君は怠惰 2

 資料館をひととおり回り終えた僕たちは、出入り口で周りの客のありきたりな感想を聞いた。


「やっぱり、怠惰はいけない」

「同じ間違いは、二度と繰り返してはダメだ」

「昔の人たちは、かわいそうだったね」

「こんな時代に生まれなくて良かったぁ」


 もちろん、その全ての意見はそれぞれの人がそれまでに育んできた感性から抽出されたものだから、一つとして間違ったものってのはないし、どれだけ場に合っていない感想だったとしても、それは排除されるべきではないと思う。

 でも、僕がそんな意見を聞いてて少しだけ苛立ちを感じてしまうのは、なんでだろうね。怠惰を求める本能でも備わっているのかな。否、おそらくヒダカのことを思ってだろうね。

 ヒダカは、少し怠惰だから。


「ヒダカ、どうだった? 初めての資料館は」

「なんか、不思議な気持ちになった」

「というと?」

「私が元いた世界には、怠惰とは言われないけど休みってのが少なからずあった」

「資料館にあった時代と同じように?」

「うん。だから、なんかそれが人類の間違いとして語られてるのは、なんとなく私の世界を全否定されてる気持ちになっちゃって」


 だからヒダカは怠惰気味なのか。

 向こうの世界だったら、ヒダカも勤勉なほうだったのかな。


「もちろん、私の世界でも勤勉であることは良いことっては言われてたけどね」


 でもさ、とヒダカは付け加える。


「『怠惰』って、そんなに悪いことなのかな」


「やるべきことを全て放棄して怠けるのは、悪いことだって私でも分かる。でも、頑張って頑張って働いたあとで休みを取るのは、そもそも怠惰って言わないと思う」


 まあ、よく分からない。これは、多分そもそもの価値観の違いから起こるズレなんだ。生まれが違うんだから、完全に分かり合うことは難しい。だからといって、僕はヒダカの意見を否定はしないけどね。


「僕からは何も言えないかな」


 軽率な同調はかえってヒダカを傷つけてしまうだけだから、と一応言っておく。

 これ以上の議論は危険だろうと判断した僕は、昼どきのピークの人混みを避けるため、少し早めの昼食を取ることにした。

 やっぱり今日のヒダカ、少しだけ暗い。



    *    *    *



「おー、エイト。お前も来てたのか」

「なんだ、可愛い彼女なんか連れちゃって。怠惰か? 警察呼ぶぞ?」


 歴史館内にはフードコートなるものもいくつかあって、お昼をそこで食べようと思っていた僕たちは、昨夜予想したとおり知り合いと出会うことになった。

 僕の中学校の同級生だね。十七にもなるっていうのに、いつまでそんな幼稚な冷やかしをしてるんだろう。これをずっと危惧してたんだけど。

 ヒダカ、気を悪くしないでね。


「さっきの人たち、知り合い?」

「うん。ごめん、ヒダカ」

「なんで謝るの」

「……変な勘違いされたかも」

「エイトは悪くないよ」

「そうかな。親戚って嘘も多分信じてもらえないだろうし」

「私は別に嫌じゃないから。エイトさえ気にしてないなら、もう誰も気にしてない」


 ドキッとすることを言われた。こんな僕の理想的な容貌をしているヒダカ様からこんなことを言われたら、僕だってちょっとはその気になってしまうじゃないか。ヒダカの世界だと、こういうことを言うのは普通のことなのかな。ちょっとはこっちの気持ちも配慮して欲しいね。

 ……多分、僕の良心を配慮した上でのお世辞みたいなものなんだろうけど。分かってるよ、そのくらい。


「エイトは何食べる?」


 と同時にぐぅーとお腹を鳴らすヒダカ。

 顔を赤くして恥じらいを見せるその姿に、僕はまた少しドキっとしてしまったよ。


「んー、僕はこれにしようかな。イカ墨ラーメン」

「なにそれ」

「知らない? ここらでは有名な料理なんだけどね。ラーメンの出汁に、イカを使ってるんだ」

「美味しいの?」

「……まあ、美味しくなくはない、くらいかな。でも、リピーターも一応いるみたい。ここの人気料理って看板には書くくらいだし」


 メニューの書かれた看板には、イカ墨ラーメンの右下に「当店イチオシ!」と書かれたシールが貼ってある。

 正直、お世辞にも美味しいとは言えない。


「じゃあ、私もそれにしようかな」

「僕は冗談で言ったつもりなんだけど」

「いいじゃん。この際、一緒にこのラーメンにしようよ」

「まじですか」

「私食べことないし。意外とハマっちゃうかもしれない」

「……僕も一緒に食べる必要って、ある?」

「みんなで食べたら、こわくない」

「こわいなら無理しなくてもいいのに……」


 結局二人してイカ墨ラーメンを食べた。

 そんなヒダカと一緒に食べたときのイカ墨ラーメンだけは、妙に少しだけ美味しく感じた。

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