第34話 サンタさん、捕まえた

 二人で作ったクリスマスディナーをダイニングテーブルに並べて、向き合って座る。


 料理に必要な下処理は昨日のうちにほとんど結衣さんがやってくれていたから、私は本当に大したことはしてないけれど、それでも二人キッチンに並んでする料理は楽しかった。


「かなた、パエリアすっごく美味しく出来てるよ」


「本当ですか? よかった……」


 結衣さんに手順を教えてもらいながらとは言え、調理実習以来の料理でちょっと心配だったから、そう言ってもらえてホッとする。


 にこにこ笑って食べてくれる結衣さんに頬が緩む。


 私もちゃんと料理できるようになりたいな。


 いつか一人で出来るようになったら、結衣さんに作ってあげたい。いつも私にしてくれているように。


 クリスマスっていいなぁ。こんなに幸せな気持ちになれるイベントだったなんて知らなかった。


 今までは家族で過ごしてきたけど、それとは違う幸福感がある。


 誰かと過ごしてこその、クリスマスだと思った。


「……結衣さんは、毎年クリスマスを一人で過ごして寂しくなかったんですか?」


「え? うーん。どうだろ。寂しいと思ったことはなかったな。一人でいることに慣れちゃってて、麻痺してたのかも」


 お誘いなんて、それこそ星の数ほどあっただろうに。


 結衣さんは、遊び相手とはしっかり線引きをしていて、これ以上は踏み込ませないというラインを明確にしている。


 女の子たちから恨み言の一つも聞こえてこないことを考えると、それに納得して結衣さんと遊んでいるんだろうけど。


 欲しくならないのかな。結衣さんと過ごす日常。他愛もない話をして、笑い合って過ごして、抱き合って眠る権利。


 私は欲しい。もしかしてそれはものすごく欲張りなことなのかもしれないけど。


「かなたは、去年のクリスマスは……」


 そこまで言って、結衣さんがぴたりと止まった。ちょっと考えるようにして、左右に首を振る。


「……ごめん、やっぱり、何でもない」


「なんですか、途中で」


「いい。聞かなくていいことだった」


 ため息混じりにそう言うから、なんとなく結衣さんが聞こうとしたことがわかってしまった。


「もしかして……去年のクリスマスは、誰と過ごしてたか、ですか?」


 思わず聞き返すと、その黒い瞳がすっと細められる。言わなくていい、と圧を掛けられているようだけど、嫉妬されているようでちょっと嬉しい。

 でも、結衣さんの想像はハズレだ。


「家族と過ごしてましたよ。その頃はもう、フラれた後ですから」


 そう言えば、結衣さんがホッとしたような、でもあまり腑に落ちないような顔をした。


「そっか……でも、何度聞いても、本気で理解できないなぁ。こんなに可愛い彼女がいて、なんで浮気できるんだろう」


 なんで、か。私を振ってくれた彼に想いを馳せる。結果論だけど、振ってくれてよかった。おかげで結衣さんに出会えたことを考えると、彼と付き合ったのも無駄じゃなかったと思える。


「私が、本気で好かれてなかっただけですよ」


 今ならそう思う。結局、自分の欲望に応えてくれる子なら、誰だってよかったんだと思う。


 彼は、「好きなら自分の欲求に応えられるはずだ」と言った。私がそれを苦痛に思っていても、いつだって自分の欲求を優先した。私を気にしたことはなかった。


 でも、結衣さんは、「好き合ってるなら無理に合わせる必要はない」と言ってくれた。


 その言葉に、私の心は救われた。


 性差、と言ってしまえばそれで終わりだし、全ての男性がそうとは限らないのはもちろんわかってる。


 ただ、今となってはもう、どうでもいいことだ。一ミリだって彼に対する感情はない。


「……私だったら、絶対浮気なんてしないけどな……」


 ぽつりと、結衣さんがそう言ったから、思わず視線をあげて、彼女の目を見つめた。


 真意が、知りたくて。大好きなその夜の海みたいな黒い瞳を覗き込む。


 すると、結衣さんは一瞬、はっとしたような顔を見せた。まるで言うつもりがなかった言葉を溢してしまったみたいに映る。


「……彼女、作る気ないくせに?」


 責めるようにそう言えば、誤魔化すように結衣さんが苦笑いした。


「……例えばの話」


 シャンパングラスを呷って、白い喉がごくりと動いた。その胸元にいつもある輝きがなくて、不思議な気持ちになる。


 私だったら、なんて言うから、口説いてくれるのかと思ったのに。なんて……そう簡単にはいかないか。





 ディナーを楽しんだ後、クリスマスケーキを食べて、肩を寄せ合いながら色々なことを話した。


 小さい頃の話、家族の話、友達の話、その他にも色々。私の全てを知って欲しいと思ったし、彼女の全てが知りたかった。


 どんな境遇で生きてきて、その時どう感じて、今に至って、これからどう生きていきたいのか。全部知りたい。


 結衣さんは複雑なパズルみたいな人だ。


 会話の中からこぼれ落ちてくるピースを少しずつ拾い集めて、当てはめていけばやっと彼女の輪郭が浮き彫りになっていく。


 でも、彼女を構成するパズルはまだ一向に完成する気配が見えなくて、私はまだそこに何が描かれているのかは知らない。


 でも、結衣さんを形造るひとつひとつを知れたら、あなたの痛みや苦しみに、ほんの少しだって寄り添える私になれるかもしれない。


 そう思うからやっぱり私は、時間をかけてでも結衣さんの隣を勝ち取りたいと心から願っている。


 



