合理的にして効率的なスキル

 史上最高の勇者と名高いブレイドの事跡は、王国暦279年に成し遂げられた魔王討伐をはじめとして、数々の偉業に彩られている。

 ブレイドの生涯について詳述する前に、まずはここに簡単な彼の年表を付記したい。


王国歴

251年 Z地区の貴族領主の長男として生誕

254年 剣と魔法の訓練を始める

266年 王立学園入学

269年 王立学園首席卒業 冒険者に

279年 魔王討伐 勇者勲章授与

281年 王女モニカと結婚

285年 第一子誕生

290年 国王の死を機に王権を継承

   ブレイド1世として即位

310年 魔導大戦勃発。

    連合国元帥として、王国を勝利に導く

311年 連合会議議長として魔導大戦後の世界秩序の構築に尽力

321年 邪神討伐のため天界に

   同年に王位を実子に禅譲

322年 天界にて邪神討伐

324年 邪神討伐時に負った怪我の後遺症により死去(享年73歳)

    諡号は神威王。


 さて読者におかれては、これだけ輝かしい業績であれば、然るべき語りの形式があり、このような冒頭に年表を提示する筆者の筋の運び方を批判する向きもあるだろう。

 もとより筆力の乏しさは筆者の非才によるものとしてお叱りは甘受するにしても、ブレイドの生涯には、あまりに偉大過ぎるが故に、伝承することの難しさがつきまとうのも、また事実である。

 それが読者諸兄の納得を引き出すかはともかく、筆者の拙い書き出しが余儀ないものとされるものか否かの審判は、拙文を最後まで読み終えてから、改めて判断されることを希うものである。


 ○


「エヌよ。おおエヌよ」


 どこからか声がした。

 エヌが目を覚ますと、そこは暗闇の世界だった。


「エヌよ。そなたは死んでしまったのだ」


「死んだ? そんな馬鹿な……」


 その言葉にエヌの記憶が少しずつ甦ってくる。

 あれは彼が通学中、確か、暴走したトラックが突っ込んできたのだ。そこからの記憶は途切れている。つまり、エヌはあのまま死んでしまったのだ。


「それじゃあ、あなたは?」


「私は神だ。そなたにはこれからチャンスが与えられる。そなたが生きた世界と対になる並行世界において生まれ変わり、第二の人生を送るがいい」


「えっ、異世界転生って本当にあるんですか!」


「うむ。そして、お主には生まれ変わりに際して、新しい世界を生き抜くための強力なスキルが与えられる。なんでも好きなスキルを選ぶがいい」


「なんでもいいんですか?」


「もちろんじゃ」


 それはエヌにとって破格の条件だった。死んだことは悲しかったが、異世界に転生できるうえ、チートなスキルを貰えて、しかもそれを好きに選択できるというのだ。もう親や友達に会えなくなったことを差し引いても、悪い話ではない。


