不器用な約束



「ふふ……」


 いつの間にか日課となってしまったマッチングアプリを眺める日々。


 数ある写真の中でも珍しく、履歴書の写真かと突っ込みを入れたくなるほど無愛想な表情の人がいた。


 ちょっと笑ってみたりすればいいのに。


 でもこの不器用さ、私は嫌いじゃない。


 私はこの不器用な和人かずとさんという人にいいねをつけた。


 これまでに二度、こうやって最初はメールのやり取りをして実際に会ってみたことがある。


 わかったことは二人とも写真と違って明るい人ではなかったということ。


 そりゃそうだよね。


 陽キャだったらアプリなんて使わなくても大丈夫なのだろうし。


 いや、そりゃあ中には陽キャでも出会いがないだけという人もいるのだろうけれど。


『いいねをありがとうございます』


 おっ、早速和人さんからメールがきた。


『もしかしてこの写真って履歴書か何かの写真ですか?』


 私もすぐに返信した。


『え、バレちゃいました? 時間がなくて、免許証用に撮った写真をのせちゃいました』


「あはっ」


 この飾り気のない普通の会話が嬉しかった。


『これじゃいいねはあまり期待しない方がいいかもですよ』


『俺もそう思ってたので、瞳さんにいいねをもらってびっくりしてます』


 うんうん、正直なところも私好みだ。


『なんだか和人さんにすごく興味が湧いてきました』


『本当ですか? 嬉しいです』


 返事が早いのもよき。


『俺はもう瞳さんに一目惚れしてますから』


 おっ、ちょっと女の子慣れしてそうな部分もあるのか。


 まあ、二十八歳ともなればそれなりの経験はあるか。


『ありがとうございます。嬉しいです』


 写真とのギャップもあって楽しくなった私はそれから何度もメールで話し、いよいよ実際に会ってみようということになった。


『和人さん、どこかおすすめありますか?』


『あそこの公園、今紅葉が綺麗ですよ』


『いいですね。では待ち合わせはそこで』


『はい、楽しみにしてます』


『あ、ひとつお願いが』


『はい、何でしょう』


『和人さんの方が年上なので、敬語でお話しされるとちょっと』


『なるほど、ではお互いに敬語はナシにしますか』


『和人さんがいいのであれば』


『俺は問題なしです』


『まだ敬語になってますよ』


『あ、つい。すみません』


『ふふ、約束ですよ?』


『はい、わかりました』


「わかってないじゃん!」


 私はメールの文字に向かって声を出して笑っていた。




「あ、えと、瞳です。よろしくお願いいたします」


 私は和人さんに頭を下げていた。


「和人です、よろしくね、瞳ちゃん」


 両手にスタ○のコーヒーを持って現れた和人さんは写真の何倍も、いや何十倍も素敵だった。


 こんなに写真映えが悪い人もいるのかと同情するほど実物の和人さんは格好よくて優しい笑顔をしていた。


「コーヒー好きだったよね?」


 私は笑顔の和人さんからコーヒーを受け取った。


「はい! ありがとうございます!」


 そのスマートさに私の顔はこの紅葉くらいに赤く染まっていたと思う。


「あれ? 敬語は使わない約束じゃなかったっけ?」


「えっと……」


 見つめられた私は恥ずかしさのあまりにうつ向くことしかできなかった。


「む、ムリですってぇ~」


「ははっ」


 ああ……なんてことだ。


 不器用なのは和人さんではなく私の方だった。


 格好がいいからとこんなにも動揺してしまうなんて。


 公園の木々たちもこんな私を見て、赤い葉っぱを風に揺らしながらさわさわと笑っているかのようだった。



           完





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