弟の話 後

鍵の音と、さっきまでずっと待ち焦がれていた声。反射的にパンツの中に手を入れて、足をクロスして、出口を止める。

「あのあとすぐ講義終わったから帰ってきちゃった。具合どう?うわぁー…また熱上がったんじゃね?測り直してみっか」

今、それどころじゃない。出しかかったおしっこは止まったけど、もう、先端まで来ている。ほんとに、出る。

「あ゛、にき…トイレ、い゛きたい…」

冷静を装おうと出した声は、絶え絶えで。

「うわっ、声ヤバっ!立てない?」

「む゛、り、連れてって…ください…」

「ん。体起こせる?抱っこするから」

上半身を起こすとまたジワリと嫌な熱が広がる。でも、布団は剥がれている。兄貴の前でチンコなんて抑えられないから、足をぴっちりと閉じて、ズボンをグイグイと引き上げる。

「起き上がれないって相当しんどいだろー…ほら、足開いて」

「…ん゛、」

この状態で開けるわけない。でも、トイレに間に合う、後少しの我慢。そう思って足を開き、ふわりと宙に浮かんで兄貴の手が自分の尻に添えられた時だった。

「あ゛っ!!」

じゅううううううううううう…

「あらら…」

兄貴の首の後ろに回った手は、ソコを抑えられない。無駄に兄貴の服を握りしめて力を込めるけど、開いた足の間から出てくるおしっこは止まることを知らない。

「っふ、ぁ、だ、や゛だ、」

「もー良いから力抜きな。ずっと我慢してたんだろ?」

背中をトントンと撫でられるけど、力なんて抜けるわけない。せっかくここまで我慢したのに。頑張ったのに。

「や゛、だぁ、」

ばちゃばちゃと尻から落ちる音は止まらない。尻に添えられている兄貴の手も、今頃びちょびちょになってしまっているんだろう。腹の中はどんどん軽くなって、スッキリして。恥ずかしくて、悔しくて、感情が耐え切れず、シャツをぎゅううう、と握りしめた。


「終わった?」

「…」

「もしもーし、聞こえてますかー?」

「っ、…」

「とりあえず着替えるか。体も拭いてやる」

「…」

「良かったじゃん、布団じゃなくて。床だから片付け楽だし」

「っ゛~…」

「ほらほら、降ろすから手離して」

床に座らされて兄貴を見ると、手はもちろん、靴下も、長めの白シャツも、ジーンズも、全部濡れている。

「ほらほら、そんな顔しない。ちょっと待ってな。体拭いてやるから」

「いらない…」

「って言ってもお前…汗もすごいし…サッパリしたいだろ?」

「い゛い゛、自分で着替える、」

「でもお前フラフラじゃん」

「い゛らないっ!!できる゛!!さっさと向こう行けって!!」

「…分かった。んじゃあ俺シャワーで流してくるから。これ、着替えとタオル。ちゃんと着替えろよ」


 最悪だ。迷惑をかけた側なのに。あんなことが言いたかったわけじゃないのに。何で謝ることも出来ないんだろう。綺麗に畳まれたタオルで手を拭いて、ぐしょぐしょのズボンとパンツを脱ぐ。むわりと広がる失敗の臭い。ジワリと涙が滲んだ。息が上がって、今すぐ寝転がりたい。タオルを持つのでさえキツい。

「あーまだ着替えてねえじゃん。風邪もっと酷くなるだろ?」

風呂場から出てきた兄貴がほら見たことかとタオルを奪う。

「だって…」

 だって、こんなにしんどくなるなんて知らなかった。起き上がれないほど酷くなるって知らなかった。

「だってぇ…」

涙が溢れる。何で。着替えもまともに出来ないんだろう。

「ほら座ってるのキツいだろ。ほらここ。ごろーん」

促されるまま畳まれたタオルの上に頭を乗せると、一気に力が抜ける。

「ほら汗もすごいし。かぶれたら痒くなるだろ?な?」

「ん゛…」

ぐっしょりと濡れた熱い足に濡れたタオルをあてがわれた。冷たくて、気持ちいい。

じわあぁぁ…

「んっ、ふ、」

冷えた感覚で、また。今日何度も経験した、あの感覚。拭いてもらっている太ももを擦り合わせて必死で腹に力を込めるけど、じわじわと出ている感覚は止まらない。

「あーまだ出そ?」

「っ、といれ、」

「いーよ。タオル腐るほどあるし。ほら」

ふわりと出口をタオルで包まれて、しろと言わんばかりに下腹をポンポンと叩いてくる。

「どうせトイレ行っても間に合わないだろ。ほらしーしー」

「ん゛~…」

しょろしょろと断続的に排出されていく残り。死ぬほど恥ずかしい。

「こら、我慢しない。またすぐしたくなるだろ?」

「っ゛~ん゛~…」

下腹をトントンと人差し指で突かれて、タオル越しにチンコの下をタフタフと押し上げられて。

「お゛わり、マシタ…」

「よし良い子」

スッキリした腹を撫でられて、恥ずかしい。耐え切れない。顔を見られたくなくて腕で隠すぐらいには。


「あー腹減った…母さんが作ってた弁当食うかな。お前は?お粥食べれる?」

「…喉イカれてるから、む゛り…」

「んー…こりゃ明日には咳も出てるかもなぁ…あ、んじゃああれは?冷たいの」

「な゛にそれ」

「りんご。擦ったやつ。お前好きだったろ」

「それなら…」

「んじゃあ作ってやる。はい出来た」

上半身も丁寧に拭われて、ぽん、と背中を叩かれたのが完了の合図。ベタベタ感が無くなって、すごくサッパリした。

「そんなに時間かからないからソファで寝てな」

「あ゛、あのさ、」

俺をソファに寝かせて台所に向かう兄貴の服の裾を掴む。

「ん?」

「…きょうは、あ゛りがとう…」

蚊の鳴くような声でそう呟けば、声を出して笑われ、子供みたいに頭を撫でられた。ムカついたけど少しだけ、ほんの少しだけ、懐かしくなった。

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怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人 こじらせた処女/ハヅ @hadukoji

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