硝子の世界
僕が生まれた世界は青い世界だった。
広々として泳ぎやすかったし、家族も友だちもたくさんいて楽しかった。
あれは昨年の夏だった。
いつものようにおじさんがやってきて僕たちの世界を綺麗にお掃除してくれるのかと思っていた。
ところが僕らは真っ暗な部屋に閉じ込められた。
明るくなったと思うとなんだか周りが騒がしかった。
すると白い大きなモノが追いかけてきて逃げまわる仲間たち。
僕も訳がわからないまま必死に泳いで逃げ続けた。
だけど結局僕はその白いモノに捕まってしまった。
僕は今、小さな硝子の世界に閉じ込められている。
あれから一年も経ったのか。
僕はよくみんなのことを思い出していた。
みんな元気にしてるかな。
パパとママは僕がいなくなって寂しがっていないかな。
僕は寂しいよ、ママ。
ここはごはんも貰えるし、青い世界にいた頃のようにこの硝子の世界も綺麗にお掃除してくれる人がいる。
なんにも困ったことはないけどさ、ちょっと狭いのと、ひとりぼっちで話し相手がいないのは寂しいよね。
「ただいまぁ」
女の子とママさんが帰ってきたみたいだ。
夏祭りに行くって言ってたっけ?
「ママぁ、早く早く!」
「はいはい」
あっ!
突然僕の硝子の世界に真っ赤な女の子が現れた。
『びっくりしたぁ』
『びっくりしたのは私よ。ここはどこ?』
『ここは硝子の世界。君もあの白いモノに捕まったの?』
『うん』
真っ赤な子はうろちょろしながら僕とこの世界を見ていた。
『大丈夫だよ。ちょっと狭いけど、何も怖がるようなことはないから』
『ほんとに?』
『うん』
安心したように動きを止めた真っ赤な子。
「ママ! 黒い金魚が太郎だから、こっちの赤いのは花子だよ!」
「じゃあ太郎と花子にエサをあげといてね」
「はぁい」
『君の名前は花子だって』
『あなたは太郎さん』
僕と花子は上から落ちてきたごはんを食べながら笑った。
――チリンチリン
開いたままの玄関のドアの方から音がした。
『あれは風鈴っていうらしいよ』
音に耳をすませた花子に僕は言った。
『風鈴……素敵な音ね』
花子は気持ちよさそうに目を閉じた。
なぁんだ。
この狭い硝子の世界も悪くない。
僕は真っ赤な花子の周りをすうっと泳いでみせた。
完
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