 エヌはあまりの自由度の高さに考え込む。

 どうせなら、異世界を賢く攻略するため、効率的で合理的なスキルを選びたい。


 そうだ。不死身というのはどうだろう。魔力無限大もいいな。いやいや、それより経験値百倍、いや一万倍の方がいいかもしれない。


 そんなことを考えている時、エヌはふと思いついた。


「神様、たとえばこんなのはどうですか?」


「ふむ、言ってみろ」


「僕は普段、アニメを観る時でも、二倍速で流しながら、友達と電話しつつ、スマホでゲームをして、合間合間に爪切りなんかのちょっとした用事をすませるんです」


「どうして、そんなことをするのだ?」


「タイパがいいからです」


「タイパ?」


「タイムパフォーマンスの略です。現代人は忙しいですからね。隙間時間をいかに効率的に使うかが大事なんです」


「なるほどのう。どうして最近は人間も大変なものじゃな」


「そこで異世界でもタイパを最大限にあげられるようなスキルが欲しいんです」


「ふむ、それでは、『時間スキップ』のスキルはどうじゃろう。これさえあれば自分の好きなタイミングで時間の流れを一気に進めることができる」


「なるほど、嫌な時間や面倒くさいことをスキップすれば、自分の好きなことだけに効率的に時間が使えるってわけですか。いいですね。それ最高です!」


「それではお主に『時間スキップ』のスキルを与える。新たな世界で思う存分、生きるがよい」


 ○


 こうして、エヌはZ地区の貴族領主の息子ブレイドとして生まれ変わった。


 しかし当然のことながら生まれ変わったばかりの彼は赤ん坊である。

 毎日、できることといえば、泣くこと、眠ること、おっぱいを吸うこと、そして排泄をすることだけである。しかも、汚物を自分で処理することもできず、いつも誰かに股間をキレイにしてもらわなくてはならない。


(こ、これはキツイな……)


 早速、ブレイドは時間スキップのスキルを使うことにした。


(三歳くらいになれば、それなりに成長しているだろう)


 こうして、ブレイドは三歳になった。

 王国では、貴族の息子は三歳から剣と魔法の英才訓練を課される。

 ブレイドも家庭教師について剣と魔法を習い始めることになった。

 あらゆる分野に共通することだが、物事の習熟には、なにより基礎の地道な反復訓練が大切である。

 一方で基礎訓練は退屈なものであるため、この反復をひたすら継続するのは困難なものとなる。


 しかし、ブレイドには時間スキップのスキルがあった。そこで彼は幼少期の時間を飛ばすことにした。もちろん、この退屈で苦しい訓練を難なくこなすためである。


 ブレイドは瞬く間に十五歳になった。良家の子弟は王立学園に入学する年齢である。もちろんブレイドも王立学園の生徒となった。


 ところが幼い頃から厳しい基礎訓練を驚異的な努力で反復し、すでに英雄級の実力者であったブレイドには、全生徒共通の学園の訓練はレベルが低過ぎて退屈なものだった。


 もちろん学園の訓練だって真面目に取り組めば、学ぶことも多い。苦痛だからといって、怠けるわけにはいかない。

 そこでブレイドは、ここでも賢明な選択をすることにした。つまり、今回もスキルを使って時間を飛ばしたのだ。


 時間が飛ぶように過ぎ、ブレイドは十八歳になった。

 ブレイドは王立学園を学園史上最高の成績で卒業した。いよいよ冒険者として独り立ちし、魔王を討伐する時が来たのである。


 学園長から魔王城への地図を渡されたブレイドは驚愕した。ここから魔王城はあまりに遠い。ろくな移動手段のない、この世界において魔王城に辿り着こうとすれば、移動時間だけで十年はかかるだろう。

 移動だけで十年!

 我らがブレイドが、そんなタイパの悪い旅に我慢できようはずがない。当然のようにブレイドはスキルによって十年後へと時計の針を進めた……


 その後も、ブレイドは華々しい活躍に彩られたを73年の生涯を、文字通り、あっという間に駆け抜けた。

 これで読者諸兄にも、筆者が勇者ブレイドの軌跡を年表で記さねばならなかった理由がお理解り頂けただろう。

 勇者ブレイドは数々の偉業を成し遂げながらも、語り継がれるべきものとしては、年表しか遺さなかったのだ。その行間になにがあったかは、勇者ブレイド本人ですら、よく知らなかったのだから、筆者の筆がそれを埋められなくても致し方ないことなのである。


 なお、ある年代記によれば、その激動の生涯を終える時、勇者ブレイドは近親者に囲まれて、自身の人生に満足した表情を浮かべていたとされる。

 しかし、想像を逞しくするならば、死に臨んでブレイドの胸中には……いや、これ以上は止めておこう。答えの出るはずもない筆者の邪推で、読者の貴重な時間を煩わせることは、それこそタイパが悪いと、お叱りを受けることは間違いないことと思われるからである。

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