季節を感じて
クロノヒョウ
地図に描かれた絵
「重っ」
実家から送られてきた荷物は見た目に反して重くずっしりとしていた。
『そっちで就職なら、もうあんたの荷物、片付けちゃっていい?』
大学で地元を離れた俺は無事に就活も終え、来週はいよいよ入社式だ。
『適当に詰めて送ったから、いらないんだったら自分で処分してよね』
もう実家で暮らすことはないだろうからと俺の荷物を送ったと言っていた母親。
いったい何が入っているのか。
そもそも実家に置いてきた物なんてもう何もないはずだが。
「ああ……」
段ボールを開けて最初に目に飛び込んできたのは俺の小学校と中学校、それに高校の卒業アルバムだった。
他にも俺が小学校の頃に書いた文集や当時よく読んでいた懐かしい漫画や小説が入っていた。
どうりで重いわけだ。
俺は一番記憶が薄れている小学校の卒業アルバムを手に取った。
小学校の卒業アルバムなんて確か一回見て終わりだったような気がする。
それほど手付かずで綺麗なままの箱からアルバムを出し、一枚ずつページをめくった。
十年前になるのか。
当たり前だが写っているのはまだ幼さの残る子どもで、みんな無邪気な笑顔だった。
そういえばこの写真を撮られる時に、写真屋のおじさんに「はい笑って笑って」と言われたことを思い出した。
少し照れたように笑っている子、楽しそうに笑っている子。
みんなの笑顔が眩しかった。
今「はい笑って」と言われてもきっとこんなにも無邪気に笑うことは出来ないだろう。
十年間でこの純粋さはいったいどこに消えてしまったのか。
大人になってゆく、社会人になってゆくということはこういうことなのだろうか。
これから社会に出て働くとさらに純粋な笑顔は出来なくなってゆくのか。
そんなことを思いながらめくった最後のページに一枚の紙切れが挟まっていた。
俺は二つに折られていたその紙を手に取り開いてみた。
「ん?」
紙切れは小学校周辺の地図らしかった。
ただ、その地図にはピンクの色鉛筆で桜の花の絵が描いてあった。
確か先生がこの地図をみんなに配ったんだ。
『みんなで思い出マップを作ってプレゼントしましょう』
先生はそう言っていた。
そうだ、卒業前に引っ越してしまう女の子がいたんだ。
それで先生は寄せ書きじゃなくて思い出マップを作ろうと言って。
名前は確か、立花さん、だったかな。
その立花さんが桜が好きだって言っていたから俺は桜の絵を描いたんだ。
描いたはいいが、恥ずかしくなった俺は結局渡せなかったのだ。
懐かしい。
俺は地図をポケットに入れ小学校の卒業アルバムを閉じた。
無性に桜を見たくなった俺はすぐに家を飛び出した。
天気もいいし散歩にもちょうどいい。
近くの線路沿いには桜の木がたくさん並んでいる。
ちょうど満開の桜がよく見える橋の上で俺は足を止めた。
ここからの景色は見事だった。
時おり通る電車との相性も抜群だ。
立花さんに渡せなかったのは申し訳なかったが、おかげで花見も出来たしあの頃の純粋な気持ちを思い出すこともできた。
子どもの頃に描いた桜の花の絵のおかげで。
俺はポケットから地図を出して広げた。
今見ている桜も綺麗だが、この絵も負けていないのではないかと思った。
地図を埋めつくすほどに描かれたたくさんのピンクの桜。
この純粋な心をいつまでも持ち続けていたい。
満開の桜の景色に地図を重ねて眺めていると、遠くの方から電車がくるのが見えた。
だんだん近付いてきて橋の下を通りすぎる時、電車は「春を連れてきたよ」と言っているかのように汽笛を鳴らした。
完
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