今日からパーティー追放
「ベック、あんたは今日限りで
「え?」
ライオスの突然の宣言に、ベックは全身を硬直させた。
「そ、そんなちょっと待ってください。いきなり
「……どこがだって?」
ライオスは立ち上がると、嗜虐的な笑みに唇の端を歪めた。
「全部だよ。全部。いいか、はっきり言っておいてやる。おれたちのパーティーが最近、苦戦続きなのは、お前のような役立たずが足を引っ張っているからだよ」
ライオスが吐き捨てるようにベックの肩を叩くと、堪え切れずに「ぷっ」と吹き出す声がした。
パーティーの
「ちょっと、ライオス。そこまで言う?」
「ていうか、今まで自分が足手まといって気付いてなかったってヤバイでしょ」
そんな……、と絶句したっきり、ベックは放心したようにうなだれた。
「ようやくこれでわかっただろう。お前がいかにおれたちのパーティーに相応しくないか――」
と、ライオスが言いかけた途中で、ベックは顔をあげた。
「お願いです! それなら荷物運びでもなんでもいいので、僕をこのパーティーに残してください!」
すると今度は失笑ではない明らかな哄笑が湧き起こった。
「おいおい、こいつは驚いた。荷物運びときたか!」
「ちょっとライオス、笑っちゃ可哀想でしょう!」
「てか、必死過ぎ」
ライオスは笑い過ぎて目に溜まった涙を人差し指で拭うと、首を左右に振った。
「だが、駄目だ。お前のクビは、おれたち三人で決定したことだからな。それにこう言っちゃなんだが、お前みたいなトロ臭い奴は視界に入るだけで迷惑なんだよ」
「残酷ぅ~」
と、ミリアが囃し立てる。もはや、そうやっていたぶるのを楽しんでいる節さえある。
「わかりました」
さすがにベックも諦めたらしい。その場に立ち上がると、頭を下げた。
「――お世話になりました」
そう言って、立ち去ろうとした時、その背中からライオスの声がかかった。
「おい、待てよ。なんか忘れ物してないか」
「なんでしょうか?」
ベックが振り返ると、ライオスは手の平を差し出した。
「今、お前が持ってる有り金、全部置いていけよ」
「な、なんで?」
「当然だろう。今までおれたちに散々迷惑をかけてきたんだから、その迷惑料くらい払って行けよ」
「でも……」
と、なにか隠し事を見咎められたかのように、ベックがもじもじと身をよじりはじめた。
「どうしたんだよ?」
「その……僕、今日は金貨入れを忘れて来ちゃって……」
「なっ!」
ライオスは声をあげると、激高したように続けた。
「何考えてんだよ! なんでこれから冒険に出るってのに、支度金を持ってくるのを忘れるんだよ!」
「す、すみません……」
「あ~……じゃあ、もういい。こうなったら迷惑料は負けておいてやる。だから、とっととおれの目の前から消え失せろよ」
そう言って、しっしっと手を振ろうとしたライオスの袖をミリアが引っ張った。
「あん、どうしたんだよ?」
するとミリアはライオスの耳元で囁くように言った。
「ちょっ……ちょっと待ってよ。やばいよ。ライオス。あそこにいるの、どこかで見た顔だと思ったらウィンター伯爵夫人だよ」
「ウィンター伯……?」
「ベックの母親! この子の出自は、バロック卿の縁戚に連なる高級貴族だって、ちゃんと言っておいたでしょう!」
「バロック卿?」
ライオスが眉根を寄せた。
バロック卿といえば、十五年前に、『鍛冶屋』という下級職でありながら、史上最年少で単独によるSSSダンジョンの攻略を果たした、立志伝中の人である。
九年前には、国王の外戚にあたるロースロウ家の令嬢に見初められ、貴族に叙せられた。次期王国宰相の有力候補であり、国王の寵愛もあいまって、その権勢は並ぶものがない。
ウィンター伯爵は、バロック卿の妻の実家であるロースロウ家の傍流にあたるのである。
「そういえば、あいつ相当の権柄家の息子だって話はしてたけど、よりによってバロック卿繋がりかよ」
「もう、しっかりしてよ! それより、ウィンター伯爵夫人に今のあたしたちのやり取り、ばっちりみられてたみたい。ほら、怒った顔してる」
