奴隷ハーレム
エフが同じ大学に通う恋人と別れたのは、彼女の浮気が原因だった。
「おれはもう三次元の女にはこりごりだ。現実世界なんて最低だ!」
気落ちするエフを励ますため、彼の友人が誘ってくれた酒の席で、エフは気焔をあげた。
「おいおい、浮気されたくらいで自棄になるなよ。現実が嫌なら死ぬってのか?」
友人もエフに付き合って、かなりのハイペースで杯を空けており、かなり酩酊気味に尋ねる。
エフは呂律の回らなくなりはじめた舌で答える。
「こうなったら異世界に転生してやる」
「死んだら異世界転生って、それこそ現実逃避だろう。そもそも百歩譲って、異世界に転生できたとして、そんな自分に都合のいい世界に転生できるかはわからんぜ。それこそ、貧農の子供に生まれて、食うや食わずの生活かもしれんし」
「いーや、神様はちゃんとわかってくれる。おれは女の子が大好きだから、ハーレム世界に生まれ変わるんだ」
友人はエフの言葉に苦笑を漏らした。
「ハーレムって、そりゃまた随分と都合のいい設定だな」
「いいだろ、別に。希望くらい好きに語らせろよ。そうだ。どうせ異世界でハーレムを作るなら、現実世界では叶えられないシチュエーションがいいな」
こうなってくると、酒の席のこと。
なんだか物語の設定を話しているような気分になってきて、友人も興が乗ってきたのか、エフの妄想に付き合い始める。
「現実にないシチュエーションというと、たとえば、お姫様とかか?」
「うーん、悪くはないが、あんまり高貴な身分が相手だと、固っ苦しくて肩がこりそうだな」
「ファンタジーの定番だと、エルフ美女ってのもあるぞ」
「エルフかぁ。折角だし、もうちょっとニッチなところを狙いたいな」
「なんだよ、それ。じゃあ、いっそのことケモナーなんてのはどうだ」
「いや、おれにその趣味はないな」
「わかった。じゃあサキュバス。もう快楽で頭がおかしくなるような生活が待ってるぞ」
「淫魔なんて嫌だよ。絶対に浮気するじゃねえか。おれは一途な女の子がいいんだ」
と、エフは言下に拒絶した。
大体、こうやって飲みに来た理由は、彼女の浮気にあるのだ。せめて妄想のなかでくらいは自分を絶対に裏切らない相手がいい。
エフはちょっと考え込んだのち、顔をあげると言った。
「そうだな。奴隷ってのはどうだろう」
「奴隷?」
友人は首を傾げる。
「そう。金持ちの奴隷商人が、美少女の奴隷を沢山買い集めてハーレムを作るんだ」
「うわぁ。それで立場の違いを利用して無理やりってわけか。悪趣味だなあ」
友人はちょっと引いたように乾いた笑いをたてた。
「違うよ。こうみえて、おれは女性を尊重しているんだ。いいか。奴隷商は、実は奴隷制度に疑念を抱いていて、いつか全ての奴隷を解放してやりたいと思っている。確かに最初の出会いこそ、買主と奴隷の関係だけど、女の子たちは、ご主人様である奴隷商に、今まで受けたことのないような優しい扱いをされるうち、少しずつ心を通わせていくんだ。だから決して無理やりな関係なんかじゃない。女の子たちは自発的にご主人様と愛し合う。彼女たちにとっても、それが幸せなんだ」
「なるほどねえ。お前の性癖はよくわかったよ」
友人はやや食傷気味にそう言うと、肩をすくめた。
それからウィスキーグラスを手に持つと、続ける。
「それじゃあ、異世界でもなんでもいいから、お前が早く新しい恋をみつけられることを願って乾杯しようや」
「ああ、乾杯」
二人はグラスの縁を合わせると、グラスのなかの液体を一気に喉の奥へ流し込んだ。
すでにかなり酔っていたエフは、グラスをテーブルに置くと、頭をテーブルに叩きつけるように倒れた。
「……おい、エフ。どうしたんだ。おい。……って、なんだ。いびきかいてら。酔い潰れて寝てるのか――」
安心すると尿意を感じたらしい。友人はエフをほったらかしたまま、トイレへと席を立った。
〇
今日は、ご主人様がやって来る日だ。
ご主人様は、私だけじゃなく何人もの奴隷を囲っていて、月のうち、私の寝室を訪れる日はいつも決まっている。
私は彼が訪れると、いつも精一杯の媚態を作って喜びの表現をする。そうしなければ捨てられるかもしれない恐怖があるからだ。
ご主人様は確かに優しい。それに進歩的な考え方の持ち主で、内心では奴隷制を快く思っていないらしい。でも、だからといって、自分にとって意味のない奴隷を、ただ無為に飼っているような慈善家でもない。それくらいは世間知らずの私にだってわかる。
ここでの待遇は、ちっとも奴隷らしくない。強制労働もなければ、行動の自由も許されており、それだけにご主人様の元を追い出されてしまっては、生きていく自信がない。いや、きっと生きてはいけない。そう考えるだけで、私はご主人様に愛情を注いでもらうことに必死にならざるをえない。なにしろ、ご主人様の機嫌ひとつで、私の生命は儚いものとなるのだ。
私の寝室にご主人さまが訪れ、その逞しい腕で私を抱きしめる。そんな時、私はいつも彼に気付かれないよう、ご主人様を愛してやまない演技をする。それから、あらゆる秘技を用いて、彼を悦ばせることに努める。
やがて夜の営みがはじまると、私はいつも快楽に身を委ねるフリをして、固く目を閉じる。そのくせ、心のなかでは、この忌まわしい行為が一刻も早く終わって欲しいと願う。
その瞬間、いつも後悔する。
どうして、おれは神様に、誤解が生じないように、ちゃんとお願いをしなかったのだろう。
そして同時に神様を恨めしく思うのだ。
『おれは女の子が大好き』とは、そういう意味じゃないと――
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