君は怠惰 3

 「ゴチソウサマー」と言って目の前で手を合わせるヒダカ。見慣れない光景に、僕は思わずツッコんでしまう。


「何それ」

「……あ。まあ、うん、そういうやつ」

「どういうやつよ」

「私のとこではね、食べ終わったらこうやって手を合わせて『ゴチソウサマ』って言うの。今までは自重してたけど」

「聞いたことないなぁ。ほんと、ヒダカってどこから来たんだろうね」

「それは私も気になってる」


 寝て起きたらあの公園にいたんだ、と笑って言い退けるヒダカ。神様、さすがに理不尽すぎやしませんか?



 一息ついてそろそろフードコートをあとにしようとしたとき、僕たちはまたとある知り合いに出会ったんだ。しかも、それはただの知り合いじゃない、僕の親戚だったんだよね。詳しく言えば、僕の従兄弟いとこさ。歳は僕よりも五つくらい上で、今はもう毎日バリバリ働いてる。

 名前はヤグラって言うんだ。

 自慢をするわけじゃないけど、実はヤグラはすごい人でね。仕事とか勉強に関してだったら、どんな難題でもすぐに対処してみせるんだ。

 学生だったときは、その優秀さから「神童のヤグラ」なんて周りから呼ばれてたんだよ。いつしか僕たちの住む地域では知らない人がいないくらいその名前は広まっていって、今ならもうヤグラの親戚って言っただけで僕まで褒められる始末。

 ヤグラは、ものすごく勤勉だったのさ。

 

「エイト、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「うん、このとおり。元気だよ」

「そちらは彼女さんか?」


 ヤグラは、鋭い目つきでヒダカを見やる。

 高身長で体格も良いヤグラは、現在スーツ姿にオールバックでメガネまでかけている。初めてヤグラを見る人からしたら、「怖い」以外の感想は出てこないだろう。かくいう僕ですら、未だにヤグラを見ると少し怖気付いちゃうんだから。

 ただならぬオーラを察知したのか、ヒダカも少し萎縮した様子でヤグラに返答する。


「……ヒダカと言います。彼女じゃないです。親戚です」


 ヤグラの目の色が変わる。


「親戚か」とヤグラは低い声でぽつりと言う。

「具体的に、どういう関係なんでしょうか。あなたと、エイトは」


 僕たちは具体的な関係まで訊かれることを考慮していなかったから、ヒダカは困り切った様子でHELPを乞う眼差しで僕を見つめてくる。ヤグラは僕の親戚だから、下手な嘘をついても騙すことはできないんだよね。ネタバラシは早めにしたほうがいいか。そう思って僕が声を発したときだった。


「……ヤグラ──」

「──従兄弟です。私とエイトは」


 ……少し遅かったみたい。僕がネタバラシをするより先に、ヒダカはヤグラに嘘をついてしまったんだ。

 これは、めんどうなことになるぞ。なんたって「神童のヤグラ」だからね。こんな初歩的な嘘をついたって、まるで意味がない。


「従兄弟、ですか。それは事実ですね?」

「はい。本当です」

「奇遇ですね、私もエイトの従兄弟である『ヤグラ』と申しますが、」


 ヤグラはかけていたメガネのずり落ちを、人差し指と中指の二本でくいっと上げ直して言う。


「『ヒダカ』さん。そのような名前は、聞いたことがありませんね」


 愕然とした様子のヒダカ。ごめんよ。ヤグラは僕の本当の親戚なんだ。ごめんよ。


「どうして嘘をつくのですか。彼女さんなのであれば、それを私に隠す必要はありませんよ」

「……すみません。でも、本当に彼女ではないんです。そう指摘されるのを防ぐために、親戚という設定にしようとエイトと決めてたんです」

「そうですか」


 ヤグラは鋭い目つきのまま続ける。


「では、実際はどういう関係なのですか」

「一緒に暮らしているというのは本当です。とある事情があって、リンジさんの家庭でひとまず匿ってもらっているんです」

「……どうして警察に預けないのですか」

「警察に預けるのは怠惰だからって、エイトとリンジさんが……」


 あたふたするヒダカ。

 そんなヒダカの不安も露知らず、ヤグラはさらに語調を強めた。


「警察に預けないほうが、怠惰に決まっているだろう。身元不明の迷子だったとしても、警察には彼らを保護する義務がある。それこそが、警察にとっての勤勉となるのです」


 周囲の客の視線が、ヤグラへと向けられる。


「お前たちがしているのは、全くもって勤勉な行為ではない。私利私欲のために、自己満足のために結託しているだけの、ただの怠惰だ。誰のためにもならない、愚かな怠惰だ」


「リンジさんには私から言っておく。彼女のことは明日にでも警察に引き渡すんだ。分かったな、エイト」


 そう言ったヤグラはゆっくりと僕の元へと近づいてきて、トドメをさすかのように耳元で僕にこう呟いた。


「罰は、必ず受けてもらうぞ」

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