8.4人

ネオ居酒屋とカテゴライズされるであろう店内は20代とおぼしき男女で賑わっており、その一角、四人がけのテーブルの壁際に尋、向かいに大上と堀部が座った。

「ビールでいいですよね?」

大上の問いかけを受けて、尋は堀部に視線を移す。

「あ、堀部くんはビールで大丈夫ですよ、最近瓶ビールばっか飲んでるんで」

口を開きかけた堀部よりも先に大上が言う。

「あ、すいませーん、注文いいですか?」

忙しく動き回る店員を捕まえると、飲み物といくつかのつまみを注文した。その間堀部と尋は無言だった。なんだか、互いに言葉を交わすことが戸惑われるような空気だ。

「今、尋さんこのあたりに住んでるんだってさ」

メニューをテーブルの端によせる。堀部は運ばれてきた赤星を居酒屋のロゴがついたグラスに注ぐ。零れそうなギリギリのところまで膨らんだ泡を大上が口で受けると、堀部は少し怪訝そうな表情をして、空のグラスを手に取るとそのままビールを注ぎ、尋の前に置いた。

「どうぞ」

「ありがと」

その後自分のグラスに注ぎ、大上を見るとすでに上唇に泡でヒゲができている。

「じゃあ、乾杯~」

大上の声に合わせて3つのグラスがやる気なさげにカチャリと軽い音を立てた。一気に飲み干すと不思議そうな様子で尋の顔を覗き込む大上を横目で見ながら、堀部は言いようのない心地悪さを感じていた。尋から電話をもらうなんてことはめったにないことだ。いや、これまで一度もなかったかもしれない。

「あれ、尋さん体調悪いんですか?」

「なんで?」

「いや、いつだったか尋さん酒ガンガン一気に飲んでたから、今それ、半分も飲んでないですよ」

「ああ……、まあ今日は休みだし」

「いや、休みだったらなおのことガッツリ飲んでいいじゃないですか」

「今日が休みでも明日仕事だったら、逆に飲めないじゃないですか」

運ばれてきたアスパラの豚バラ巻きを小皿に取りながら、堀部が言う。続いて尋もアスパラを自分の取り皿に置いた。食べずにビールを飲む。

「確かにそうだわ。いや、いつもこうやって堀部くんに注意されちゃうんですよね」

アスパラを噛み切れずにいる堀部の肩を抱いて揺らす。空になったグラスに手酌する大上が何か思いついたような表情を見せた。

「そういえば、尋さんって今何の仕事してるんでしたっけ?」

尋は答えず、アスパラを一口、二口、三口とかじるとビールで流し込む。瓶を掴み自分のグラスに注ぐと、空になったそれを店員に見せつつ人差し指を立て、テーブルの端に置く。

「いやいやどうしたんですか、話せなくなった人じゃないんだから」

大上が大げさに言うのを無言で眺めている尋の手元でスマホが鳴る。

「お、ちょうど仕事仲間から連絡きたぞ」

尋はそういうと、電話をするには賑やかすぎる店内で、片耳を指で塞ぎながら電話に出た。誰かと会話をする尋を前に大上は堀部に話を振る。

「堀部くん今日何してたの?」

「勉強してました」

「なんの勉強?」

「パラメトリックデザインです」

「なにそれ」

「パラメータでデザインするんです」

「いやいや、それ説明になってないから!」

ニコニコと笑みをこぼしながら話している大上に尋が話しかける。

「もう一人、俺の連れも呼んでいい? そのへんにいるらしくて」

「え! もちろんいいですよ! なあ?」

大上に顔を向けられ、さらに尋の視線を受けて、堀部はやや萎縮しながら

「はい、全然問題ないです」

そう答えつつ、胸のどこかにじわりとした何かが生まれるのを感じた。


5分も経たないうちに現れた連れは、店内の女子が(または男子も)それとなく向ける視線を受けながらキョロキョロとあたりを見回し、尋の姿を認めると、表情をほころばせる。

「こんばんは、はじめまして。尋の友達のエティエンヌです」

笑顔でペコリと頭を下げながら尋の隣に座る。

「いやあ、うれしいなあ、尋は僕に友達を紹介してくれたことなんてないから。二人のこと、なんて呼んだらいいかな? あ、飲み物? どうしよっかな」

店員からおしぼりを受け取りながら瓶ビールに目をやる。

「じゃあ同じ瓶ビールひとつとコップひとつください」

几帳面におしぼりをたたんでテーブルに置くと、あらためて大上と堀部の顔をまじまじと見つめる。

「二人が仲良しすぎて尋がヤキモチ焼いちゃったのかな? ねえ? 尋」

話を振られた尋が少し気だるそうに視線を返す。

「なに言ってんのお前」

堀部の表情が少しだけ曇る。その感情には覚えがあった。子どものころ、夕飯に好物が出るとは知らずにおやつを食べすぎてしまったときに似ていた。ようするに後悔を感じている。一方で、勝てる見込みのない勝負から意図せず身を引いていた自分の選択の賢明さを、事後的にではあるが称えたい気持ちだった。

「俺は大上って言います。で、こっちは堀部くん」

また肩を抱く。エティエンヌが人懐こい笑顔を堀部に向ける。

「堀部です。よろしくお願いします」

軽く会釈する堀部がちらりと尋の方に目をやった。尋はやさしい眼差しで堀部を見ている。その視線を受けてどうしようもなく、堀部は湧き上がる身勝手な感情があふれそうになるのに戸惑うしかなかった。

「いやあ、エティエンヌさん、さすがですねー。さすが外国の人は目ざといっていうか、やっぱわかるんですね。今日尋さんには伝えようって思ってたこと先回りして気づいてくれたっていうか」

エティエンヌは確かに、いわゆる日本人の外見よりはまったくヨーロッパの白人のビジュアルに寄っているが、それでも訛りのまったくない日本語を話す自分が外国人と言語化されることはここ数年なかったため、少しだけ驚いた。笑顔は絶やさずにいた。

「僕と堀部くん、付き合ってるんです」

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