「おいおい、そんなこと言ったって、どうすんだよ。これって、おれたちが悪いのかよ?」
「そういうわけじゃないけどさ。でも、あそこまで力のある貴族相手に後腐れを残したら、後でどんな災禍を受けるかわからないでしょう」
「ああ、もう! わかった、わかった」
ライオスは面倒くさそうにそう言って、袖を取ったミリアの手を振り払う。
はぁと、大きなため息を吐くと言った。
「おい、ベック。服を脱げ」
「え?」
「服だよ、服。お前の薄汚い服でも、売ればいくらかにはなんだろ。それで迷惑料の代わりにしといてやるよ」
「で、でも……」
「いいから早くしろよ!」
ライオスが怒鳴りつけると、ベックは渋々、服を脱ぎ出し、下着姿になった。ベックの顔は真赤になっている。
ライオスは嘲るように笑った。
「はっは。いいじゃないか。お前にお似合いだよ」
「そ、そうね。あんたはそれで、じゅ、充分!」
ミリアもライオスに続く。
「さあ、もう用はないから、とっととこの場から消え失せちまえ! もうおれたちの前に二度と顔をみせるなよ!」
逃げるように走り去っていくベックの後姿に、ライオスたちは侮蔑の言葉を投げつける。
こうして、駆け出し冒険家のベックは、ライオスのパーティーを
※
「まあまあまあ。本当に、皆様、どうもありがとうございました。これで、うちのベックちゃんも一人前の冒険者としてやっていけます」
ウィンター伯爵夫人は満足気に報酬袋を差し出した。
「いえいえ、私共といたしましても格別のご高配を賜り感謝の言葉もございません。またご贔屓のほど、何卒よろしくお願い致します」
ライオスは報酬袋を受け取ると、揉み手をするように、頭をさげた。さっきとは打って変わって、傲慢さの欠片もない、むしろ卑屈とさえいえる表情を浮かべている。
「それにしても、うちのベックちゃんたら、肝心な時にお財布を忘れるなんて――。何時まで経っても、幼さが抜けなくて困ってしまいますわ。ねえ、それにしてもライオス先生ったら、とっさに『服を置いていけ』だなんてアドリブされて、さすがでしたわ」
「滅相もございません。私どもも、これが商売ですから」
ライオスはいかにも謙遜する体で首を振る。
十六年前。
バロック卿ことバロック・ド・ボールソンは、ライオスのパーティーの一員だった。しかしライオスはバロックの秘めたる才能に気付かず、彼をパーティーから
実はチートスキルの持ち主であったバロックが、凄腕の冒険者として頭角を現すのは、そのすぐ後のことである。
それからというもの、ライオスのパーティーには妙な評判が立つようになった。
ライオスたちから
しかも、彼らがバロックを
そこで子息を冒険者に送り出す富裕層や貴族たちから、ゲン担ぎの儀式として、自分の子供達をパーティーから追放して欲しいと依頼が舞い込むようになった。
折しも、影の実力者であったバロックが抜け、お互いの実力の勘違いに気付きはじめたライオス達は、冒険者として食っていくのが難しくなってきていて、この依頼は渡りに船だった。
以降、ここ十数年というもの、ライオス達は冒険者をほぼ引退して『追放屋』を生業としている。
金払いのいい客が主のため、実入りこそ悪くない商売だが、ライオスはこの頃、ふと考えることがある。
あれから彼らも年をとり、若気の鋭さや気力は失せた。高邁な理想は潰え、身のほどと世間の距離を適切に弁えるようにもなった。傲慢、愚かさ、無配慮、自意識過剰、他者への思いやりのなさは、ごく一時期のものとして、すでに過去のものとなっている。
それなのに、あの若気の至りのような過ちの一場面を、この年になった今でも、毎日のように繰り返し再演させられている。
「もしも、お近くに駆け出しの冒険者様ございましたら、是非とも、ご紹介ください」
もはや冒険者の片鱗さえない柔和な笑みを浮かべながら、ライオスは思う。
もしもこれがバロックの復讐だったならば、これほど見事な復讐はないに違いないだろう、と。
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