを渡しておいたのだ。


 落下による衝撃は物理攻撃。

 ならば『超衝撃吸収エアバッグ』は『赤い土』を活用した階層移動のグリッチとして、有効だった。


 もちろん『超衝撃吸収エアバッグ』は貴重品なので、こんなグリッチにはまず使われない。

 体よく防御アイテムとして使われてしまうことになるが……実は落下死回避こそが、運営に想定された本来の使い方だったりする。


 そう――このグリッチは、公式である。

 大体、初心者限定ステージ『三つ穴の祠』は、『赤い土』の理不尽なトラップにキレたβテスターによって、運営が実装した隠しエリアなのだ。


 すなわち……『三つ穴の祠』が実装されていることも、一つの賭けだったという話だ。

 この経験で、他の隠しエリアも使用できるとわかったのだから、ボクにも充分手間をかけたメリットはあった。


 なにはともあれ――これが、慈雨奏生存トリックの全貌。

 何も知らない1組の生徒達は「慈雨奏が死んだ」と信じ込むしかなくなるだろう。


「ダンジョンに入る前、君塚に手札はすべて見せておいたんだよな?」

「はい。私が助かる余地は、あり得ません」

「ならいい」


 ボクがダンジョン8層にまで来れたのも、2層の『赤い土』を見つけて、トラップを発動…… 同時に『超衝撃吸収エアバッグ』を起動させたことで、無傷で着地したからである。


 彼女達のおおよその場所はわかっていたし、少し探して見つかった。


 ダンジョン第8層は★3のモンスターしか生息していない。

 9層以降に出現する★4以上のモンスターが出てこないから、連戦を避けて一対一を繰り返せば、ボクでもギリギリ対応できた。


 もし落下地点があと1層下だったら、ボクでも危険だっただろう。

 ガーゴイル1体でも、遭遇すれば確実に死ねる。


 とはいえ、手短にやることを済ませて、地上へと戻りたい。


「端末貸せ。SIMカードを抜いて、確実にお前が死んだことにする」

「どうぞ」


 ボクの端末は今も寮の中だ。

 学園側の観測ではここに生命反応は一つだけ。

 落下地点から動いていないまま反応が消えたとすれば、死亡を確定させる。


「よし、それじゃあ約束通り、お前はボクのモノだ。基本的にはボクの部屋に匿うが、いずれ変装アイテムを入手次第、外にも出してやる」

「はい……それはいいのですが、どうやって地上へ戻るのでしょうか?」


 助かったというのに、相変わらず彼女は怯えた様子で、畏まった聞き方をするものだ。


「この扉を使う」


 行きは地図アイテムが必要でも、帰り道は『第陸の鍵』で一直線だ。


 開いた口が塞がらない顔をする慈雨奏を見て、少し楽しんでいると、その瞬間――アナウンスが表示された。



▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄>来る明日、24時間後にて、迷宮学園の端末に転生者特典【連絡アプリ】が間もなくダウンロードされます

>これにより転生者は『前世の名前』で転生者同士と通話が可能になります

>当アプリは迷宮学園のセキュリティに抵触せず、非転生者には認識されません

>これにて転生者サポートは終了致します


>皆様の未来に、幸あらんことを

◥▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄▄◤



 天の声は、たしかに転生者同士連絡を取れるようにすると話していた。

 しかし、まさかのタイミングである。


 しいて言えば、慈雨の端末を破壊して処理する前で良かったと思った。

 いやだからこそ……今のタイミングだったのかもしれない。


 ――天の声、ボク達のことを見ているのか?


 なら、しっかりと見せてやらないといけない。

 これからボクが進む軌跡を……神ですら知らないであろうエンドコンテンツのその先を――












୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈目録┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・『携帯型ナイフ』

 ランク:★

 属性:無

 獲得条件:学内商店

 装備効果:物理攻撃力10%


・『ガーゴイル』

 ランク:★★★★

 属性:水

 生息地:ダンジョン9~層

 スキル:《石化》


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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