第8話 カースト破壊
教師が居なくなってからも、1組の面々はお互いに獲得したカードを見せあっていた。
同調圧力とは恐ろしい。
あっという間に皆が手の内を晒し、記録している生徒までいる。
そして遂には――――
「えっと、あと四辻くんだけ……なんだけど」
引いたカードをクラスメイト達に公開して、情報を共有してほしい、という同調圧力。
嫌な雰囲気だ。
「秘匿してもいいって話だったが?」
「…………」
ボクの元へ来たのは、またしても君塚。
もう話す事もないと思ったが、彼女以外では話しかけにこないのも納得できる。
彼女は真っ先に自分のカードを晒した。
こうして交渉できる余地があるのは、彼女だけだろうから。
「四辻ー、自分だけ隠してんのかー?」
「私達だって見せたのに、一人だけ隠すの?」
「ははっ、どうせいいのが出なかったんだよ」
リーダーの行動に、クラスメイト達は口を揃えて見せるように言う。
対照的に、静かな連中もいる。
あまり良いカードが出なかった生徒は、申し訳なさそうにクラスの端へ。
既に、クラス内のカーストは出来始めているということだろう。
――こうなることがわかっていたから、足並みを揃えるのは反対だった。
ここは地球じゃない。
命の手綱を預けられるほどの信頼関係は、簡単に作ってはいけないのだ。
だから――――ここで断ち切らせてもらおう。
「最初の一回だけ、お願いできない? クラスの雰囲気もあるでしょ」
彼女にも彼女の立場がある……ということだろうが……。
「確かに、そうだな」
「じゃ、じゃあ――」
希望を見せ……君塚の気が緩んだ瞬間、ボクは彼女の胸倉を掴み引き寄せる。
そして、突き放すようにして転ばせた。
「……きゃっ!」
「ちょっ! お前――」
「君塚ちゃんに何をって……おい……」
ボクは自分の席へ座ると、机の真上に、刀身が鞘に包まれたナイフを突き立てていた。
問題は突き立てた先にあるカード……『英雄ハクア』がそこにあること。
君塚を突き放す瞬間、彼女の制服のポケットへと手を入れ……奪っていたのである。
「大事なカードを晒していると、こういうこともある」
「――――ッ」
もし鞘がついていなければ、大事なカードは使えなくなっていたかもしれない。
今の実演を見て、さすがに理解しただろう。
静寂に包まれる教室。
まあここまですれば、無理もないだろう。
「ほらよ」
「――えっ」
絶句した君塚に、ボクはカードを返す。
戸惑った顔がそこにあった。
「なに驚いているんだ? 返さなかったら、ボクはレッドカードを食らうかもしれない」
レッドカードとは、3枚与えられた場合、学園の在籍要件を外れてしまうカード。
詳しい話は割愛するが、学園側はこの制度によって生徒の行動を抑制しているのである。
何はともあれ……こういった横暴は、本来許されないということ。
だが――
「でも、君塚もボクに強要しようとしたよな? それも……レッドカードを食らうかもしれない行動って自覚は、あったのか?」
「……いえ」
君塚は真っ青な顔で、こちらを見てきた。
彼女は悪くない……ただ彼女の責任感は、自分を責めているのだろう。
まあボクの目的は、君塚を怖がらせることじゃない。
この気持ち悪い教室の空気を、破壊することだ。
「いいだろう。見せてやるよ……ほら」
「えっ……あの、これって」
「ボクのカード公開してやるよ」
ボクが渡したカードを確認して、面食らった顔をする君塚。
そこへ集まるクラスメイト達。
「★2って……雑魚じゃ――」
「しっ! 余計なこと言わない方が良いわよ」
「そ、そうだよな……」
ボクの入手したカードを見た皆の反応は様々だったが、少なくとも小馬鹿にするような物言いは殆どなかった。
先ほどまで蔓延していた、カード至上主義の潮流。それも今や、雲散霧消している。
実際、ボクはカードに頼らず、君塚を圧倒してみせたのだから、間抜けでないクラスメイト達はイヤでも理解してくれるだろう。
もちろん、カード至上主義も間違ってはいない。一番の問題は……皆の手の内を晒してしまっている状況だった。
どうにも彼らは驕っているが、今の意識でいかれては、最初はよくても1組の先は短かっただろう。
カード数枚如きで、クラス内カーストが完成してしまうのは、良くない流れだった。
それは何もボクだけじゃない……彼らの為になることだ。
それがわかってしまえば、彼らに反論の余地はないのである。
学園長の話では、ユーザー同士の大会で協力型のものがあるらしいからな。
個人の力でどうにもならない捨て駒にされるのは、ごめん被る。
そのためには、今の時点で荒療治を施す必要があったのだ。
「で、ボクの恥を晒すような真似をして、満足か? 1組代表」
「いえ……その、ごめんなさい」
「はっ」
鼻で笑った。
謝るくらいなら、やめておけばよかったのに。
君塚……クラスの代表をやるには、少し弱いんじゃないだろうか。
「所持カードを自ら晒すなんて、親からまともな教育も受けていないと、大変なんだな。同情するよ」
ボクの言葉に、クラスメイト達は黙った。
このクラスで確信している転生者の数は5人。それも……ほとんどが比較的高い爵位を持っている。
だからカーストの根源は彼らなのだ。
とはいえ彼らは自分の常識が正しいのか判断できていない。
まあ……この辺が潮時だろう。
そろそろ一ノ瀬壱郎あたりは、怒りを爆発させようとしている。
これ以上クラスメイト達に注目されるのも、良い気分じゃない。
ボクはそれ以上何も言わず、教室を後にした。
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・『学内序列』
文字通り、迷宮学園の学年序列のこと。
『校内ランキング』、『学年ランキング』、『クラスランキング』の3つが存在し、前2つに関して、生徒は任意で匿名にすることが可能。
ただし、学年末ではクラス替えの為、『学年ランキング』における匿名設定は解除される。
生徒本人の順位は、月末にて『月末報酬』と共に生徒の端末へと送信される。
この序列はすべて、生徒本人の能力や素質……カードランクを加味せず、ダンジョンで採取したマナ石の納めた数で決まる為、来月への持ち越しなどして駆け引きを行うことが可能である。
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