第8話 何でここに?

「じゃあ次は、カルアミルクで」


「かしこまりました」


 バーテンダーのお兄さんとの会話に気を良くしたのか、白石さんはその後も、杯を重ねる。

 笑顔が溢れ、リラックスしたムードだ。

 お兄さんは手際よく、グラスに七色の液体を注ぎながら、彼女と言葉を交わしている。


 年は俺よりも上だろう。素直に格好いいなと思う。

 きっとこの人も、俺なんかとは住む世界が違うのだろうな。


「高坂さんは、お仕事楽しいですか?」


 一人でバーボンの渋みと対話をしていると、白石さんが小顔をこちらに向けてきた。


「はい、それなりには。俺は人と喋るよりも、計測器やサンプルと向き合っている方が、性に合っていますから」


「お休みの日とかは、どうされてるんですか?」


 …… 白石さん、ちょっと雰囲気が変わってきたな。

 頬を薄っすら紅色に染めて、目尻をとろんと下げている。

 妙に陽気だし、話す言葉の色んなところが、甘々になってきたような。

 もしかして、お酒飲むと、陽気になるタイプかな?


「ほとんど家にいて、掃除とかして、あとはぼーっとしてますよ。たまに映画行ったり、将棋道場や雀荘に行きますけど」


「……将棋、雀荘……?」


「はい、趣味みたいなもので」


「私、やったこと無いから、分らないんですけど」


「まあ、そうでしょうね。将棋は小さい頃に親父とやってて、麻雀は大学の時に覚えたんですよ」


「そう、ですか……」


 そこで会話が途切れてしまった。趣味の違いは、如何ともしがたい。

 話題を変えてしまおう。


「そういう白石さんは、休日はどんな感じなんですか?」


「えっと……私も、お部屋の片づけとか、仕事の勉強とか。あとお料理とかもやります」


「お料理、ですか?」


「はい。平日はあまり時間無いですけど、お休みの日は買い物に行って、色々と作っています。シチューとか肉じゃがとか、炊き込みご飯とか」


「へえ、いいですね」


 自分で料理出来る人っていいな。

 ゆで卵と簡単な麻婆豆腐とラーメンにうどん以外、作ったことが無い俺としては、憧れる世界だ。

 最近では、そういうことが出来る男子が、トレンドなのだと聞いた気がするけれど、俺はそっちの世界とは縁遠い。


「たまに作り過ぎて、困るんですけどね」


「いいな。俺は料理できないから、羨ましい」


『ガチャン!』


 白石さんと会話をしていると、突然店のドアが開いて、うるさ過ぎる声が流れてきた。


「わあ、いいお店。流石!」


「だろう? すいませーん、四人いけますか!?」


 男女のグループだ。

 フロアにいた女の子が対応して、俺達が座るすぐ後ろのテーブル席に案内した。

 それ以上は気に留めずに、白石さんとの会話を続けようとしていると、


「あれ!?」


 背後から声がして、何者かが近づいてくる気配が。


「高坂!?」


 何故か、俺の名前が呼ばれている気がする。

 一体誰……はあ?


「山県?」


「おお、やっぱ高坂かあ。こんなとこで奇遇だなあ?」


 それは間違いなく、山県好景その人だった。

 顔を真っ赤にして陽気に口元を歪め、後ろのテーブル席には、会社帰り風の女の子が三人座っている。

 会社の総務部の子達だろうか。みんな暖色系の装いが映えて、綺麗で整った顔を見合わせている。

 まるでハーレム状態だ。


 なんでこんな時に…… と思ってみても、ここは元々、山県から教えてもらった店なのだ。


「お前、俺の誘いを断って、何やってんだよこんなとこで。そちらは、お連れさん?」


 ご陽気に、俺の顔と、白石さんの背中に、目を往復させる。


「どうも、こんばんは」


 白石さんが振り向いて、山県にキラキラの笑みを送った。

 山県はその場で動きを止めて、一時の間絶句する。


「……どうも、こんばんは。おう高坂あ、お前こんなことなら、何で俺に教えないんだよお?」


「黙れよお前、飲み過ぎだぞ。別になんでもないよ。ちょっと、仕事のこととか喋っていただけだ」


 当たり障りのないように、そんな応えをした。

 俺の意図を察したのか。すぐ隣で白石さんが、うんうんと首を縦に振る。


「ねえ、あれ……」


 そんな様子を目にして、山県と一緒の女の子達が、何やらヒソヒソと話をしている。


「白石さん、じゃない……?」


「え、白石さん?」


 眉をぴくりと動かした山県が、白石さんの方を凝視する。


「本当だ……白石さんだ……」


「どうも、白石です!」


 白石さんがにこやかにそう挨拶すると、後ろの四人は顔を固めて、しばらく言葉が出てこなかった。


「あれ? なあ、高坂、なんで……」


 ようやく口を開いた山県は、戸惑いの色が隠せない。

 まあ分らなくもない。

 こんな陰キャが、会社の中で人気有名人の彼女と、こんな所にいる理由は、普通は無いのだから。


「だから言っただろ。仕事とかの話だよ」


「だからって、ここで二人で?」


「腹が減ったからここに来たんだよ。文句あるのか?」


「いや……ないけど。しかし、驚いたなあ……」


「そりゃお互い様だよ。こんなとこで、ばったり会うなんてな」


「まあ……そうだな。すまん、邪魔したな……」


 釈然としない顔をしながらも、山県は固い笑顔を見せながら、自分達のテーブルに戻って行った。


 しかし、あんまりよくないな。

 ここでこうしていると、後ろからしっかり見られている。

 あまりここには、長居しない方が良さげだな。


「白石さん、そろそろ出ましょうか?」


「え…… もう帰りたいんですか、高坂さん?」


「いや、そうじゃないけど、後ろに会社の連中がいるし」


「あら、それって、お互い様でしょう? それに私達、仕事の話をしているんですよね?」


 何だか楽し気に笑いながら、別の気にも留めていない様子だ。


 ……なんなんだよ、もう……

 変に噂になったりして、白石さんに迷惑を掛けたくないだけなのに。


 でもまあ、そう言うのなら……

 

「俺、バーボン追加します」


「じゃあ私、次はワインクーラーにしようかな」


 カウンターのお兄さんにオーダーをお願いすると、彼は何事もなかったかのように、コクンと頷いた。


 透明の氷が氷山のように浮かぶバーボンを口にすると、すぐ後ろの視線が気になって、何だか味が薄く感じたんだ。


 白石さんは、まだまだいけそうな雰囲気だなあ……



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