第2話 天の声(1/2)

 真っ白な空間に、ボク達はいた。

 計36人……目で追って数えると全員の姿がはっきりと見える。


 一体ここは何処なんだ?

 ボクは夢でも見ているのだろうか。

 地に足の付く感覚が無いのである。

 動揺しない方がおかしい。


 クラスメイト達も同じように戸惑っていたが、やがて一人が声を上げた。


「……な、なんだよ、ここ」

「わからねぇ。俺ら、どうなんてんだよ」


 男子連中が茫然としながらも声をかけあって、お互いの認識を擦り合わせる中、ボクの元へネネカがやって来る。


「誠司……ここって――」

「わからない。取り敢えず今はみんな落ち着いているからいいけど――――」


 いずれパニックになるのは想像に難くない。

 取り敢えずこの空間が何処まで続くのか確かめようと、するとネネカが裾を掴んできた。


「怖いのか?」

「まぁ……ね。これ……帰れる……のかな?」


 手が震えている。

 今ここで「大丈夫だよ」だなんて無責任なことは言いたくなかった。


 というより……今この状況でボクは――他人のことを考える余裕がない。

 ボクだって、冷静でいられるわけがない。


 監禁されたのかよくわからないけど、ボクの『紅冥神刀』レベル99の夢が途絶える可能性を考えるだけで、絶望していた。


 早く……ボクだけでも早く……帰らなければいけない。


 悍ましい黒い渦のような感情を張り巡らしたその時――――


『あら、意外と冷静でございましたか』


 真っ白な空間に、響く女性のような声が響いた。

 いや空間に響いたのではない……ボク達の脳内に、直接話しかけてきている。


 同時に空間の天には、凪いだ水面に水滴が落ちた時にできる波紋のような模様が、すべて反転するように見える。

 摩訶不思議な光景が広がっていた。


「だ、誰だっ!?」

「何処から話しかけてきてんだ? 出てこい!」


 謎の声に、男子連中の一部が騒ぎだす。

 今の状況が、誰かの仕業だとわかったのだ……無理もない。


『残念ながら、皆さんに姿をお見せすることはできません……なぜなら、我々には姿なんてものがありませんので』


 ……は?

 天の声とでも言えばいいのだろうか。


 確かに天に広がる光景も形あるものではない……ただ声の響きがイコライザーのように可視化されているだけである。


 しかし……ガツンと頭を殴られたような衝撃は、そんなものではない。


 その話はとても非現実的で、荒唐無稽で、形而上学的とも思えたものの……なぜか真実にしか聞こえなかった。


 情報の信用性を疑う余地がない。

 ボク達の本能が、この声の話が真実であると告げているのだ。


 その認知はまるで――砂糖を舐めたら、甘いと感じるように……自明の理を押し付けてきた。


 だからだろうか……不思議と恐怖を感じる。

 ボクだけじゃない、クラスメイト達もみな口を噤んだ。

 怖いんじゃない……反論が思いつかないのだ。


『静かになりましたね。それでは、あなた方の処遇をお伝えいたしましょう』


 どこか楽し気な天の声の口調。

 ボクはこの声と口調に、どこか聞き覚えがあった。

 そういえば、『召喚士と七大神殿』……通称『サモテン』のアナウンスも、こんな感じの声だったような……気がした。


『おめでとうございます! あなた方、理名高校1年1組36名は、クラス転生者に選ばれました! そう――異世界転生です!』


 一瞬のノスタルジックすら吹き飛ばすような、とんでもないことを言われた。


「……転生? 私達が……? 嫌、嫌よ!」

「そうだ……転生って、あれだろ?」

「残酷なファンタジー世界に飛ばされるやつ」

「絶対にイヤ!!」


 さっきまで黙っていたクラスメイト達も、さすがに今の話には怒り心頭である。

 昨今、異世界転生といえば、ライトノベルやゲームなどで有名だが、モンスターの蔓延る残酷な世界であるのが定番だ。


 小説のように、チートだなんだと喜ぶほど、ボク達は馬鹿じゃなかった。

 まあ理名高校って……偏差値63っていう、頭がいいって言っていいのかわからない微妙なラインだけどさ。


 取り敢えず、そんなことはどうでもいい。

 ボクは愕然と膝を下ろした。

 つまり、ボクは家に帰れないのだ。

 エンドコンテンツ初の達成を逃してしまった。

 怒りすら湧かなかった。


『ご安心くださいな! 確かにあなた方がこれから転生する世界は、一度死んだらおしまいです。異世界とは言いましたが、実際には異世界ではなく小説……或いはゲームの世界です。そういう意味では、デスゲームと言ってもいいかもしれません。だからこそ、あなた方が選ばれたのです』


 理解できない。

 自信満々な天の声の言葉はすべて真実。

 だからこそ、わからない。

 それはまるで、ボク達が殺し合いに向いているような言い方ではないか。


『おや、どうやら勘違いされている様子。違います違いとも……そうではございません。誰かが死ぬかもしれない世界、そこで適正となるのは、誰よりも固い友情あってのものではありませんか。あなた方が選ばれたのは、絆という資格があったからなのです!』


 ……理屈は合っている。

 危険な世界で生き残るためには、何よりも助け合いが大事だろう。

 だが――ボクは……そんなことどうでもいい。


 夢も希望もなくなって、今更異世界?

 ……笑わせないでくれ。

 それが許されるのは、平和あってのものだ。

 余裕がなくなった人間が、利己的にならないわけないじゃないか。


 戯言にしか聞こえなかった。

 協力? 冗談じゃない。

 転生したら……真っ先にボクはみんなから離脱するぞ。


「誠司……?」

「ん? 大丈夫だよ、ネネカ……天の声の言う通り、ボク達ならきっと……さ?」

「そうじゃなくて……誠司、顔怖いよ?」

「――――――――――」


 怒りすら湧かないと思っていたけど、思っていたよりボクは怒っていたのかもしれない。

 真っ白な空間の空を、ボクは睨み付けた。

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