 そうして、気付けば日付を跨ごうとしていた。もう、それぞれの部屋に向かう時間。


 


 私が用意したクリスマスプレゼントは、結衣さんが寝た後にこっそり枕元に置いてあげようと決めていた。


 本当は今すぐにでも渡して結衣さんの喜ぶ顔が見たいけど、それは翌朝のお楽しみにしようと思う。


「今日はありがとう。すごく楽しかった」


「私の方こそ、お礼を言わないと。大事にしますね、結衣さんのネックレス」


 胸に手を当てて言えば、結衣さんが嬉しそうに笑って私の身体を引き寄せた。


「……おやすみ、かなた」


 顔が近づくから、キスされると知ってそっと目を瞑った。優しく唇が重なる。


 おやすみのキスなんて初めてだ。こういう、優しいキスも好きだなぁと思う。胸の奥があったかくなって、愛おしさが溢れてくる。


 名残惜しい。もっと一緒にいたい。わがままを言ってしまいそうになる。


 でも、結衣さんが眠ってくれないとプレゼントを渡せないから。


「……おやすみなさい」


 そっと、その手を離した。







 何度も眠気に負けそうになりながらも、なんとか耐えて、耐えて、時計の針が夜中の二時を回った頃。


 この時間なら結衣さんは寝ているだろうと踏んで、スリッパを履かずにそろりそろりと足音を立てないように部屋を抜け出した。


 結衣さんのお父さんみたいに、サンタクロースの格好まではできないけれど。


 結衣さんの部屋のドアを、音を立てないようにゆっくりと開ける。部屋は真っ暗で、物音ひとつしない。


 足音を立てないようにベッドサイドまで近づいて、そっと覗き込む。規則正しい寝息と、伏せられた長いまつ毛に安堵した。


 よかった、ちゃんと寝てる。


 結衣さんが起きてしまう前に早く置いて撤退しよう。

 最新の注意を払って、できる限り物音を立てないように枕元にプレゼントを置いた。


 よし、任務成功。あとは物音を立てずに撤退するだけだ。


 踵を返そうとした瞬間だった。突然、ガシッと手を掴まれて、心臓がギュッと縮こまる。


「わぁっ!」


 むくりと起き上がった結衣さんに手を強く引っ張られて、体勢を崩してベッドの上に思い切りダイブする。


 がっしりと身体を抱き止められて、耳元から結衣さんの、起き抜けの甘く柔らかな声が聞こえた。


「……サンタさん、捕まえた」


「び、びっくりした……! もぉ、結衣さん! なんで起きちゃうんですか……」


 気付いても、気付かないフリしてくれたらいいのに。意地悪なひと。せっかく寝ないで二時まで待っていたのに。


 耳元でくすくすと笑う声がする。


「だって、サンタさんが来てくれるなんて思わなかったから嬉しくて」


 ぐりぐりと首筋に擦り寄ってくる結衣さんの髪が擽ったい。作戦失敗だ。ガックリと肩を落とす。


「もぉ……くすぐったいですよ……」


「ねぇ、なにくれたの、サンタさん。開けてもいい?」


 頬に優しくキスされて、身体の力が抜ける。ぎゅうぎゅう私の身体を抱きしめる結衣さんの身体は寝起きのせいか少し体温が高くて気持ちがよかった。


「だめ。朝に開けてください」


「え、なんで?」


「サンタさんからのプレゼントって、そういうものだから」


 ワクワクして寝て、次の日の朝目覚めて一番にプレゼントを確認する。朝から幸せな一日が始まる。それがクリスマスだから。


 夜中にこっそり起きてプレゼントを確認して寝るのは、ルール違反だ。


 そう説き伏せると、結衣さんが笑って、私を抱きしめながらそのままベッドにごろんと横になった。


「わかった。じゃあ、プレゼントは明日の朝、開けることにするね」


 腕の中に抱き込まれて、結衣さんが掛け布団をすっぽりと私の肩までかけてくれる。


「あの……結衣さん?」


 このベッド、すっごくいい匂いする。結衣さんの匂いだ。なんかすごくドキドキする。


「……せっかくだから、このまま一緒に寝よ」


 ぴったりと密着する身体が心地いい。私ももうこのベッドから出て自分の部屋に戻りたいとは思えなかった。


 さっきまで眠っていたからか、結衣さんからはすぐに寝息が聞こえ始めた。


 つられて、私もとろとろと眠くなってくる。


「……結衣さん……だいすき……」


 ぎゅっとその身体に抱きついて、目を瞑る。気付けば私も深い眠りに落ちていた。





 翌朝、夜中じゅう降り続いた雪が積もって窓の外は真っ白だった。


 珍しく私より早く起きた結衣さんが、早朝にプレゼントを開けて、そのマフラーを嬉しそうに抱きしめて無邪気に笑ったのを見て、私は。



 あぁ、幸せだな、と心から思ったのだった。


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